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「好き嫌いがない」と言いこぶっていました(笑)

食べ物の「好き嫌い」があることが嫌だった。色んな食べ物、全ての食べ物を美味しく食べられることが、食を楽しむことに繋がり、人生を楽しむことに繋がる、といつしか思うようになっていた。

初めて嫌いな食べ物として認識したのは「椎茸」だった。小学生のとき、仲良くなりたかった憧れの同級生の女の子が、給食の時に「椎茸、嫌い」と言ったのをきっかけに、椎茸を食べなくなった。社会人になってから、さっき書いたように「好き嫌い」をなくしたい!という想いから、お腹が空いているときに椎茸を食べて、美味しいと感じるよう努力した。

生ネギが嫌いになった理由は、生ネギラーメンを食べたことがきっかけ。ラーメンの上に山盛りに乗っている生ネギを食べながら、シャリシャリという音が脳に響きつづけて、嫌いになった。水菜も同じ理由。レバーやモツは、食べた瞬間もわっとする香りが嫌い。ハチノス(モツ)は見た目が嫌いで、もやしは、水っぽいところが嫌い。

椎茸の同じ戦法をつかって、お腹が空いているときに、これは美味しいよ!と言われるものを食べて、好きになる努力をした。椎茸・モツは大好きになった。他のものも食べられるようになった。いつしか「私は好き嫌いはないよ」というのが自慢になっていた。

でもね、本当は、生ネギ・水菜・レバー・ハチノス(モツ)・もやしは、好きじゃなかった。嫌いなままだった

先日、食料の買い出しに行った時に、もやしを買おうとする旦那に「私、もやし嫌〜い」と言ったことをきかっけに、あれ?私、好き嫌いある?と気づいてしまった。

実は、私、好き嫌いがない「良い子」ぶってたんです!

良い子ぶる必要ってあるのかな?と考えたら、、、そんな必要どこにもなかった。嫌いなものは嫌い、好きなものは好き。それでいいじゃん!

嫌いな食べ物があったとしても、私は食を楽しんでいるし、人生を楽しんでいる。何に意識を向けて、何を大切にしながら生きるかも、自分で選択すればいい。

しかも、とことん「嫌いな物」と向き合ったからこそ、やっぱり「私はこれが嫌い」と言える。「これと、これが嫌い!これが私!」と、胸をはって言える^^


◉追記◉

好きは良いことで、嫌いは悪いことだと思っていたんだよね。だから好き嫌いはない方が良くて、嫌いなものが少ない方が「良い」って思ってた。

でもさ、良い・悪いって誰の視点なんだろ?誰かに言われたのかな?世間?小さい頃の記憶?友だち?元カレ?先輩?いずれにしても「私」じゃないよね。

私は、好きなものは好きで、嫌いなものは嫌い。好きなものを食べて、嫌いなものを食べないことが、私にとっての良いこと。その方が幸せな時間がすごせる。好き嫌いが分かってる方が、幸せの分岐点を分かっている方が、自分を幸せにできるよね。

◉追記②

さらにいうと好き嫌いがあると、大切な人と「美味しい感覚」を共有・共感できないとも思ってた。たくさんの数、たくさんの種類の食べ物に共感しあえることが人生を豊かにすると思ってた。

でも本当にそうなのかな?数が多い方がいいのかな?とふと疑問に思う。たとえ共感できない食べ物があったとしても、この世にはた〜くさんの食べ物があるし、共感しあえるものは食べ物だけでもない。

好き嫌いがあっても、好きなものを一緒に楽しんだらいいし(質)、食べ物以外にもたくさん一緒に楽しめるものもある(数)。

「好き嫌いはない方が良い」にとらわれずに自由に生きたいとおもう^ ^


と、ここまで書いてきて、ふと感じたことは、好き嫌いがハッキリしてる方が、なんだか素敵な人生だなってこと♡笑 私はこれが好きで、これが嫌いなのよって。我が儘なくらいが、ちょうどいい。自分の幸せは、自分の軸で自分で決める。それが自分の幸せに繋がるし、大切な人を悪者にしないことにも繋がるよね。


あなたの好きな食べ物・嫌いな食べ物は、なんですか?よかったらコメント欄で教えてください♪


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