双胎間輸血症候群の母親が胎児のためにできること
不安な時期を乗り切る、踏ん張る力
【ネガティブケイパビリティ】
はじめに
こんにちは。
私は2歳になる双子の女の子を育てています。
双子が1つの胎盤を共有するMD双胎だった私は、
双胎間輸血症候群疑い→双胎間輸血症候群と診断され、レーザー手術(胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術)を受けました。
双胎間輸血症候群、レーザー手術のことは前の記事をご参照ください。
この記事では、双胎間輸血症候群疑いを告げられてから、実際に双胎間輸血症候群と確定診断され、レーザー手術の適応とされるまでの、妊婦と家族の感情(不安と怖さ、無力感、信頼…)と、そのような不確実で、不安な時期を乗り越えるための助けになるだろうネガティブ・ケイパビリティについてお話します。
(少し長いですが、お付き合いください)
双胎間輸血症候群疑いから
レーザー手術を受けるまでの経緯
⑴入院の判断
ー外から見えない胎児の状態ー
双子妊娠の衝撃も和らぎ、双子の母になることに楽しみを感じるようになった私。ありえない吐き気を経験した悪阻の時期を乗り越え、粛々と健診に通っていました。
日本で数カ所しかないレーザー手術を実施している病院の中でも専門性を追求している胎児診療科の先生方はまさにプロ集団。
診察はチームで行うことになっていました。
妊娠5ヶ月のある日のこと。エコー検査を終えるまで私は、健診の後に仕事に行くつもりでした。
ところが診察で先生が「供血児(血液を輸血してしまっている小さい方)の血流がよくないので入院で経過をみる必要」があると言われました。
※ここから先は双胎間輸血症候群のリスクに関わる記述が出てきます。
精神的な負担を感じやすい方、過度なストレスを回避されたい方はお控えください。
※当時の自分の精神状態から、お医者さんに言われた内容が正確かどうか定かではありませんが、当時のメモを元に書いています。
確実な情報は信頼できる専門家にお求めください。
※(念のために)この時のお医者さんは双子の出産時の執刀医で、私がとても信頼、感謝している方です。
お医者さんに言われたのはこういうことでした。
・供血児(血液を輸血している側)の羊水量、スペースが狭くなっている
・受血児(血液を輸血されている側)も羊水量が適量を超えて増え苦しい状態にある
・供血児はこのままでは危険である
・レーザー手術をしなければ受血児にも障害が残る可能性がある
・2人とも絶対に助けられると断言できない
これを聞いて私は初めて診察室で泣きました。
双子の妊娠に戸惑ってはいたけれども、
二人とも無事に生まれてほしい。
生まれてくるものだと思っていました。
目に見えないのをいいことに、事態を甘く見ていた自分に、理不尽と知りつつ、怒りが湧きました。
双胎間輸血症候群の進行症状は母体には感じ取りにくいもののようです。
私は自宅にいるときに、知らぬ間に胎児の状態が悪化するのが怖くて、お医者さんに質問しました。
「どうにか母親の注意や自覚で双胎間輸血症候群の進行に気づくことはできますか?」と。
でもそれは難しいという回答でした。
健診時のエコー検査で血流等をチェックをするしかないとのことでした。
自分のお腹なのに、お腹の中で自分の子どもたちの状態がどうなっているかわからない。
自分の五感を研ぎ澄ましても、わからない。
ならば、どうやって自分は子どもたちを守ればいいんだろう。
母親なのにお腹の中の子どもたちに何もしてあげられないのか。
⑵入院、手術が決まるまで
-安全と危険。曖昧な状況に苦しむ-
入院してしばらくすると供血児の血流は回復しました。
入院して安静にしているのが良かったのか、原因は先生方にもはっきりわからないと言われました。
もしかしたら入院して、毎日子どもたちの様子を専門家に見守ってもらえているという安心感が助けになったのかもしれません。
入院してしばらくはレーザー手術は必要であるものの、羊水の量が適応基準を満たさない状況が続きました。
(双胎間輸血症候群のレーザー施術には、MD 双胎, 羊水過多(MVP≥8cm)・羊水過少(MVP≤2cm)、妊娠16週以上、26週未満等実施適応の条件があります)
そして季節はクリスマス、年末を迎え、診療チームの他の先生から、なんと年末年始の退院を勧められました。
でも私は入院前の健診時にお医者さんから聞いたリスクが頭を離れませんでした。
しかも自宅は病院から車で1時間かかり、いざと言う時に間に合うのか、心配で仕方ありませんでした。
過信して胎児に負担をかけていた(と考えていた)自分に自信をなくし、私はすっかり受け身になっており、退院をするのが怖かったのです。
この提案に私は振り回された気持ちにもなってしまいました。
結局、その時はお正月の前後に3日の外泊をし、病院に戻りました。
年明けに手術適応条件となり、レーザー手術を受け、経過観察となりました。
この一件で私たち夫婦は、安心してこの先も治療を受けるために、「医療チームの人によって伝えられる胎児の危険度が違うと感じて戸惑う」ということを信頼できる看護師さんから医療チームに伝えてもらいました。
その後、前述のお医者さんをメインに病状説明してくれるようになりました。
しかし、今、思えば問題はそこにはなかった。
私は、曖昧な状況に耐え切れず、
お腹の中の赤ちゃんが危険なのか、安全なのか、
白黒はっきりつけたくなっていたのだと思います。
そして、その明確な線引き、答えをお医者さん、看護師さんに求めていたのです。
ネガティブケイパビリティ
双胎間輸血症候群の胎児に対して直接治療できるのはお医者さんだけです。
医療チームは「健診でリスクを総合的に見極め、適切なタイミングでレーザー手術をする」タスクに向かって働いている。
胎児は必死に大きくなろうとしている。
母親である妊婦の私は、ベッドでお腹をだして、羊水の深さや心拍の強さの様子に耳をそばだて、エコー画面に映る胎児の血流の青や赤や緑の点滅を眺めているだけ。
母親の私が何かを頑張って胎児が元気になるなら、なんでもするのにと何度も思いました。
何かしなきゃと、なんとか飛び交う専門用語についていって事態を把握したいと必死にドクターの話を聞きました。
でも、「頑張っているのは、胎児と医療チームで、自分はよく眠り、栄養をとり、安静にしているしかできない」という構図が染みついていました。
自分の力は及ばないし、この事態になにも貢献できていないと焦りにも似た無力感に苛まれました。
あのときの私が知っていたら、役にたっただろうと思う概念が「ネガティブ・ケイパビリティ」です。
ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability )
とは
「どうにも答えの出ない、
どうにも対処しようのない事態に耐える能力」
「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」
です。
イギリスの詩人ジョン・キーツが、心酔するシェイクスピアが有していた能力として、兄弟への手紙の中で初めて「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉が使われました。
170年後、イギリスの精神分析医ウィルフレッド・R・ビオンによって、再評価された概念です。
私たち人間はわけの分からないこと、手の下しようのない状況は不快に感じます。
だから、そんな状況には早急に解答を出して終わりにしようとします。
これは「何でも分かりたがる脳」の仕業であり、
ヒトの脳には「分かろう」とする生物としての方向性が定まっているそうです。
事態が理解できれば危機に対処する事ができます。
世の中には簡単に解決できない事の方が多いにも関わらずです。
私もそうでした。今も同じです。
どうしても患者になると「助けて欲しい」「助けてもらえるものだ」と要求がましくなり、「早く安心させて欲しい」と答えを求めがちです。
でも、胎児と妊婦の身体の安全は、お医者さんにさえ、これからどうなるかわからない「答えのわからない」一緒に見ていくものなのです。
まさに、ネガティブ・ケイパビリティの
「どのようにも決められない、宙ぶらりんの状態を回避せず、耐え抜く能力」が求められます。
私は双胎間輸血症候群の手術を待つ時間、術後の経過を見る時間、産後の子どもの状態を想う時間に、妊婦である母親には何もできないと思っていました。
でも「無力感に浸るのではなく、精神的な平穏を保つことが、きっと何か役に立つ!」と、不安になったら俳句を作り、絵を描き、本を読み、刺繍をして手を動かしていました。
社会的には何も生産してないし、医療的には何の役にも立ってない。
けれど、今、私に出来るのは、見通しの立たないこの時期を、自分らしく居ることを放棄せずに耐える事だと決めて過ごしました。
あの時、私がネガティブ・ケイパビリティの概念を知っていたら、
「こんな曖昧な状況に耐えてる私はすごい」
「今、私はネガティブ・ケイパビリティを培っているんだ」
と、自分にOKを出せたかもしれません。
ネガティブ・ケイパビリティを支える安心と忍耐
人は誰でも、見守る眼や他人の理解のないところでは、苦難に耐えきれません。
ネガティブ・ケイパビリティを培うのは安心と忍耐だそうです。
忍耐だけではなく安心が必要なのです。
どうしようもない状況を一緒にstay and watchしてくれる存在に安心をもらって初めて、苦しい状況に耐える底力が湧くのです。
安心はご家族、お友達、信頼できるお医者さんや看護師さん、あるいはSNSで繋がっている人や場所かもしれません。
安心は自分の好きなことや長年の習慣かもしれません。
私はレーザー手術を待っていた時期に、恩師にふと「今が一番辛い時期だから」と言われ、自分がストレスを感じ、緊張していることに気付きました。
「自分よりもっと大変な妊婦さんは沢山いるから」
「今、コロナでみんな我慢してるんだから」
「産まれたらもっと大変な事がきっとあるから」
「自分は何もしてないから」
私が言うのは烏滸がましいですが、
どうか、自分の不安や大変さに蓋をし過ぎないでください。
そして、できるなら思っていることを安心できる相手に伝えてみてはどうでしょうか。
あるいは文章に綴ってみたり、何か好きなことで表現してはいかがでしょうか。
確かに子どもが産まれてからも色々あります。
でも、妊婦時代の大変さは外から見えず、不安やしんどさを口にしにくいと思います。
少しずつ、下ろせる荷物は下ろしながら、旅を続けて欲しいと思います。
まとめ
・双胎間輸血症候群の疑いから診断が確定され、レーザー手術を実施するまでは、妊婦やその家族が力を尽くしてもどうにもならない不安で曖昧な時期。それを乗り越える力が必要。
・不安な時期を乗り越える力のひとつがネガティブ・ケイパビリティ。
・妊婦である母親は何もできることなないように見えるが、その事態に身をおいて、時を待つことそのものが、ネガティブ・ケイパビリティを発揮すること。ネガティブ・ケイパビリティの能力を培っている時間である。
・妊婦の辛さは目に見えにくく、口に出しにくい。どうか抱えすぎないで!
参考文献
ネガティブ・ケイパビリティ答えの出ない事態に耐える力(2017)帚木蓬生.朝日新聞出版.
双胎間輸血症候群に対する胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術(レーザー手術)の説明書.左合治彦他. 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/perinatal/taiji/img/taiji01.pdf
愛着障害とのつきあい方ー特別支援学校教員チームとの実践(2019) 大橋良枝. 金剛出版.
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