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それからはモールのことばかり考えて暮らした

 すべては消化されて均質なカスとなった。こうしてついにすべては終わりを告げた。検査され、油をさされ、消費されたカスは、今後は品物の中へと移動し、いたるところで品物と社会関係とのぼんやりしたつながりの内部へと拡散される。古代ローマのパンテオン(万神殿)ではあらゆる国の神々がごちゃまぜになって共存していたように、現代のパンテオンである膨大な「ダイジェスト」としてのショッピング・センター、われらのパンデモニウム(万魔殿)には、消費のあらゆる神々、いや悪魔たちが、つまり同じ抽象作用によって廃絶されたあらゆる労働、争い、季節が集まってくる。
――『消費社会の神話と構造』ジャン・ボードリヤール

 オンライン開催となった京都秘封で、菫 レ Corp.という新しいサークルから東方モールソフトアレンジアルバム『SATELLITE VIRTUAL PLAZA』を出した。秘封倶楽部が月に初めて出来たショッピングモールを訪れるという内容のコンセプトアルバムで、カセットテープとDLカードのセットという仕様だ。オタク4人で1年かけてきゃあきゃあ言いながら作った。北国の地下街でモールのフロアマップを探し求めたり、朝から晩までモールの端から端まで歩いてみたりして、とにかくめちゃくちゃ楽しかった。分担としては、ごんばこんなかのとらっしゅさんが音楽を作ってくださり、イマソリドンダイのあすぜむさんが絵を描いてくださった。僕と柊正午(かにパルサー)さんの残り2人は共作でコンセプトをこねくり回し、話を書いた。キング・クリムゾンで言うと半分がピート・シンフィールドだ。多い。

 ここを読んでいるのは大体東方が好きな人だろうから、話というのは秘封ブックレットのようなものだとわかってもらえると思うのだが、多くの人からすればモールソフトってなんだという感じだと思う。もちろんアルバムは東方が好きなら、それ以上の予備知識なしで楽しめる内容になっていると思うのだが、せっかくなのでちょっとそこの部分の説明をさせてほしい。差し当たっての普通の内容なのでVaporwave好き好きパーソンには既知の話しかないと思いますが、とにかくモールソフトの話がしたい。会場でオタクを捕まえてはひたすらモール話をするつもりだったのが、オンラインになってしまってできなかった。消化不良です。あと他の人たちが作った東方モールソフトアレンジが聴きたい。随時お待ちしています。

 モールソフトというのは、ヴェイパーウェイヴというこの10年くらいインターネット上でぼんやりと流行っている打ち込み音楽のジャンルのさらにサブジャンルだ。基本的に架空のショッピングモールのサウンドトラックという体を取っていて、モールで流れているような無味無臭の心地良い音楽と、そこを行き交う人々のざわめき、足音、アナウンス、コマーシャルなどがミックスされている。方法論としてはフィールドレコーディングの要素がある。

 あなたがもし古いポップスが好きな人なら、ここまで読んで、それはブライアン・イーノの『Ambient1: Music For Airports』じゃないかと思うかもしれない(思わないかもしれない)。けっこう近い。ただイーノのそれは空港のBGMそのもので、そこには乗客へのアナウンスやチャイム(ピンポンピンパーン)、人々の浮き立った、あるいはうんざりした声が足りない。

 モールソフトはモールで流れている音楽そのものではなくて、その音楽がモールで響いている音なのだ。それはいわばモール的音楽のライブ盤、そこをあなたが訪れるときに聴く音、永続する消費の空間のサウンドトラックなのだ。あなたはそこを訪れている客たちとともにモールでのショッピングを「体験」する。

 モールソフトは資本主義のリゾートミュージックだ。資本主義的世界における楽園、それがショッピングモールだということだ。どういうことか。

 あなたが幾らかの手持ちを持ってモールに行けば、あなたはそこで一日中過ごすことができる。服を買い、ご飯を食べ、家具や身の回りの品を買って、子供を遊ばせて、映画を見ることができる。あなたはただそこでものを買うのではなく、そこに滞在する。トマス・モアのユートピアさながら、その内部に向けて照射される無制限の福祉を受け取り続けることが出来る。そこが楽園でなくて何だというのか、また、そこで流れる音楽が楽園のBGMでなくて何だというのだ、というのがモールソフトの要諦だ。

 いわゆる店舗とモールの違いについてだが、たとえば本屋を考えてみてほしい。ネット通販の果てしない発達に伴い、この10年であなたの街の小さな本屋はほとんどなくなってしまったと思う。代わりにTSUTAYAがレンタルCD/DVD業を放棄し(これもストリーミングサービスによるものだが)、巨大な蔦屋書店を郊外に建立していった。そこは単に本屋であるというだけでなく、中で文化講座を開いたり著名人を呼んでみたり、買った本を持ってそのままコーヒーを飲むことが出来るスペースがあったりする。実店舗はモノ消費からコト消費への転換を迫られた。それはそこで物を買ってもらうだけでなく、そこに滞在してもらう(≒生活をしてもらう)ことで客単価を増やさなければ、人件費と場所代がかからないネット通販に完全に負けてしまうということだ。

 そして、「体験する」ということ、その意味はこの1年間で大きく様変わりしてしまった。僕たちがこれを作り始めたときと出来上がった今では、モールソフトの意義は変わった。あるいは今こそモールソフトなんじゃないかとさえ思っている。完成した消費社会のライブ盤を再生しながら、もう一度市場の万魔殿に集合できる日が早く来ることをただ祈っている。

 具体的なモールソフト作品の話に移りたい。まずは我らがオランダの猫 シ Corp.だ。モールソフトの実質的創始者で、見てわかるとおり、サークル名も含め今回は完全に彼を下敷きにしている。『Palm Mall』の7曲目、「I consume, therefore I am」(我消費する、故に我あり)というテーゼは、そのままモールソフトそのもののテーゼと言い切ってしまっても良いだろう。高度消費社会において、我々は金銭を支払うことでしか自己表現をすることができない。いい話じゃないですか。

 聴きやすさ、音楽的ポップネスで言えば식료품groceriesは最高だ。モール的な空間の広がり、実体験性をある程度犠牲にして、氏はとにかくまずは音楽として聴き込めるアルバムを作った。甘やかなメロディと(若干モールソフト的でないかもしれないが)くっきりとした音質、明快な要旨。もしかすると最初に聴くのに一番良いかもしれない。

 ジャカルタのモールでは、当然客はムスリムがほとんどなのにも関わらず、クリスマスシーズンにはクリスマスツリーを立て、サンタとトナカイの人形を並べ、しかもムスリムの客が普通に記念撮影をしているとのことだ。もちろん日本において、クリスマスやハロウィンが消費の動機のアクセルに過ぎないのはご存じの通りだが、それがイスラーム世界において起こっているというのは話の階梯がもう一つ上がっているように思う。

 というわけでモールソフト版クリスマスソング集、いかがですか。終曲が最高で、曲は「Santa Claus Is Coming to Town」なんですが、タイトルが「The Mega Christmas Sale!」。そう、資本主義世界にやってくるのはもちろんサンタクロースじゃなくて特売だ。そうこなくちゃな。

 1974年のモール音源?を現代にモールソフト風にリミックスしたアルバム。音の出所というか真贋は不明なんですが、とにかくひたすらアルバムとして良い。60~70年代くらいの映画のサントラのような、シナトラの伴奏のような甘くとろけるようなメロディが全編続く。これマジ良いんです。時を超えてここに顕現する、眩暈がするような資本主義の祝祭的空間……オタクの夢だ。

 モールソフトをジャンルとして成立させた始祖は、上の猫 シ Corp.の『Palm Mall』(2014)で間違いないということになっているんですが、その1年前、2013年にプロトタイプのようなアルバムが存在していて、それがこのDisconsciousの『Hologram Plaza』。全体的にはまだクラシックヴェイパーウェイヴの傾向が強いが、5曲目「Lunar Food Court」には食器が触れあう音なんかも入っていて、モールソフトとしての音の要素はほとんど出揃っている。

 フランスのZadig The Jasp!最近は彼に夢中です。音楽的機敏さ、モールソフトに限らず色んなジャンルを作りこなせる対応力、多作さ、メロウさ、ビビッドなデザインセンス……何もかもが完璧です。猫シの器なんじゃないかと思う。間違いなく現行モールソフト(に留まらずヴェイパーウェイヴ全体)の星です。

 これは番外編ですが、ビリー・アイリッシュも先日公開された新曲でモールに行っている。「Therefore I Am」というタイトルは猫 シ Corp.の「I consume, therefore I am」を受けるもので、彼女もやはり猫シキッズだということなのだと思う。もうみんなモールに行っとる、モールに行ってへんのはお前だけ……。

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