見出し画像

2021年5月ブックカバーチャレンジ4日目『抹殺された日本軍恤兵部の正体』

『抹殺された日本軍恤兵部の正体』押田信子著

4日目に紹介する本。いきなり読めない字。「恤兵(じゅっぺい)」とは一体何だ。
恤兵とは軍隊に寄付をするとか、戦地の軍人さんに物品等を送る行為で、第二次大戦中だと慰問袋を送るとか吉本の芸人が戦地慰問をする事などが恤兵と呼ばれます。
 この本はその恤兵というものが何時から行われ、最初は新聞社が旗を振っていた民間発の運動が陸海軍に取り込まれ、国民運動に昇華し、終戦と共に玉と散った運動について書かれている。中々調べる人が少ない分野だけに貴重な研究書でもあります。
 例えば日露戦争では戦地に何十万の日本兵が送られている。その一人一人に慰問袋を贈ろうと思うと10万人なら10万個の慰問袋である。これは大きなマーケットであり、百貨店が特設コーナーを作って慰問袋セットを売り出すのも商売の道理。でも当時は当たり前でも今となっては忘れられた日常でもある。
 この恤兵運動のキーパーソンとして必ず出てくるものがあります。それはカフェの女給とか遊廓の遊女で、これらキーパーソンが運動の最初に出てきて一般の人達が続くという図式だった。
同書では触れられていない満州事変勃発時の恤兵運動では寄付が集まりすぎて、靖国神社境内に国防館(今の靖國会館)を建設する程に寄付が集まっている。日本軍の写真に時々ある「愛国**号」とか書かれた飛行機やら装甲車といったのもこの恤兵運動で誰かが飛行機を贈ろうとか装甲車を贈ろうと今で言うクラウドファンディングの様に寄付を集めて兵器の寄付をした。ちなみに満州事変では軽爆撃機や偵察機だの飛行機だけで92機、飛行機以外で67もの兵器が愛国何号と記され寄付された(満州事変国防献品記念録から)。
 そんな国民こぞって戦争にゼニつぎ込んだ世の中って、現代からは感覚が判らない。満州事変当時の兵器の恤兵は38式歩兵銃の銃弾1発4銭3厘から出来た(満州事変国防献品記念録から)。そんな、身近にあったのに忘れ去れた歴史の旅、いかがですか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?