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21曲目: The Band「This Wheel's On Fire」と歌の役割分担について、など

曲名: This Wheel's On Fire
アーティスト: The Band
作詞・作曲: Bob Dylan & Rick Danko
初出盤の発売年: 1968年
収録CD:『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』[CP32-5394]
同盤での邦題: 火の車
曲のキー: Am(イ短調)

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唐突な問いかけだが、「Blowin’ In The Wind」のベスト・ヴァージョンはどれだろうか?
多くの人は、作者であるボブ・ディラン本人のもの(スタジオ録音か、バングラデシュか、それ以外かは意見が分かれるかも)と回答するにちがいないが、筆者はヒネクレ者なので、ピーター、ポール&マリーのスタジオ録音に一票を投じたい。ひょっとしたら元ザ・バーズのロジャー・マッギンも同意してくれるかもしれない。

PPM版を聞いた時、随分驚いた記憶がある。
3人がそれぞれ本筋のメロディを歌ったり、ハモリにまわったり、ユニゾンになったり、休んだりするのだ。

最近はどうだか分からないが、かつて日本人が複数で歌う場合は、たいていユニゾン合唱になりがちで、ハモリは得意でない人が多かった。
筆者は高校時代に軽音学部と合唱部の助っ人部員だったけれど、悲しいかな決して例外ではない。(英米人は「ハッピー・バースデイ」を歌う時までハモろうとするから恐れ入る。)
それゆえ、ハーモニーに関する知識や経験に乏しく、リード・ヴォーカルのメロディに対して上か下をほぼ平行で動くハーモニーラインを歌うか、伴奏の和音に合わせて「アー」とか「ウー」とか「ワワワワー」と歌うか、コール&レスポンスをやるか、その程度のアイディアしか思い浮かばない。
いずれにせよ、1曲の中では原則リード・ヴォーカルとハモリのパートは完全に分かれているものという先入観があったので、リードとハモリが目まぐるしく入れ替わるPPM版「Blowin’ In The Wind」のヴォーカル・アレンジは斬新だった。

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話をベスト・ヴァージョンに戻して、次に「This Wheel’s On Fire」の場合はどうか?
これまたディランが歌う『地下室』(1975年発売の)収録ヴァージョンには投票しないだろうと思う。
「『地下室』最高!」という人は多いし、筆者も好き派ではあるのだが、こと「This Wheel’s On Fire」に関する限り、音質どうこうよりも素人くさいドラムスの方が気になって(叩いているのはどうやらロビー・ロバートソンらしい)、普通に楽しく聞けないのだ。これも天邪鬼な意見だろうか?
筆者の場合、ザ・バンドのヴァージョンが1位で、次点がザ・バーズということになりそうだ。
シングルヒットした、ジュリー・ドリスコール、ブライアン・オーガー&ザ・トリニティは、申し訳ないがどうにもピンとこない、という感じである。

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近年、発売50周年記念としてリミックス盤やデラックス仕様が発売されたり、『ロビー・ロバートソン自伝』(DU BOOKS)や、それをベースとした映画が公開されるなどして、またザ・バンドが再評価されているように感じる。
解説本も2冊ほど発売されて、部屋の断捨離が必要なはずの筆者も、ロビー死去のニュースをきっかけに、つい両方買ってしまった。

以前ほどではなくなったが、筆者はこういう音楽本を読むのが好きな方だと思う。過去に出た『ミステリー・トレイン』(グリール・マーカス著、第三文明社)、『ザ・バンド 流れ者のブルース』(バーニー・ホスキンズ著、大栄出版)、『ザ・バンド 軌跡』(リヴォン・ヘルム著、音楽之友社)なども購入して読んだ。
なるほどと思うところもあれば、そう思えない箇所もある。

特に自伝を読んでいて感じるのが、「みんな、本当にこんな細かいことまで覚えているものなんだろうか?」ということ。
有名なエピソードや武勇伝などについて多少話を盛っているのは想定内としても、昔のロック・ミュージシャンの多く(ほとんど?)は、シラフでない状態も多かったはずである。鵜呑みにしない方がよさげな気がする。

たとえば、リヴォン本にプロデューサーのジョン・サイモンの回想として「This Wheel’s On Fire」に関するエピソードが出てくる。159ページより引用する。

「録音ずみの4トラック・テープは、スネア・ドラムの音が小さすぎた。それでリヴォンはしかたなくもう一度スタジオに入り、スネアをオーヴァーダブした。それもやり終えたあと、リヴォンは不機嫌な声で『こんなこと、二度とやらせるなよな』といった」

どこからツッコめばいいのか迷ってしまうが、では録音場所から。
この数行前でリヴォンは「カリフォルニアでこの曲を録音し」と書いており、ロビー本にも同様に西海岸で録音した旨の記述がある。
しかし、バーニー・ホスキンズ本や『ザ・バンド・ボックス ミュージカル・ヒストリー』ブックレットのクレジットにはニューヨーク録音と記されている。前者は90年代に出た本だから仕方ないとしても、後者は最新情報に基づいているはずで、この場に及んでまだ食い違いがあると、何か意図的なものを感じずにはいられない。

それはともかく、複数のソースから
・ニューヨーク A&Rスタジオ 4トラック機材で録音
・カリフォルニア キャピトルスタジオ 8トラック機材で録音
が定説となっているので、上記証言の対象曲か場所か機材のどれか(あるいは複数)を疑った方がよさそうだ。

リヴォンが怒りながらドラムをダビングしたのは「This Wheel’s On Fire」ではなく、ニューヨークに於ける4トラック録音の「Chest Fever」ではないか、という説が今のところ一番有力である。(時々左側にダビングしたようなハイハット類が聞こえるが、こっちが元々録音した方の音では?)

あと、リヴォン本の158ページで、「Caledonia Mission」をリチャードが歌っている、と記している。おーーーーい!

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当事者の本でさえそんな具合なので、ライターが書いた解説本にも校閲をすり抜けた勘違いや誤記はあちこちに転がっているのではないだろうか。
たとえば、グリール・マーカスは『ミステリー・トレイン』の111ページで、『ムーンドッグ・マチネー』に収録されている「A Change Is Gonna Come」をリチャードが歌っているように書いている(比喩的な書き方をしているので、訳文では「自分の希望を深め」になっているが)。
「Caledonia Mission」と同じく「A Change Is Gonna Come」もリード・ヴォーカルはリックなのだが、1981年の原書改訂版でもこの箇所は修正されなかったようで、よって日本語版でもそのままである。

「A Change Is Gonna Come」の誤記については『ザ・バンド全曲解説』(五十嵐正著、シンコー・ニュージック)の105ページでも指摘されているのだが、その一方で同書の47ページにある「This Wheel’s On Fire」の解説には「リックの歌声にリチャード・マニュエルがハーモニーをつけ」と書いてある。あまりにさりげない文なのでウッカリ読み飛ばしてしまいそうになるが、さて、この記述は正しいのだろうか?

一応、『地下室』版の「This Wheel’s On Fire」でディランが歌っているのが本筋のメロディだとすると、前半のソロ・ヴォーカルは確かにリックが歌っている。
しかし途中で2人ヴォーカルになる問題の箇所は、筆者の耳には下の本メロをリチャードが歌い、リックは上のハモリにまわっているようにしか聞こえない。
そして、コーラス部分の3人ヴォーカルは、下の本メロがリヴォン、その上のハモリがリック、一番上のハモリをリチャードが歌っているように思える。
つまり、ディランが歌った本メロ(つまりリード・ヴォーカル)は、リック→リチャード→リヴォンの順にリレー形式で歌われているというのが筆者の結論だが、はたして?

ザ・バンドによるリード・ヴォーカル交代ワザは、「I Shall Be Released」の方が分かりやすく、有名だろうと思う。
ヴァースでリードを歌っていたリチャードはコーラス部分で突如ハイトーンのハモリを歌い出し、代わりにディランと同じ本メロを歌うのは、これまたリックである。
初期のリチャードとリックは「ちょっくらワイルドなサイモンとガーファンクル」みたいに(時にリヴォンも加わって)、いろんな歌の聞かせ方を研究して試していたに違いない。

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ややこしいことに、「This Wheel’s On Fire」をライヴで演奏する際は、中間部もリックが本メロを歌い、リチャードがファルセットで上のハモリをやっている。
これは『ライヴ・アット・アカデミー・オブ・ミュージック 1971 ロック・オブ・エイジズ・コンサート』、ブラウン・アルバム(セカンド)のデラックス・エディションに収録されたウッドストックをはじめとするライヴ・ヴァージョンでも同様なのだが、なぜか『ロック・オブ・エイジズ』と『ラスト・ワルツ』だけはリチャードの声が聞こえず、コーラス部分直前までリックの独唱状態になっている。
『ラスト・ワルツ』では元々リチャードが声を出していなかった可能性があるが、『アカデミー・オブ・ミュージック 1971』にはちゃんとリチャードの声も入っているので、『ロック・オブ・エイジズ』のヴァージョンでは何らかの事情でミックス時に消去されたとしか思えない。これまた謎な話である。

そもそも、なぜライヴではパートを変更したのだろう?
ファースト・アルバム発売後にリックが深刻な交通事故を起こしたらしいので、高音部を歌うことに何らかの支障があったのかもしれないし、ライヴのリハでスタジオ録音どおり歌ってみたが、しっくり来なかっただけの話かもしれない。多くの人が故人になってしまった以上、今となっては真相は藪の中である。

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本項は歌(ついでに「いかなる資料もまずは疑うべし!」という警句)の話に終止してしまったが、イントロのガース・ハドソンが奏でるキーボードといい、鼻づまりのようなファズトーンのギターといい、バスドラムにまったく合わせる気のないベースラインといい、サウンドや演奏面での聞きどころも満載である。
本来目指していたかもしれないモッサリ感は失われた代わりに、早歩きのような(全速力ではない)ロック曲に仕上げたことで、スローな曲が目立つアルバムのバランスをとっているようにも思う。

前述の本を読む限り、バーニー・ホスキンズはこの曲を過小評価しているようだが、もし個人の好き嫌いの話をしているのでなければ、再考を促したいところ。


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