3.11の朝

テレビをつけると、各被災地の今を現地のテレビ局と中継をしていた。

もうあれから10年か。早い。私は被災地ではなかったけど、関東もそこそこ揺れた。あんなに揺れたのは初めてで、当時小学四年生の私は友達と不安で泣いていた。

揺れた時は、小学校の理科室でアルコールランプを使った実験をしていた。

火がついている状態で揺れ始めた。

古いテレビが入っている扉が大きな音を立てて、揺れと共に開閉する。

家に帰ると、母親がケロッとしていて安心したが、自分の部屋は高い本棚が私の入室を拒んでいた。

全てが初めてで怖かった。あの経験は2度とこない、などとは言えない。事件とは違い、防ぎようがない。

地震は予測できない、と、地震学を専門にしていた数学の予備校教師が言ってたな。

被災地の今でも残る足場の崩れた建物を見ると、鳥肌が立ち、目に涙が浮かんだ。私は東北にご縁がなく、一度も訪れたことがないが、もしも自分が。家族が。と考えると想像が追いつかない。

コロナが終わったら、東北にも足を運びたいと、ありきたりかもしれないけど、まず私ができることはそれだと思う。


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