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「April」The Birthday(2024)

 嫌いな人間と一緒にいると自分の事まで嫌いになってくる。自分から出てくる言葉や感情に対して、ああ俺は本当に嫌な奴だなと思う。チバユウスケの詩を読むと自分の事が好きになれた。自分の中にまだ残っている純粋な部分に触れられてしまった。掌で触れられて暖められた。自分がしている事を愛せるようになる。チバが好きだった。

 ロックが持つ衝動性や反知性的な感情の吐露、繊細さ、ロマンチック、DIY、血の通ったアナログ主義、装飾無しのミニマリズム、スノッブでいる事、対等、アディクティブ、こういうものはだいたいが資本主義社会や階級社会に適合しない。お金を稼いで、名誉と実績を得るためには計画性を持って賢くやり、タフになって現実を直視する。最先端のデジタルを駆使して効率良くやり、長いものには巻かれ、人目を得るために広く展開する。親しみやすくコミュニケーションはとり、上下関係はハッキリさせる。健康のために何かに依存没頭はしない。平たく言えば社会性。ロックが持つ価値観とは逆である。

 現実社会を生きていくためには社会性が必要だ。バンドのよくあるヒストリーとして、売れてあいつら変わっちまった。メジャーデビューして売れ線になった。などあるけれど、活動を続けるためにはお金がいる。事業を継続するためには赤字では無理。真逆の価値観を自分の中に共存させれる事、その複雑さに耐えられる事がロックバンドには求められるのだと思う。反知性的でいるためには実は知性が必要というパラドックスを通り抜けなくてはいけない。
 ロックが持つ価値観は動物的であり、人間は機械ではない事を思い出させてくれる。社会性だけで人間が生きていけるならアートはこの世に必要がない。私達には正しいけれど受け入れられない、わかっているけれど得な方を取れない事が沢山ある。人間は感情がある動物だからだ。

 チバはその真逆の価値観を自身の中に共存させた人だった。戸高賢史の言葉通り、「奇跡みたいな人だった。」メジャー契約で活動している以上、それはビジネスが土台にある。しかし、そのビジネスの上に自身の価値観を捨てず表現して、多くの人から共感を得て商業的にも批評的にも成功した。伏見瞬氏が言う通り、「僕らはみんなチバユウスケになりたかった。」自分を捨てずに社会で生きたかった。なんか人と考え方が違う事が多いみたいだし、損する事が多いみたいなんだけど矯正しないといけなさそう?成長はしたいけど自分の価値観も大切にしたいんだけど。無理だった。できるわけがない。けど体現している人がこの世にいた。嫉妬が生まれる事もない遠くにいた。
 
 実際はものすごい生きづらかったかもしれない。ロックの価値観(未熟者の私が今のところ思うチバが言っていた「純粋」である。)と社会性、その二面を行ったり来たり。えげつないくらいトバしたり、世界が意味を取り戻したり。これがポップスのような社会性あるミュージシャンであれば自分の中で乖離も生まれにくいだろう。けどチバは自分を捨てなかった。「君がまともじゃないから世界はこんなにも美しいよ」
 その両立ができたのもチバにも心の穴があったからかもしれない。内部の空虚が外の世界にあったロックンロールにアイデンティティを求めた。ロックスターを引き受けた。生活感を感じさせない事がロックスターを強く引き受けた証拠だ。その代償は彼をニコチンアルコールに強く向かわせたかもしれない。常に酔わずにはいられなかったかもしれない。しかしそのロックスターを引き受ける強い責任感が、俺って私ってなんでこんなに変わってるんだろ?というアウトサイダー達の心の穴を間違いなく埋めてくれた。「カッコイイ」にくるんで居場所を与えてくれた。

 メッセージソングに勇気をもらう事は多いけれど、メッセージや上昇志向は見方によっては今の自分の否定であり、時にリスナーの芯を硬直させる。今の自分のままじゃダメだから頑張ろう、努力して強くなろう。それはもっと稼がなきゃいけない社会を生きるためにエナジードリンク的に作用し商業主義的に働く。
 ロックの価値観はあんたはあんたのままでいい、だ。だからロックファンは商業主義に敏感である。しかしチバがThe Birthdayで書いたいくつかのメッセージソングともとれる楽曲からは、あんたはそのままでいいという肯定を感じる。そのままでいい、という単純で硬直させるメッセージでなくもっと自然体なもの。オレはオレでいいんだと思わせてくれるそれ。多分それはチバが自分を捨てず、ロックスターを引き受けたという背景を私達が知っているからではないだろうか。石井恵梨子氏が追悼文で書いていた「あらゆるロックンロール・ラヴァーズがネガティブの闇に落ちることを、その声は許そうとしなかった。」本当にそう。

 どうしようもなくなった時、孤独に突き落とされた時、きっとまた胸の中でチバの言葉を辿って繰り返す。天国で見守ってて。

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