おみくじと呪いのはなし

 一月五日、浅草寺でおみくじを引いた。

 六角形の筒を振り、出てきた棒に記された数字の引き出しから籤を取り出す。やりたかった。時代を感じる木製の棚が珍しくて素敵だった。
 参拝はしてもそもそも信仰が苦手でおみくじもご祈祷も避けていた。それでもまあ変なこだわりも呪縛のうちだろうと興味と勢いにまかせて百円玉を入れた。
 途端、ああまずいぞと感じたがもう遅かった。

 参拝と賽銭が苦手だった。
 わたしに神様がいたことはなく信仰そのものにも馴染みがなく、賽銭箱に小銭を投げ入れ都合のいい願い事をゴニョゴニョとやる、ということがどうにもよくわからなくてむず痒かった。ましてや信仰心をもたない人間が群がり行列をなす初詣はわたしのその気持ちを逆撫でするので特別苦手だった。
 賽銭が運営費用とされ修繕費にも充てられると気づいた時は嬉しかった。文化財としての寺や神社は好きだ。とてもしっくりきた。なるほどみんな意識的無意識的に歴史的建築物を守っているのだと思った。
 気持ちの上で一度納得出来てしまえば、不思議なものでジューブンゴエンガアリマスヨウに十円玉と五円玉を放り込むことになにも感じなくなった。
 そうして、本当に驚くべき行動なのだけれど、きちんとというべきか厚顔無恥というべきか都合のいいお願いごとをゴニョゴニョとするのである。これについてはまだ手つかずの状態で思考停止しているのでいまのところ自分の頭か心のどちらかがおかしいのではないかとぼんやり思っている。

 そもそもわたしは昔から呪いに弱い。
 信仰を理解しない割に妙に執念くこだわるのは、解体し納得しないとよくわからないものに縛られてしまう不安が少なからずあるからだと思う。
 子供の頃、縁起の悪い事柄を教えられることが怖かった。夜爪を切ると云々霊柩車が云々親の死に目に云々。不幸の種が増やされるように感じた。ついでに言えば病院が嫌いだった、墓参りも嫌いだった、どちらも喪失と悲しみの気配がした。
 うまくいかないだろうと言われると本当にそうなる気がした、なにもかもが終わりだという気持ちになった。訂正して欲しかった。肯定で上書きしてもらいたかった。
 祖母がくれるお守りが嫌いだった。嫌いだったのに捨てられなかった。捨てられないから嫌いだった。

 そういった日常に数多くある、単純で基本的な呪縛に弱かった。

 「おまえは左に曲がるだろう」と言われて、左に曲がるつもりだったがそう言われては左になぞ曲がるものかと右に曲がること。左に曲がるつもりだったので左に曲がったわけで左に曲がるだろうと言われたから左に曲がったわけではないぞと心の中で呟くこと。

 百円玉を入れた時まずいと咄嗟に思ったのは、その瞬間にほんの少しだけ改まった特別な気持ちになったからであり、それは本来背筋の伸びるような、ただの通過儀礼であったとしてもなんとなく気が引き締まるようなささやかな神妙さだった。
 それはどんな結果であれわたしの気持ちに影響するだろう、そして影響したことに対して辟易するだろうと感じ取った瞬間の、ああまずいぞ、だった。この時、大吉だろうが凶だろうが関係なかった、問題はなんでもないものに気持ちを動かしてしまいそうな自分だけだった、そしてもう手遅れだった。

 願望、待人、失物、転居、旅行、恋愛出産オールOKの大吉で、笑えるくらいの大盤振る舞い。内容を読むと要は努力によってはなんでも叶うとのこと。(努力によって!)
 どうやらわたしは、呪いや願掛けやこだわりといった大小すべてのつまらない極めて個人的な呪縛とたたかっているらしい。
 友達二人が揃って凶を引き、笑いながら結んでいたのが羨ましかった。わたしも結んで帰ってそのまま忘れてしまいたかった。誰に言われるまでもなく、した方がいいに決まっている努力などに気をとられることなく、文句を言って自分じゃない誰かや何かにすべてまかせて手離したかった。

 解体する必要がある。なんとなくいやだな、と思ったことをなぜそう感じたのか、どうでもいいことだ気にするなと安心する必要がある。
 解体することでこじれることがある。考えることなく通り過ぎ忘れてしまえばいいことがある。
 そのバランスがうまくとれなくなることがたまにある。どうでもいいことに影響されたくない、どうでもいいと思っているものが心に引っかかることが気持ちが悪い。
 まして信じてもいないものに振り回されるなんて我慢がならない。

 わたしは擲つ潔さを理想とするがこの調子では死んでもそれは叶わないだろうと思う。

 おみくじについてかけたので、あの紙切れを出来るだけ無造作に捨てたいと思う。そして『出来るだけ無造作に捨てたい』と思うことこそが、呪縛に拘っていることの証明になっている。
 大吉だろうが吉だろうが凶だろうが普通に捨てたい、当たり前に捨てたい、捨てたことすら忘れたい。

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