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1曲目: Bob Dylan「Tangled Up In Blue」とドラムスの妙について、など

曲名: Tangled Up In Blue
アーティスト: Bob Dylan
作詞・作曲: Bob Dylan
初出盤の発売年: 1975年
収録CD:『血の轍』(MHCP 10010)
同盤での邦題: ブルーにこんがらがって
曲のキー: A(イ長調)

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本題に入る前に。

上記品番のCDはSACD(スーパーオーディオCD)とのハイブリッド盤だが、筆者は別にそれほど音質にこだわりがあるわけではない。それどころか、SACDプレーヤーすら持っていない。
『血の轍』自体はCD時代になってからも何度か再発されており、何種類か聞いたことがあるが、筆者はどうも音質オンチ(?)なのか、優劣がイマイチよく分からない。

『コンプリート・アルバム・コレクション』を購入した際、オリジナル・アルバムは売ってしまおうと考えていたのだが、この47枚組ボックスセットの『血の轍』には別の問題がある。
ディスク冒頭(本曲は1曲目に収録されている)の余白が全然なく、曲の頭が欠けているのでは?と思うほど唐突にスタートするのがどうにも落ち着かず、イヤなのだ。

『コンプリート・アルバム・コレクション』は別ディスク(『激しい雨』)にも元からの不備があって、交換用ディスクを受け取ったのだが、『血の轍』も改善盤と交換してほしいなぁ、と考えたことを思い出した。

そんなわけで、前述の『血の轍』ハイブリッド盤は売られることなく、筆者のCDラックに納まり続けている。

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1970年代のボブ・ディランのベスト・トラックはこの曲、という人は多いのではないだろうか。
筆者もその一人である。

ディランの歌詞は複雑、あるいは意味不明なものが多いこともあって、1960年代後半あたりから「研究者」が彼の歌詞を素材にすることが増えた。
それはやむを得ないことだと思うのだが(ディランの歌詞にはそうしたくなる魅力がある)、家に押しかけたりボツ原稿などのネタがないかとゴミ箱をあさるような人たちまで現れ、ディランをずいぶん悩ませたようだ。

で、『血の轍』の収録曲は自身の人間関係、特に結婚や異性関係を反映した歌詞になっていると言われているが、本人は否定している。もっともな話だと思う。
内容がフィクションか否かはともかく、どの収録曲もストーリーは謎めいている。というか、まるでディランからリスナーへの挑戦状のようだ。
これまで多くの人たちが解釈を披露しあったが、当然ディラン本人からの正解発表などあるはずもなく、さらにはライヴで取り上げるごとに歌詞をリライトしては、聞き手を煙に巻いていたように思える。
(「私」「彼」「彼女」といった登場人物の代名詞を入れ替えたりもする。ある時は「彼」のセリフだったものが、別の時には「私」のセリフになるわけだ。)

さすがに発売から40年以上経過しているので、このアルバムからライヴで取り上げられる曲もほとんどなくなった。「Tangled Up In Blue」も数年前から消えたきりになっているが、この曲については忘れた頃に復活する可能性も高いと思う。
次にとりあげられる時は、どんなアレンジでどんな歌詞になっているのか、想像しながら待つのもファンの楽しみの一つである。

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確かにこの曲のストーリーのもつれ具合を自分なりに紐解いてゆくのは面白い。今でも詩集を引っ張り出して、歌詞を追いながら聞くこともある。
しかし、歌詞の内容など一切考えずに、ディランの声と歌いまわし、そして各楽器の音に集中して聴くのも好きである。

特にドラムスのサウンドや叩き方がディランの声とすこぶる相性がよく、プレイ自体は控えめなのに、ディランの歌い方はドラムスに煽られているところがあるように感じる。

ちなみに、この曲はアルバムにクレジットされている人たちとは全く別のミュージシャンが演奏している。1974年の暮れに、一部の収録曲をミネソタ州ミネアポリスにあるサウンド80スタジオという場所で録音をやり直したためだ。
いきさつを書くと長くなるので割愛するが、現在判明しているのは以下の人たちである。

1.ドラムス: Bill Berg
2.ベース・ギター: Billy Peterson
3.ハモンド・オルガン: Gregg Inhofer
4.アコースティック・ギター(左端): Kevin Odegard
5.12弦アコースティック・ギター(右端): Chris Weber

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上記の面々プラス、歌とハーモニカ、そして真ん中(少し左寄り?)から聞こえるアコースティック・ギターがディランだと思う。

ただ、このミキシングはどうなんだろう? 上図に描いたとおり、高音域は右寄り、低音域は左に寄っているように聞こえる。あんまりバランスのいい定位ではない。
もっとも、いったん曲に集中すると、そんなことは気にならなくなるのだが。

この曲にハモンド・オルガンが入っていることは、恥ずかしながら2018年に出た『ブートレッグ・シリーズ第14集 モア・ブラッド、モア・トラックス』の解説を読むまで、まったく気づかなかった。
しかし、同盤収録のリミックス版はともかく、『血の轍』収録版の方はほとんど聞こえないし、目立つようなプレイもしていないようだ。シャーっとシンプルなコードを伸ばして弾いているだけのような感じ。

イントロから1番にかけて、ハイハットの複雑(あるいは気まぐれ?)な刻みが複数のアコースティックギターやベースと組み合わさって、ユニークなリズムを形成する。このドラマー、本来はジャズの人なのかもしれない。

2番の途中、CDタイムというと1分12秒あたり、突然左側(上図の☆マークあたり)から「バシャ」というハイハットの開閉音が聞こえる。筆者には左側のハイハット音はここしか聞こえず、ハイハットを2台置いていたとも考えにくいので、後からオーヴァーダビングしたのかもしれない。

録音方法はどうあれ、このハイハットの開閉音が合図になったかのように、歌に一段と熱が入る(ように聞こえる)のが面白い。ちょうど二人が別れる場面と会話をディランが描写する。
♪ She turned around to look at me
 (中略)
♪ Tangled up in blue
ここのディランの歌い方は何度聞いても最高だ。

ディランとバックの集中力は切れることなく、歌い終えた後にハーモニカを1コーラス分にぎやかに吹き鳴らす。
このハーモニカ・ソロも名演だと思う。なによりディランがノリノリなことは、ハーモニカ・ソロの最初あたりでギターのジャカジャカ音が大きくなっていることからも伝わってくる。(ハーモニカは首にかけたホルダーに装着して、ギターを弾きながら吹いている。)

本当に、この曲を聞いていると5分40秒なんてあっという間に過ぎてしまう。

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ミネアポリスはアメリカ中西部にあるので、サウンド80スタジオを使った有名なミュージシャンはほんのわずかのようだ。(ディランの場合は故郷に近かったことが理由だと思う。)

しかし、それからちょうど2年後、1人の若者がデモテープを録音するため、このサウンド80スタジオに足を踏み入れる。後のプリンスである。

(2022年9月14日 加筆・修正)

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