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長旅に終止符を #4

こんにちは。家族の分も含めた大量のドーナツを買って店を出ようとしたところ知り合いとバッタリ遭遇してしまい、「明らかにめっちゃ食べる奴」として認識されてしまったような気がします、みうです。
ちなみにドーナツは何年かぶりに食べたのですが、糖と油だなあって感じました。多分またしばらく食べることはないでしょう。

今回でこのシリーズは最終回になります。意外とあっという間です。

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(あらすじ:A氏に対して様々な過去を打ち明ける中で、私は自分の中に「これまで自分の人生で起きた全てのことを肯定する気持ち」が芽生えたことに気がつく。そして心持ちが変化したことで日常の振る舞い方や表情も少しずつ変わってきたころ、A氏に、過去の自分は別人だと言われる。A氏が発した「おかえり」の言葉に私はこれまでにないあたたかい気持ちを覚えた。)

私はそれからというもの、今まで以上に自分の仕事に熱心に取り組み続けました。自分がやれることを全部やろうと思いました。冗談抜きになんでもできるんじゃないかと思いました。

「今の自分は、この人となら頑張れる」

その気持ちと、肯定感を力にして。


とはいえ、組織の現状は厳しいもので。

時間も限られていたので、当然その時からでは間に合わないこともたくさんありました。
入学してわずか数ヶ月の1年生とのコミュニケーションもうまく取れないし、なかなか面倒を見きることもできなくて、それをわかっていながら周囲から言われた時は葛藤もあったものです。

学祭をその週末に控えた1週間は色々と手が回らないうえ、漠然と不安でそわそわしていたし、授業も全然頭に入ってこないし(もはや授業中が休憩時間という感覚)、毎日朝は7時前の電車に乗り、家に着くのは22時半を常に過ぎていたような気がします(今思い返すと何がそんなに忙しかったっけって思っちゃいますが)。課題をやれた時間なんて1時間くらいで、その時間も半分くらいは図書室で寝てしまっていました。


学祭の前々日だと記憶していますが、大学に残っていた時にA氏に再び呼び出されました。今度は私1人です。

部屋に入ってしばらくして、ドアが開きました。
名前を呼ばれて、私はPCで作業をしながらはいと答えました。
しばらくA氏から返事が返ってこなかったので私はちらりと目をやりました。
A氏は心なしか少し悲しそうな目をしていました。

「多分ね、」

A氏はそう言ってドアの近くから部屋の奥へと歩いてきます。


「当日、うまくいかないと思う。」


それはA氏だけではなく、私も分かりきっていたことでした。正直にいうならもっと早い段階からそんなことは思っていました。
けれど、残り数十時間後に当日を控えたその夜にそう言われて、私の手は止まりました。

「でも、頑張ったって。よくここまで漕ぎ着けたって。」

その言葉に私はしばらく黙ってしまいました。少し時間が経っても、PCの画面を見て作業を続けているふりをして「そうですね」と言うことしかできませんでした。

少ししてA氏がまた部屋から出て行ったか否かというタイミングで、私の目に涙が込み上げてきました。
うまくいかないのは分かっている。でも、努力して。なんとか形になったけれど、やっと形になっただけで。
そっと目を閉じた瞬間、涙が粒になってこぼれました。

でもなぜか、以前のような後ろ向きな感情はそこにはありませんでした。
私は目元を拭って、作業を続けました。


疲労困憊の中迎えた当日。大きなトラブルもなく1日目が終わりました。

2日目(最終日)に向けて部屋で調整をしていた時、外から騒がしい声が聞こえてきました。
ドアを開けて遠くに目をやると、騒がしい声の主は部屋の外にいた3年生の委員であることがわかりました。
机には何やらそれらしき缶がありました。どうやら飲んでいるらしい…。

間も無く、私はその先輩達がその場でしていたことを人づてに知りました。
今年の運営の問題点を挙げ連ねていたようです。概ね察してはいましたが、少しショックでした。
まだ明日もある中でおおっ広げに。でも下級生にはこれまで直接そういったことを一切言わずにいて、今も半分隠しているようなもので。
いろんな感情が渦巻いて、私は部屋に戻りました。


調整が終わって私は部屋を後にします。
先輩達はまだ話をしていました。
普段の私であれば声をかけてから帰るのですが、その時ばかりはどうしても足がそちらへ動きませんでした。

閉めた部屋のドアの正面に立ってしばらくぼーっとしながら、背中で先輩達の声を聞いていると、A氏に声をかけられました。
怖くて顔を見ることができませんでした。顔を見たら、前々日のように涙がこぼれてしまいそうで。

「愚痴こぼしてるみたい。」

きっとあの時と同じような、悲しい目をしていたんだと思います。
そうと分かっていたから、私はなおのことA氏のことを見ることができませんでした。「そうみたいですね」とすら言うこともできず、私は廊下でA氏の隣で立ち止まって俯いていました。

涙がこぼれそうで、溢れそうで。

でも、泣きたくない。こんなことで泣いたら、なんだか何かに屈してしまった気がする。

私はなんともいえないその気持ちのまま、首を縦に振り、「明日も頑張ります」と言って帰路につきました。

A氏と分かれた後も、私はそのことで涙をこぼすことはしませんでした。
もうそんなことで打たれて泣いてしまうような自分ではない。そう強く思いました。

学祭2日目、あと1、2時間で閉会の頃でした。

本部にいた私に、A氏が声をかけます。
ちょうどその頃屋外では運営委員が主催する企画のクライマックスでした。
その企画を見に行こうと誘われ、私は引かれるように外に出ました。

来場者が、その企画を見るために集まっていました。決して多い観客ではありませんでしたが、それでもその場にいた人たちは大いに盛り上がっていました。
そして他の委員がその企画のために一生懸命頑張っていました。


初夏の風がふと私の身に当たります。
目の前の光景や楽しそうな音楽は、ただそういう「景色」としてしか入ってきませんでした。でも、とてもいい景色でした。


全部うまくいったなんて、言えないけど。
できなかったことなんて、数え切れないくらいあるけど。
理想なんて、全然叶わなかったけど。

「私」は、今日という日を、彼の隣で迎えることができて、本当に良かった。



初めてそう思いました。
美談だと罵嘲する自分の声もどこかで聞こえていたのかもしれませんが、それすらも包む幸せな気持ちに浸ることのできた一時。

きっと初めて、「純粋な達成感」に浸ることができたのだと思います。
そして結果だけではなく、そこに繋がるまでの全てのプロセスも純粋にそれとして受け取ることができました。



夜明け前が一番暗かった。開けた夜はあまりにまばゆくて、長旅から帰ってきた自分には少し明るすぎたような気がするけれど。

私の長い長い彷徨に終止符を打ってくれた彼に感謝の気持ちが絶えることはありません。

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これにてシリーズ「長旅に終止符を」は終了です。
もちろんこの後にも学祭関連でたくさんの出来事があり、また大変な思いもしました。それも含めて今は心から楽しいと思うようになりました。

自分を肯定できるって本当に素晴らしいことです。ああ、これをもって「人生楽しい!」とか言うんだろうな、と思いました。

彼が変えてくれた世界観を、さらに変えていくのは自分です。
いつまでもこの気持ちを大切にしていたいですし、きっとそうするでしょう。

このシリーズを通して、皆さんに何かをシェアすることができれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。