日記…20160826
ひとつ、またひとつと、言葉を手繰り寄せていく。本屋の背表紙に並ぶ単語、歌の中からあぶり出される詞。悩みに囚われている私の目に、どの文字がよりはっきりと映るのか。救いを求めるこの心は、どの音をよりはっきりと聴き取るのか。
他人から与えられるものに一喜一憂するから、未来を見失うのだ。過去の偉人の誰かは忘れたけど、そんな戒めを聞いたことがあるし、実際にそれは真実だなと思う。自分自身の中の正義と真実だけを信じて生きていくのは、周囲との摩擦が生まれた時に心が傷つくことへの覚悟を伴うみたいだ。それを受けた上で、周囲の人々と付き合っていくのを受け入れられるか、無理か。自分が起点となって作り上げる交友関係なのだから、その取捨選択をしたって良い。
「汲み取る必要は、ない。」
再確認をするように、独り言がこぼれた。
他人の感情を汲み取る必要はない。とっくの昔に、自分でたどり着いた考えだった。
自分のプライドを守るために、偉そうにそれらしい言い訳を並べたことだってある。『振り返ってみれば』本心でない言い訳だった。『口にしたその時』には、確かに真実だった。こうして振り返って、自分の言葉への意味づけを変える作業に、なんの必要があるのだろうか。そう思いながらも、違和感を持つ思い出の解釈をし直すために、同じような作業を繰り返す。
とりあえず今考えているのは、出かける提案をした時ほど返事の遅い相手は苦手だな、って事と、同じ事をいろんな人にしてきたな、っていう事ぐらいかな。
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