➓手紙

 とんでもない偶然に、さくらは手が震えた。びりびりと歪に開封し、それを読んだ。
「國枝さくら様 突然このようなお手紙を差し上げること、不躾なことと承知しています。私は小説家をしていました、松倉雅と申します。覚えていらっしゃいますでしょうか、40年前のある期間、私の家で同じ時間を過ごしたこと。貴女はまだ小学生でしたね。それはそれは頭の良い女の子でした。とても小学生にするに値しない相談にも的確に答えてくださいました。また、いくつか心当たりがありますが、貴方を不愉快な気持ちにもさせてしまったかもしれません。謝らなければとずっと思っていました。あれから好きな方とは、別れてしまいました。貴女の仰った時代の波に負けてしまったのです。いえ、時代のせいにしていてはいけませんね。最近、貴女の作品をいくつも読みました。とても、繊細な、優しい、人の気持ちがわかる方が書かれているのだな、と感じました。それでいて、一本、芯がある。そういうところ、昔と変わらないですね。今、私は愛する人と暮らしています。もう人生の残り時間的にも最後に寄り添える人ではないかと思っています。突然思い立ち、筆をとりました。至らない文章であったこと、お許しください。貴女にも有り余る幸せが訪れますように。 松倉雅」

 雅は今朝、新聞受けにあった手紙の差出人に「國枝さくら」とあるのを見て、目を細めた。
 「誰からの手紙だい?」
 同居人の雄介は、お茶を淹れながら雅に話しかける。
「そうねえ、私の人生の先輩かしら」
「人生の先輩?」
「そう、小さな人生の先輩。大事なことを教えてもらったわ」
 さくらの文章にはなんとあるだろう。軽蔑されるだろうか、今更、と言われるだろうか。当然だ、当時嫌な気持ちにさせたかもしれないのだから。謝りたかったし、もう一度だけでいいから、お話をしたかった。雅はここ数年で1番胸をときめかせながら、手紙の封を開ける。

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