筋肉探偵エピソード1~始まりの焼肉店「ムキ牛」~

 私の愛をわかってくれると思っていた。
 同じテーブルを囲い、美味しい料理を食べ、話をすればきっと良き関係になれると信じていた。
 しかし、無理だった。
 ーーの行動は、私のファンとして、私への愛ゆえと感じていたのだが違っていたようだ。
 血走った目、その奥に、憎しみの炎が渦を巻いているのが見える。
 一体なぜ私は殺されるのだろうか。
 いや、それより。
 命の灯火が消されるこの瞬間に、私にできる事は……

 ーーーー

 僕は今、地獄にいる。
 平日の午後三時。
 都心から少し離れた住宅街の一角、テレビでも取り上げられた事のある有名高級焼肉店『ムキ牛』のテーブル席を男四人で陣取り、次の土曜日に開催される合コンの作戦会議を始めようとしている。
 何が地獄かって、僕からしたら隣に座っている人と目の前の二人、つまりここに座る全員が初対面。
 行きたくもない合コンの作戦会議、初顔合わせで他人しかいない。
 そこに僕は極度の人見知りときている。
 ここが地獄でないならなんとする。

 地獄だと思っているなら来るんじゃないと誰もが思う事だろう。
 その通りだ。
 僕が自分を苦しめるだけのこの場所になぜいるのかと。
 それは全て小説のためだ。

 僕は小説家になるために日々本を読み、日常で気付いたこと、アイデアなどをしっかりメモを取りながら生きている大学二年。
 その第一歩として、次の五月にある文学フリマに初出店する予定だ。
 文学フリマ。
 それは作り手が、自由に文学を発表できるイベント。
 と言っても、何かの舞台上でパフォーマンスをするようなものではない。
 オリジナルのものを紙本やグッズにして販売する。
 その名の通り、文学のフリーマーケットである。
 才能のある人たちが、自分の内から出てくる芸術をみんなに見てもらい、評価してもらう。素晴らしい場所だ。
 過去に二度、一般として参加したことがあるが、この世界の一部になりたいと強く思った。
 自分の世界を外に発信してみたいと。
 子供の頃からミステリー小説が好きで今までたくさん読んできた。自分でも書きたい。自分の理想的なミステリーを形にしたい。人に読んでもらいたい。
 そんな時に知った文学フリマ。
 僕の輝ける場所はここかも知れない。
 そう思った。
 しかし僕は今、小説を書き終えることができないという悩みを抱えている。
 アイデアはどんどん湧いてくる。
 なのにどうしても最後まで書けない。
 四辻行人《よつつじゆきと》先生のように怪しくもカッコイイ館でスマートな探偵が事件を解決するような話が書きたい。
 仏山《ほとけやま》マナバヌ先生のように、ハートフルな感動ミステリーを書きたい。
 他にもいろいろなミステリーを書きたいと思うがどうしても文章を打つ手が止まってしまう。
 自分には何が足りないのか、そもそも文章を書く、物語を紡ぐ才能がないのかもしれない。
 書きたい。でも書けない。
 ぐるぐると悩んでいる時に「三条《さんじょう》ぉ。合コンとか興味ねぇ? 」 講義の終わりに大学で同じクラスの高橋太ニ《たかはしたいじ》という陽キャから合コンに誘われた。
 彼とは過去に授業内容を二、三話しただけでそこまで親しくはなく、挨拶もしない関係だ。
 なぜそんな見知らぬ相手を合コンのメンバーにいれようとするのか、甚だ疑問だった。
 高橋はクラスでも目立つ方で、講義の前はいつも誰かと大声で話をしている。
 背は低いが体つきは筋肉マッチョ。いつも着ている黒のライダースーツがとてもよく似合う。
 実は、僕は彼を密かに尊敬している。
 この高橋は、入学当初とても線が細かった。僕と同じくらい、いやそれ以上に。
 風が吹いたらふぃ〜っと静かに浮き上がるんじゃないかと思うほどだった。
 しかし、この一年間で人体改造したかの如く劇的に変わった。
 首は太くなり、三角筋は餅が焼けたように膨らみ、胸板は銃弾が飛んできても弾き返すことができるかのように分厚い。
 彼は、プルプルと震えている子山羊からサバンナに堂々と君臨するヴァッファローとなったのだ。
 その努力は並大抵の事ではなかっただろう。
 すごい男だ。
 だが、尊敬していたとしても合コンに行くかは別の話。
 初めは断ったのだが案外しつこく誘われ、仕方なく小説の悩みと今は恋愛よりも物語を書きたい旨を簡単に伝えた。
 すると彼は、「お前に足りないのは、人を思う心。恋愛じゃないか? 」とドヤ顔で言われたのだ。
 何を言っているんだこいつ。
 と、思ったのだが、もしかしたら日常と全く違う環境に身を置くことで今の悩みを解決する何かが見つかるかもしれない。
 と気持ちを改めて合コンに行くことを了承した。
 僕は極度の人見知りで、大学に友人もいない。
 本当は合コンという、初対面の女の子と話す会に参加するなんて通常時の僕なら考えられない。
 なのでこれはとても勇気のいる決断だった。それだけ、物語を書けない焦りが僕を苦しめていた。
 しかし、予想外の出来事が起こる。
 一日だけ我慢すれば良いと思っていたら、なんと決戦の前に男性陣だけで作戦会議なるものがあるという。
 しかもなぜか場所は高級焼肉店。
 さらに金がかかるじゃないか。
 嫌な顔をしていると高橋から問答無用で出席だと言われ、泣く泣く来てみたわけだが、僕を誘った当の本人は欠席。
 顔が割れる前に帰ろうと踵を返すと、次の瞬間店の扉が開き、「高橋から聞いてるよ。三条アキラくんでしょ? 」と、いう声が。
 唖然としていると腕を掴まれ店の中に押し込まれた。
 逃げる隙がなくなってしまい、今に至る。
 現在の僕の心境は、小説のために頑張れる気力が五パーセント。
 帰りたい欲求が九十五パーセントだ。

 向かいに座っている二人は顔見知りのようで、くだけた雰囲気で笑い合い、近況を報告し合っている。
 疎外感が心を蝕《むしば》む。
 パーカーのポケットに入れている小説アイデア帳を握った。
 大丈夫。やることがあるからここにいるんだ。
 そう自分に言い聞かせる。
 僕は目の前にある黒い鉄板をみつめた。
 これから何が行われるのかわからない。
 合コンの作戦会議なんてやる必要があるのか?もしかして、高橋に騙されたのでは?変な宗教に勧誘されるのかもしれない。
 嫌な考えが頭を占拠する。
 死刑宣告を待っているような気持ちだ。
 気分も悪くなり、一旦自分を落ち着ちつかせるため、トイレに立ち上がった。
 軽く店内を見渡してみる。
 小さな店だ。入り口から左手の壁沿いに六人掛けテーブル席が五つ、その一つに僕らが座っている。
 右手には広々としたキッチンカウンター。そこには客が一人座っていて、常連なのか店員と談笑し盛り上がっている。
 人気店にしては客が少ないが、小さい店の平日昼間、住宅街ならこのくらいなのかもしれない。
 壁に貼り付けられたトイレ案内表記に従い店の奥へ進む。
 突き当たりは丁字路になっていた。
 右を見ると少し進んだところにトイレと厨房につながるであろう扉が二つ向き合っている。
 首を振って左を見るとVIPルームと書いてある金のプレートが貼り付けられた扉があった。
 ここにくる前にホームページで見たのだが、この焼肉店には特別室というものがあるらしい。それがこの扉なのだろう。
 今も誰かが入っているのだろうか。

 トイレを済ませ席に着いた。
 しかし、すぐさま手持ち無沙汰になってしまった僕は近くに置いてあったメニュー表を手に取る。
 そこには、【ムキ牛のスペシャルメニュー! 一日二食だけ! 予約制のマッチョ限定の特別メニュー! ムキムキ喜ぶ筋肉ランチ】と、太いマジックで大きく書かれ、その下には器に山盛りにされた美味しそうな高級肉の写真とモデルがスクラップされ貼りつけてあった。
 テレビの特集で見た事のあるメニューだ。
 モデルはマッチョン東郷《とうごう》。
 ムキムキな肉体美を売りにしているマジシャンタレントだ。
 写真の男は片腕を前に出し、親指と人差し指をクロスしてハートを作っている。
 彼がよくやるポーズだ。
 土曜お昼の人気番組、『お侍さんのおらんち』でも手品コーナーを持つほどの人気タレント。
 この店の広告モデルだったのか。
 ぼんやりとそのページを見ていると、右下の角にニ次元コードがあるのに気づいた。
 なんの情報だろう。
 と、スマホを手に取りかざして確認してみると、彼がマジックをしている映像が流れ始めた。

『お侍さんのおらんち』の録画映像のようだ。
 お昼番組特有のカラフルなスタジオで、いつもの衣装に身を包んだマッチョン東郷とカジュアルなパーカーにジャケットを着た最近よく見る男性タレントが向かい合って立っている。
 これから手品を披露するところらしい。
 マッチョン東郷には、公でマジックをする時の勝負服というのがある。
 上半身裸に黒のビキニ、くるぶしまでの黒ブーツ。
「隠すところはない。タネもしかけもないぞ。というのを全身で伝えている」と、前に何かの雑誌に書いてあった。
 画面の中の彼もそれだ。
「百円をいただいてもよろしいですか?」
 マッチョン東郷が目の前の男に言うと、言われた方はズボンのポケットからシルバーのコインを取り出し渡す。
 タレントの長く細い腕とマッチョンのムキムキの腕がコインで繋がる。
 太さは三倍ほどだ。
「ありがとうございます。では、ここにこうやって……」
 受け取ると、油性マジックで百円の真ん中に「丸ま」と書いた。
 近くのスタッフにマジックを渡す。
「マッチョンの『ま』です」三六〇°にそれを確認させる。
 次に彼はコインを掌に握り、もう一度開いて、コインが手の中にあることをカメラとタレントに見せ、再び握る。
 そして筋肉ポーズを数回して、マッスルボディを一通り披露。
 最後に親指と人差し指を重ねてハートを作った。
 その光景を会場は固唾を飲んで見守る。
「はい。コインは私の手から移動してしまいました」
 両手を広げると、確かに百円はなくなっていた。
 タレントも驚いたリアクションだ。
「どこにいったかと言いますと……すいません。フードを被っていただいてよろしいですか?」
 言われた男性タレントは戸惑いながらもゆっくりとフードで頭を隠した。
 すると、チャリーンと何かが彼のフードから足元に落ちてきた。
 タレントはそれを拾うとカメラに見せつけるように差し出した。しっかりと丸まと書かれているコインだった。
 ワー!と会場が盛り上がる。
 女性より男性の、野太い声が聞こえるのは気のせいだろうか。
 お辞儀をしたマッチョン東郷がアップになり、ここで決めゼリフだ。
「タネもしかけもありませんが、筋肉があります! 」
 そう言って白い歯を見せながら笑った。

 動画の中でマジックを披露した人気者は正にマッチョ。
 最近は良くも悪くもマッチョが世間を騒がせている。芸能人やスポーツ選手、アイドル。それに……

 動画を観終えると、スマホ画面にはオススメの動画のサムネイルがずらりと並んだ。
 そこに、今問題になっているマッチョチャンネルのサムネイルもあった。
 マッチョ崇拝組織。
『デビルマッソー公式チャンネル』
 日本のマッチョ業界を格上げしたと言われる山本ムッキン照義が一年前に死亡した。
 その犯人として世間から疑惑の目を注がれているのが『デビルマッソー』という組織だ。
 ボディビル優勝経験のあるワタナベノブオというマッチョを社長に、オリジナルプロテインやサプリメント、マッスルスーツ、筋トレ器具などの開発に力を入れる企業である。
 しかし、一年前のある時、山本ムッキン照義がデビルマッソーの製品を批判したコメントを週刊誌に掲載。
 するとその一ヶ月後に山本ムッキン照義は不慮の死を遂げた。
 ニュースでは、自殺との報道がなされたが、筋肉をあれだけ鍛え上げた山本がそう簡単に自殺をするはずがないと世間は考えていた。
 そんな中、『デビルマッソー』の公式チャンネルで緊急生配信が設けられ「我々、デビルマッソーが山本ムッキン照義を殺害した」と語った。
 それはSNSで瞬く間に拡散され、生配信前は千二百人だったチャンネル登録者数が、三日で十五万人となった。
 炎上商法による売名行為だという話題も上がったが、彼らと山本ムッキン照義との確執があったのも事実で、自殺とされたのも裏で『デビルマッソー』が情報操作をしているのではないかとの陰謀論まで出回っている。
 まったく、恐ろしいマッチョ集団もいたものだ。

 ペラリと次のページをめくると、今日僕らが食べるであろう四千五百円で肉食べ放題プランが書かれていた。
 程なくして女性店員さんが肉やサラダ、ボールに入ったこれからお好み焼きになるものなどいろんな物をひとつづつ運んできて、瞬く間に鉄板の周りが彩り豊かになった。
 料理を前に気持ちが少し寛容になってきたところで、僕の前の席に座っている男性が声を上げた。

「よし!料理も来たし、一応全員集まったっつーことで。とりあえず自己紹介をやっていこうや。俺と、隣の相田は同じサークル仲間で、君たちは高橋からの紹介だね。まあ、今日はアイツはなんでかいないんだけど」
 そういうと、目の前の二人は視線を合わせて呆れたように軽く肩を上げた。
 彼らからしても、高橋の欠席は予想外だったようだ。
「じゃあまず俺から。林部未来《はやしべみらい》。男側の幹事をしてます。特技は料理!よろしくぅ!」
 僕と向かい合わせに座る男だ。
 元気で明るくハキハキ喋るので好感を持った。
 茶髪に短髪、丸顔の童顔で人懐こそうな雰囲気だ。
 まん丸の目がキツネザルに似ている。
 年齢は僕よりは少し年上かもしれない。
 目があったので小声でよろしくお願いしますと言って頭だけへこっとお辞儀をした。
「次はお前ね」
 彼の隣に座る男が頷く。
「初めまして、愛を正しく、相田匡。恋の伝道師だよ」
 そういうと、彼は僕に向かって右の顔を引き攣らせながら、たぶん、ウインクをした。
 顔がとても小さく、鼻筋がスッと通っているモデル系イケメンだ。
 動物に例えるならば、恐竜のヴェロキラプトルみたいな。
 恋の伝道師って本当にいるんだな。
 思ってたのとは違うタイプというか、言われればそのまんまな気もするというか。
「はい!じゃあ次は君ね」林部は僕の隣の人を指差した。
「……栄勇一」 それだけだった。
 人見知りというより、人嫌いなのだろうか。
 彼の表情はずっと顔の中心に寄っていて不機嫌な事を表している。
 彼はなぜ合コンに参加しようとしているのか。
 動物に例えると、目が開いているかも怪しい肥えたブ……
「はい。じゃあ最後」
 僕だ。
 視線が集まってくる。
 品定めをされているようで吐きそうだ。
 人が苦手で緊張しがちなため、注目を浴びると胃がキリキリ痛んでしまう。
「あ、はい。えーっと、三条アキラです。よろしくお願いします」
 よろしく。と、二人分の声が返ってきた。
 ここで終えても良かった。僕は話すことが下手だし、見られることも苦手だから。
 でも、とても、ものすごく、どうしても気になることがあったので思い切って聞いてみる。
「あの、すいません。ちょっとお聞きしたいんですけど、みなさんは、なんでそのような服装を……」
 この合コン作戦会議には注意事項が二つあった。
 一つ、自分の強みである何らかのアイテムを持ってくること。
 そしてもう一つは、次の合コンで着てくる勝負服で来ること。
 彼らの服装は、僕の思う勝負服の常識とは逸脱したものだった。

 まず幹事の林部未来は、クマの着ぐるみかと思うくらいもっこもこの柿渋色トレーナーを着ている。
 下半身は細身で体にフィットしたうすだいだい色のチノパンであるため一瞬、履いてないんじゃないかと目を疑ってしまったが、大丈夫、履いていた。
 その林部の隣に座る、相田匡。
 着ているのは新郎用白のタキシードだ。
 首には青い蝶ネクタイ。
 スパンコールが施されキラキラしている。
 これがジュラシックワールドの恐竜、ヴェロキラプトルの鱗っぽく感じたのかも知れない。
 わざとサイズを合わせていないのかわからないが、格闘家のような体つきのせいで、ジャケットのボタンが悲鳴をあげている。
 服の隙間から覗く、逞しく健康的なオークル肌。
 見ていいものか、目のやり場に困る。
 これが共感性羞恥というものだろうか。
 そして、僕の隣にいる男、栄勇一。
 彼は覆面レスラーだ。
 正確にはルチャ・リブレというメキシコプロレスの男性プロレスラーであるルチャドールの格好をしている。
 ちなみに女性プロレスラーのことはルチャドーラという。
 彼の覆面は全体が空色。
 目と口の周りを囲っているラメが散った菜の花色のラインが輝くカラフルなマスク。
 焼肉がとても食べずらいと思う。
 上半身は裸で下半身はマスクと同じ色合いのレギンス。
 スーパーマンのような真っ赤なマントも着用していたらしいが、店員さんにコート類だと思われたらしく、今はハンガーにかけられ壁におとなしく垂れ下がっている。
 彼の二の腕を見ると可哀想なくらいぶつぶつとした鳥肌が確認できた。
 それもそのはず、今日は今季一番の寒さ、来る途中で雪も降ってきていた。
 いくらお店の中とはいえ一切防寒具がないとなれば耐えることは容易ではない。
 なぜそんな格好でここに来たんだ。
 むしろよく来れたな。
 彼はつきたての餅のようなムチムチした体を守るように両腕を回した。
 寒いのだろう。
 カタカタと小気味よく歯を鳴らしている。
 心なしか顔色も悪い。
 僕が自己紹介をした時に「よろしく」の返事がなかったのが彼だ。
 きっと寒さで喋ることもままならないのだろう。
 その姿は罠の中で死を待つ小動物のようだ。

 ぬいぐるみと新郎とルチャドール。
 なんだこのパーティは。元ネタがわからないコスプレ集団みたいになっている。
 作戦会議の注意事項にコスプレはなかったはずだ。
 なぜそんな変な服装を……
「いや、それはこっちのセリフだって」
 クマが言った。
 いやまさか、そちらのセリフだったとは!
 僕はなんて恥ずかしい発言をしてしまったんだ。
 つまり高橋経由の連絡が上手く伝わって来なかったらしい。
 合コンの勝負服にコスプレは必須だったのだ。
「三条くん、そんな服装で女の子たちの心にパンチをヒットさせられると思う?」
 クマは自らの胸に拳をトントン。
「いえ、えっと。女性にパンチはしてはいけないと思っています」
「そういうことじゃねぇよ!女の子の心に印象付けるためにはそんなヨニキュロなんかで買えるパーカーと量産型のデニムじゃダメだってこと。勝負服で来てって伝わってなかった?俺らの服装を見ろって!個性豊かで絶対心に残るだろう?」
 それは間違いない。
 三人揃ったらインパクトありすぎてトラウマになるレベルだ。
「ちなみに俺は可愛さをアピールしている。女の子はみんなクマのぬいぐるみが大好きだろ?じゃあ自分もなればいいんじゃね?っつー感じで決めた。
フードもクマの耳がついている。この衣装の完全体は合コンの時に披露してやろうじゃないか」
 クマの服なんてどうでもいいけど、なんて安易すぎる発想の持ち主なんだ。
 隣にいる新郎も、
「そういうことだよ。三条くん。ちなみに僕がこのタキシードを着てきたのは彼女たちに僕の本気を感じて欲しいからなんだ。いつでも式場に連れて行くことができるよってね」
 キラキラした目で、ものすごく気持ちの悪いことを言っている。
 合コンでそんな本気アピールしたら、「女子なら誰でもいいのかコイツ」と勘違いするのでは。
 いや、イケメンと筋肉があるから許されるのか。
 それとも僕の常識が間違っているのだろうか。
 相田がグイッと身を乗り出した為、サイズの合ってないタキシードのボタンがついに弾け飛び、コンクリートの床にコロコロと転がっていった。
 横を見るとルチャドールはいまだ寒さと闘っている。
「ちなみにコイツの自称、恋の伝道師って、恋愛の心理学を勉強してるってことでさ、女の子を落とすコツとか聞いちゃえるわけ。でも俺とコイツだけってずるいっしょ?だから俺がこの合コン作戦会議を開いたのだよ」
 林部は相田をサムズアップして指し示し、口の端をニッと上げた。
「まあ、それもあるが。一番は男性陣が結託することが理由だ」
 と相田。
「結託……ですか?」
「そうだよ。例えば、恋愛の心理学にはウィンザー効果というのがあるんだ。聞いたことはあるかな?」
 僕が首を横に振ると、彼はドラマに出てくる詐欺師のような顔つきになりニッコリ笑った。
「まず知っていてほしいが、人っていうのは第一印象で抱いたイメージをそのまま引きずる傾向にあるんだ。こういうのを初頭効果と言う。初対面の集まりで初めに何か失敗した奴はずっと【失敗する奴】ってレッテルを貼られてしまう。過去にそんな風に感じたことはないかな?」
 走馬灯のように悲しい記憶が蘇る。
 僕は高校の初登校でお腹が痛くなり、学校に着くなりトイレに篭ってしまった。
 教室に戻った時には自己紹介が始まっていて、さ行はとっくに過ぎていた。
 最後に自己紹介をしたものの、その後半年間はトイレへ参上(三条)と揶揄われることになった。
 思い出すとじんわり涙が……。
「まあ、そんな初頭効果ってのがあるわけだから見た目のインパクトが大事だってのがわかるだろ?だからこうやって集まることで三条君みたいに間違った服装をしている奴を指摘して当日までに改善できる」
 林部は相田のご高説にうんうんと頷き「良かったなウェーイ」と、腕を伸ばして僕の肩を揺らしてきた。
 正しい陽キャムーブだ。
「そして、もう一個作戦がある!」
 斜め前では人差し指を立てての注目ポーズ。
 目の前にいる二人の授業に、視線を行ったり来たりと目が忙しい。
「その作戦こそ、さっき言ったウィンザー効果だ。人というのは、本人から聞いた情報よりも第三者から聞いたことの方が信じやすい。だから今ここで俺らは話し合い、自分たちの強みや特技を伝え合って、それとなく褒め合う。すると女の子は、近くにいる人がそんなに言うのなら、すごい人なのかも。と思うんだ。だから例えば、三条くんは俺を、俺は君を褒め合えば、最強のアプローチになるってこと。で、僕の褒めてもらいたいモノはこれね」
 彼は手を前に出し、ヒラヒラしたかと思うと突然何も持ってなかった手のひらから真っ赤なハンカチを取り出した。
「おー!」思わず感嘆の声をあげた。
 手品だ。
 ふと、その薄いハンカチに色が濃くなっているところがあるのに気づく。
 結構年季が入っているのかもしれない。
 その横で林部は思い切り拍手をしている。
「さすがだ相田! 何度見ても素晴らしい!! いろんなところからハンカチを出せるなんて女の子たちが放ってはいないぞ」
「モテマッチョたるもの、手品くらいの特技は持っていなくてはね」
 相田は得意げにそのハンカチをタキシードの内ポケットにしまった。
 マッチョに手品。
 彼はマッチョン東郷のことをとても意識しているのではないだろうか。
 そういえばなんとなく舞台セリフのように話すところなんかが似ている気がする。
「すごいですね。手品もできて、体も鍛えられてて」
「ははは。筋トレが趣味なんだ。体を鍛えるのは良いよ。かっこよくも見られるし、最近は日焼けサロンにも通ってるんだ」
「あ、いい色に焼けてますもんね」
「コイツ、女の子にモテるために必死だからな」
「それはお前もだろうが」
 ゲラゲラと笑い合う二人。
 ふんわりと、彼らの言いたいことはわかった。
 つまり、みんなで幸せを掴もうという事だ。合コンへの意気込みと彼らの優しさが伝わってきた。
 良い人たちなのだろう。
 服装に間違った感覚を持っていたとしても。いや、そもそも間違うと思うこと自体が間違っている。
 僕はいつからそんな人を服装で判断する人間になってしまったんだ。
 自分が恥ずかしい。
 今日はこの人たちの世界観を楽しもう。
 それがきっと小説の糧となる。
「じゃあ、今度は逆から。三条くんからアピールアイテムを発表していこう」

 ピロリン
 その時、電子音が流れた。
 ニュースアプリが最新のニュースを知らせた音だ。
 音の出所は栄のスマホだったらしい。
 彼はテーブルの端に置いてあったそれを寒さに震えながら手に取り、確認すると……
「あー!キタコレ!!」
 突如叫んだ。
 僕は他の人の迷惑になっていないか心配になり、周りをキョロキョロしてしまった。
 案の定カウンターにいた店員さんと常連客風の男がこちらを見ている。
 ……あれ?
 何かを思い出そうとした時、隣にいた栄が僕のパーカーを引っ張り自身のスマホを見せてきた。
 そこには、

【今日の午後一時十五分。
 二十代男性、ビルから転落死。
 もしやデビルマッソーの仕業か?】

 という見出しがあった。
 栄を見ると、先ほどとは打って変わって目が生き生きとしている。
「読んだ? デビルマッソー! デビルマッソーの仕業かもしれないって! 平成のマッチョ神である山本ムッキン照義、マッチョ料理人の足蹴トシアキ、マッチョパイロットの田口タケルに続いて四人目の犠牲者だ。この被害者が誰かはわからないけど、きっと有名人だよ」
 興奮気味に話をしている。
「あの、もしかして栄さんて、デビルマッソーの隊員なんですか?」
 動画サイトなどは、チャンネルを応援している人たちの名称というのがある。
 例えば、あるブックチューバーのリスナー名は『村民』と呼ばれている。
 チャンネル主が『みんな』と呼ぶよりも名称で呼んだ方が絆が強固に感じるもので、多くのチャンネルは個性豊かなネーミングを作っている。
 そして、デビルマッソー公式チャンネルのリスナーは『隊員』だ。
 彼らは隊員というより信者に近く、いろいろなところで問題を起こしてニュースになっている。
 栄は僕の言葉に目を丸くし、すぐに俯いた。
「あ、いえ。私はどちらかというと陰謀論とか都市伝説が好きなんです……今は、デビルマッソーが旬だから」
 すいません。と、頭を下げて謝ってきた。
 服装の割に喋らないからすごく堅物な人物だと思っていたが、意外に常識人なことに驚いた。
「デビルマッソーの緊急生配信とか、普通にヤバいだろ。俺たちが殺してますーって……なんですぐ逮捕しねぇんだろ」
 そう言いながら林部が鉄板の端っこで野菜を焼き始めた。
「そうなんですよ!そこが不思議なところなんです!きっと警察の上層部に、彼らにいなくなられては困る人間がいると、僕は踏んでますよ。警察も彼らに逆らえない状況にあるのかも知れない」
 震えていた彼からは想像もできなかった熱意が真横から流れてくる。
 テンションが上がって体温も上昇しているようだ。
「いや、もしかしたらデビルマッソーは案外悪い奴らじゃないのに世間では悪くとられるように政府が動いているのかも知れないぞ」
 相田は斜め上の見解だ。
「政府! なるほど! 緊急生配信自体、日本政府に作られたフェイク映像! 一体なぜそんな事をするのか? 面白い! 」
 メモメモとぶつぶつ言いながら栄はスマホのメモアプリに書き込む。
 チラッと見えてしまったが、ファイルには口裂け女だったり、きさらき駅などという単語があった。
 気になる都市伝説をメモしていくのが彼のライフスタイルなんだろう。
 僕と似ている。
「栄くんの強みは、オカルトや都市伝説に詳しいとかかな。いいね! 女の子は意外と怖いのとか不思議なのが大好きだから」
 相田は栄に親指を立てて下手くそなウインクを投げつけたがメモに夢中なルチャドールが気づくことはなかった。
「じゃ、じゃあ三条くんは、どんなものを持ってきたの? わかりやすいアイテムとかある?」
 彼は照れ隠しをするように僕に話題を振ってきた。
「あ、はい。じゃあ僕は、これ……っ」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」ベチョッ……

 突然の悲鳴に驚いて、僕はポケットから出した小説アイデアメモ帳を鉄板の上に落としてしまった。
 それがなんと、お好み焼きの上にダイブ。
 いつの間にか林部がお好み焼きを生成し始めていたようだ。
 急いでメモ帳を救出するも、ドロドロした小麦粉がすべてのページに滲み、中の文章が読めない。
 今までのアイデアが、文字通り、溶けて消えてしまった。
 僕はバカだ。
 こんな事になるなんて、来なきゃ良かった。
 もしかしたらこれは小説家にはなれない、なってはいけないという警告なのかもしれない。
 きっとそうなのだ。
 鼻の奥にツンとした悲しみの汁が流れる。
 僕が打ちひしがれていると、タキシードが立ち上がった。
「なんだろうな。今の悲鳴。奥からだったけど」

 悲鳴が聞こえたのは店の奥。
 見ていると左側の通路から女性スタッフがよろけながら出てきた。
 左側はVIPルームがある方だ。
「だ、誰か来てくださいっ」カウンターに座っていた客が急いで近寄っていく。
 キッチンで作業をしていた他のスタッフも怪訝そうな顔をしながら狭い丁字路に吸い込まれていった。
 数秒後、彼らはうめき声を出しながら腰が抜けたようにヨロヨロしながら戻ってきた。
 一体何が起きたんだろう。
 僕たち四人はただただことの次第を見守っている。
 初めに出てきた女性店員が壁伝いにキッチンに入る。
「いいい今、きゅう、きゅうと、警察を呼びますっ」
 震える手で壁掛け電話に手をかけた。
 辛うじて聞こえたが、警察? なんだろう。
 強盗、食い逃げ? 立て篭もり? ……殺人?

「ちょっと待って下さいよ」

 その時、奥の通路から顔を出し、電話をしようとしているスタッフを制止したのはカウンターにいた客だった。
 そして、持っているスマホをここにいる全員にかざした。
「救急車と警察にはもう電話しときましたよ。ちなみに警察は他に事件があったのと、雪が積もってて来るのが遅れるそうで、現場保存なんたらはオレが任されましたんで、あなたたち全員この店から出ないように。まあ、少しの間、よろしくお願いしますよ」
 しんと静まる店内で林部が口を開いた。
「いや、あんた誰? 警察なの?」
 彼はその問いに答える事なくゆっくりと歩きながらカウンター席に戻ってくる。
 丁字路からカウンターまでの距離はたかだか五メートル程なのに二分くらいかけて。
 それは、みんなの視線を楽しむようにとてもスローな動きだった。
 大きな男だ。
 黒いパーカーに黒のジャージ。
 年齢は二十代後半くらいか。ブリーチをし過ぎて傷んでいる髪が顎くらいまであり、眉はキリッとしているが目は垂れ目。
 パーカーやジャージの上からでもその隆々とした筋肉の存在感がすごい。
 プロレスラーか。
 いや、僕は彼のことを知っている。幾度もメディアで見たそのままの姿だ。
 彼の名は……

「オレは星屑テツヤ。探偵ですよ」

 そう。
 彼はいくつもの難事件を天才的な頭脳と最強の筋肉で解決してきたという、今最も高名な探偵。
 身長百八十センチ、体重百二キロの……

 ーーー筋肉探偵テツヤ。

 男はゆっくりとこちらに一歩踏み出し、ニヤリと意地の悪そうに笑った。



 ーーー続く。

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