日記と物語の中間点

兵隊が脱走したいのは死ぬかも知れないから。囚人が塀を越えようとするのは罪を逃れたいから。私がこの部屋から出たいのは……

この部屋に入ってから今日で二日目になる。この部屋にあるのは生活に必要なものが全て、手に入れようと思えばなんでも手に入る。僕の一日は大概テレビを見ている。正確にいうとつけたままにしている。テレビをつけたままにしてスマホの画面を覗いている。そういう感じに過ごしている。別に変わったこともなく他の人達もこのように過ごしていることだろう。

ある日僕たちは大きなバスに乗せられてこの建物に入れられた。僕たちは感染してるかも知れないから。当然そんな自覚はしていないけれど。バスの中には男も女も若いのも年取っているものも、国籍もバラバラの人たちだった。共通しているのは海を隔てたとある島で生活を送っていたということだけ。それでもその一点だけでも僕たちは共感しあえた。

ある日僕はこの島から出なくてはならなくなった。この島は目には見えない何かに犯されていて、人が多く死んでいた。このままだと自分も死ぬのかも知れない。そんな思いがきっとそこに住む人たちにはあったと思う。

危険だと分かっていながらもその土地で産まれたからにはその土地で一生を終えたい人たちがいる。子供の時のままの家にそのまま家族と一緒になる人だ。週末になるとお隣に住んでいる自分の両親を招いて食事をする人たち。大雑把に言うところのそういう人たちだ。

その一方で僕らは、この島から出て行った人たちは、土地に自分自身を紐づけたりはしない。たまたま今いるところが自分の土地であり、その土地から離れる日がいつか来るかも知れないということも分かっている。

僕は前者だった。僕の生まれ育った家庭はそういう考えをしていて、その町に住む他の人たちも同じようなものだった。だからこの土地から出ていくという選択肢があることも知らなかった。この話は、僕が土地から離れ、住んでいた島から離れてからの話。長かった隔離生活が終わり、新しい土地で正式に無害な人間だと認めてもらえて、落ち着いてから思い出したかのように書いた話。記憶は多少曖昧で、ここでの生活にある程度慣れてしまってから、思い出したかのように過去を見つめて文字にしている。


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