"普通の圧力"を表現しきった小説『コンビニ人間』
『コンビニ人間』は、2016年に芥川龍之介賞を受賞した作品です。
意外にも芥川龍之介賞といった受賞作品を読んだのは初めてだったのですが、垣間見える抽象化された現代社会、独特な切り抜き方、見事に射抜く表現など、圧巻でした。
また、『社会を俯瞰して見ながら、そこにいてしか感じられないであろう、孤独?のような感覚をどう感じ取ったのだろう..』という感想だったのですが、
読了後に調べてみると、作者の村田さん自身、三島由紀夫賞を取るほどの作家でありながら、週3回コンビニで働かれているそう。納得。
好みは分かれると思いますが、誰もがふと頷いてしまうような感覚を得るのではないでしょうか。
文学的な質の高さだけでなく、生き難さを増す「普通圧力」の社会に颯爽と登場した、まさに逆の意味で時代が生んだ小説でもある。「皆が不思議がる部分を、自分の人生から消去していく」という主人公の言葉などは、本当に染みるものがある。
コンビニ人間とは
小さな頃から、一般的な子供たちに比べて、変わった考え方や素行だったことで、友人や家族から心配がられていた主人公。
もちろん、本人にとっては自分なりの考えにしたがって行動していたまでで、特に違和感も罪悪感もない。ただ、周囲の声は大きく、心のモヤモヤは増えるばかり。
皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。私にはそれが迷惑だったし、傲慢で鬱陶しかった。あんまり邪魔だと思うと、小学校のときのように、相手をスコップで殴って止めてしまいたくなるときがある。
特に悩んだことはなかったが、皆、私が苦しんでいるということを前提に話をどんどん進めている。たとえ本当にそうだとしても、皆が言うようなわかりやすい形の苦悩とは限らないのに、誰もそこまで考えようとはしない。そのほうが自分たちにとってわかりやすいからそういうことにしたい、と言われている気がした。
そんな彼女がコンビニに務める事で、”社会のフォーマット”に沿うことによって、初めて”普通の人間”らしくなる。
そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった
ただ、アルバイトの白羽さんという人物が入ってきたことで、また様子が変わり始めます。
白羽さんは言わば、現代が産み落とした恨み辛みの感情が固まった人というか...。自分の周囲には見当たらないものの、twitterや2chにある現代の縮図のような人物です。
白羽さんが口にする言葉の数々を見れば、彼の性格や作者が伝えたいモノがすぐに理解できるのですが、これまで考えて出せる言葉じゃないと思っていました。
が、作者は綺麗に表現しきっています、、すごい、、
「威張り散らしてるけど、こんな小さな店の雇われ店長って、それ、負け組ですよね。底辺がいばってんじゃねえよ、糞野郎……」
言葉だけを拾うと激しいが、小さな声で呟いているだけなので、何だかヒステリーを見ている感じがしない。
差別する人には私から見ると二種類あって、差別への衝動や欲望を内部に持っている人と、どこかで聞いたことを受け売りして、何も考えずに差別用語を連発しているだけの人だ。白羽さんは後者のようだった。
自分を苦しめているのと同じ価値観の理屈で私に文句を垂れ流す白羽さんは支離滅裂だと思ったが、自分の人生を強姦されていると思っている人は、他人の人生を同じように攻撃すると、少し気が晴れるのかもしれなかった。
また、コンビニで働くことによって、人らしくあれたと思っていた主人公ですが、ひょんなことがきっかけで、白羽さんを家に泊めることになります。
そのことを友人や家族に伝えると、一層”圧力”を感じとっていきます。その心の機微に現代の違和感が詰まっています。
世の中には、居酒屋やファミレスで、誰と誰が付き合ったという話や、他の家庭の話、同僚や部下、上司の話など、実は当人とかけ離れたエピソードが散らばっていますよね。
また、それが第三者間で話されても、何かなるわけではない。でもそんな話に満ち溢れている現代社会。
友達がああだこうだと白羽さんと私のことを話しているのを聞いていると、まるで赤の他人の話を聞いているようだった。皆の中で勝手に話が出来上がっているようで、私と白羽さんと名前だけが同じ人物の、私とは関係のない物語なのだった。
皆、初めて私が本当の「仲間」になったと言わんばかりだった。こちら側へようこそ、と皆が私を歓迎している気がした。
「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ。」
ものすごく文量があるわけではないながら、ここまで現代の違和感を鮮やかに表現する文章があるのだなぁと。
特に10~30代の方は、すごく実感すると思います。ぜひぜひ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?