❻私の女

 さくらは一頁目を開き、読み始めた。既婚の女性が主人公である。夫との穏やかな生活を愛しながらも、偶々出くわす女性をひたむきに愛し始める。さくらにはまだこういう感情がわからなかった。
 ただ、この人は肌全体で世界の繊細さをいちいち感じ取りながら不器用に生きているんだろうな、と思わせる、ずっと読んでいたくなる文章だった。
「どう感じた?」30分くらい経ち、雅はにっこりと笑い、尋ねる。
「それは、私の話なの」
さくらは表情を変えずに雅をフッと見上げる。
「私も向こうも結婚してないけれどね。この間、さくらちゃんが来てくれた時に一緒にいたのが、私の好きな女性なの。旦那が死んでから、本当に私を支えてくれて、唯一好きになれた方なの。でも、私が旦那と死別してたりとか、女性同士だったりってことが周りの人の格好の興味の対象になるんじゃないかって、私自身が大っぴらにできないの。ただ、私はとっても好きなんだ」
雅は座布団の上に座り、さくらと同じ目線になる。あの時の雅の手首の赤い線が目に入る。さくらは俯き、何も言わない。
「こめんね、頭の良いさくらちゃんなら何か言ってくれるんじゃないかと思ったの。困らせたなら謝ります」

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