レインドッグス――幸福は劣化しないのか

『レインドッグス』(原題:Rain Dogs)
2011年 アメリカ
監督:デレク・シアンフランス
出演:ライアン・ゴズリング
   ミシェル・ウィリアムズ

※この記事は複数の作品の結末に触れています。

 2009年公開の『(500)日のサマー』には男が振られるまで(そして都合よく次の出会いがある)を描いていたにも関わらず「共感を呼ぶ男のダメさ」も含めたある種のポップな空気感が存在していた。だが、同じ男が振られる話でも翌年公開の『ブルーバレンタイン』はヘビーだった。映像は美しく煌めきがあるものの、幸せの絶頂に向かうまでと結婚が終わるまでを平行して描く構成による逃げ場のない残酷さがあった。
 だが、離婚経験のある友人に言わせると、『ブルーバレンタイン』のエグみは過去幸せだったことを描いた点ではないそうだ。関係が破綻した夫婦が経験することが色々含まれていたことにあるという。言わば「離婚あるある」を見せられることこそ辛かったのだ。

『レインドッグス』の構成は監督の前作である『ブルーバレンタイン』を踏襲している。だが、その内容は大きく異なる。今回はあるカップルの結婚式前日までと、10年後の現在の結婚記念日前日までを描いてる。マリッジブルーではないかと疑う女と結婚してよかったのか迷う男、対比されるのは子供もふたり生まれ色々不満を持っているものの日々の生活を営む夫婦の姿である。友人の前作の評価に倣うなら本作は「結婚式&結婚あるある」の一端が垣間見える。
 ミシェル・ウィリアムズ演じるリリーが結婚式のテーブルに活ける花をどうするか尋ねられた時、ライアン・ゴズリング演じるジョージは「君のインスピレーションに任せるよ」と笑顔で答えるが視界の端の時計を見ている。一方現在では今年も結婚記念日にふたりだけで過ごすことをジョージがビールを飲みながら伝えると、リリーは表情を変えずに「今年もあのメキシコ料理のお店ね」と洗濯物を畳みながら答える。そこに倦みがあったとしても確かに10年の時をふたりが経ていることが伝わってくる。
 ただ、本作はネガティブなシーンだけではない。結婚式場での打ち合わせの帰り道、茜色に染まった道をジョージがオープンカーを運転しながら「僕は君より先に死にたいな」と伝えるとリリーは「私も先がいい」と言う。そして、「じゃあ競争だね」「70年後くらいにね」という会話の後そっとシフトレバーの上で手を重ねるシーンは本作でも印象に残る。現在のシーンでもジョージがリリーの肩を抱きながらソファーで眠る兄弟の姿を見守るシーンは、ふたりの優しい表情も相まって平凡でかけがえのない幸せが具現化している。

 もっとも我々観客は『ブルーバレンタイン』を観てしまっているので、あのふたりの「ありえたかもしれない未来」を見出してしまう。それに対して監督はインタビューでこのように答えている。

みんな僕が『ブルーバレンタイン』をハッピーエンドにしたくて『レインドッグス』を撮ったと思ってるけど、ただライアンやミシェルと一緒にもう一度仕事がしたかっただけなんだ。そこで今度は終わっていない夫婦を描きたくなった。だけど、ただ時を経た夫婦を描くだけでなく幸福の入口に立っているふたりも並行して描くことで、幸福が経年劣化ではなく経年変化していることを描けるのではないかと思ったんだ。

Variaty.com 2011.10.20
 

 確かに本作は主演ふたりに支えられている部分も大きい。過去で語ったことの答えが必ず現在で分かるという構成ではあるが(子供が何人欲しいかという会話をした後に現在子供がふたりいることが分かる)、強い衝突が起きない穏やかな物語であるにも関わらず目が離せないのは、ライアン・ゴズリングとミシェル・ウィリアムズの演技によるところも大きい。シーンごとにふたりが必ず見せる様々な笑顔で心情を物語らせる演出からも監督の信頼が伺える。
 終盤、結婚式前日にずぶ濡れになって帰宅したジョージが「やっぱり君と一緒じゃなくちゃダメだったんだ」と唐突に伝えると、リリーは「やっぱり? 一度は一緒じゃなくてもいいって考えたの?」と少し意地悪そうに尋ねる。それに対して「僕は野良犬のようなつもりで人と関わらないで生きてきたのに、人と暮らしていけるか怖かったんだ」とジョージが心情を吐露する。その姿で初めてタイトルと作品がリンクするのだ。そして、リリーの「馬鹿ね」という一言の後に見せる笑顔がそれまでにない輝きに溢れている。この瞬間に観客は彼女のマリッジブルーが終わったことを理屈ではなく感覚で知る。この笑顔を引き出せただけで監督の勝ちと言っていい。

 ちなみに作中最後となる現在のシーンでは、先に寝てしまったリリーのいる寝室のドアをジョージが開閉してから暗転してタイトルが表示されて終わる。リビングで夜に酒をひとりで飲むジョージの姿から寝室に向かったと推測されるのだが、彼の開けたドアが本当に寝室の物かは明らかになっていないし、このシーンだけ笑顔が存在しない。そして、ジョージがなぜ「野良犬」だと自分を見なしていたのか観客にはその過去が分からないのだ。
「Blue Valentine」と同様に「Rain Dogs」も同名のトム・ウェイツの楽曲が存在する。最後の歌詞は「You'll never be going back home」となっている。意地の悪い想像の余地を残す話である。

※実在の作品以外は100%架空です。

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