❾40年
ズラッと並んだ検索結果の中に、それはあった。松倉雅のWikipediaも作られている。写真の顔が、あの時の雅さんのままだった。どうやら、10年前に作家は引退していて、今は72歳のようだ。さくらは、一度も作家のパーティー等で見たことがない。パーティーに行くたびに思い出していたのだが、関係者には一度も詳細を聞いたことがない。
あの時、たかが小学生の自分がああいう言葉を不用意に放ったが、雅さんの人生に影響はなかったのか、もう雅さんは囚われていないのか、手首に傷はないのか、一つ一つ確かめたかった。
雅のブログを見つけた。心臓がひとつドキン、とした。さくらの右手の人差し指はマウスをカチリと押した。
令和元年5月1日、ついさっき更新したブログだ。家で、雅と夫らしき男性と猫と一緒にソファーに座り、ワインを飲んでいる写真が載っている。それはとても幸せな笑みだった。40年前の、奥の深いミステリアスな微笑みも好きだが、今の雅さんの皺の刻まれた幸せそうな微笑みも好きだな、と思った。
この40年、何があったのか全くわからないし、わかることがくる時はないのかもしれない。ただ、たとい世界が囚われ続けていても、今の雅さんが囚われてないことがわかった。自分にはきっとそれだけで十分だと思った。
さくらは、なんだかホッとして、珈琲を淹れ直す。そして、今朝ほど、開封作業をしていたファンレターを机に持ってきて、ふと封筒の裏側を見る。差出人に「松倉雅」とあった。
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