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何故なら、 15日目

黒く変色したバナナを、砂糖をたんまり溶かした紅茶で胃の奥へと流し込む。

今日は天気がいい。昨日は敬遠した迂回コースでの登山を決意する。

同室の日本人が今日宿を発つというので、チェックアウトを済ませた彼としばし土産物屋を見て回る。来月から社会人となる彼は、三日後の夜には日本に到着する予定だそうだ。軽く握手をして別れる。

湖に沿って1時間ほど歩き、その後は大きな丘をのんびりと歩いた。昨日と比べて登頂まで倍以上の時間がかかってしまった。しかし、大きいものばかりに囲まれて歩くことは楽しく、とても充実した時間だった。

今日もカフェで昼食を取る。天気がいいので、今日はテラス席に座る。

遥か彼方へ飛んで行ったかと思えば、一瞬で舞い戻ってくる小鳥たちを眺めながらの食事。疲れが吹き飛ぶ。

夕方、宿のラウンジで一人のおばあさんに話しかけられた。オーストラリア人の彼女はたいそうな話好きで、三人の孫のこと、日本に旅行した時のことなどを、情感たっぷりに語ってくれた。

「貴方も一人で旅行?素敵ね!」「真ん中の孫は今、旅行で日本に行ってるの。さっき『トイレットペーパーが本当にないよ!』ってメールが来たわ」「ニュージーのご飯は美味しい?お米が食べたくならない?」「これは中国のリニアモーターカーで、時速405kmで走るのよ」「一番下の孫は、貴方と同じ19歳の男の子でバレエを頑張っているの。みんな、私の自慢の孫よ」

彼女の話はどれも面白かったが、それだけではなく、私の話を聞く時にも言葉が出てくるのを根気強く待ってくれることが本当に嬉しかった。

「どうしてニュージーランドに来たのですか?」シドニーに住む彼女は何度もニュージーランドに訪れているようで、今回の目的が気になった私が尋ねたところ、彼女は次のように答えてくれた。

「何故なら、私は74歳で、昨年末に病気が発覚したの。『死ぬまでにやりたいことリスト』を作って、ニュージーランドのマウントクックに行くことがその一つ目だったの。今日ようやく一つチェック出来たのよ!」

「日本人はシャイな人が多いけど、貴方はちゃんと私の目を見て話してくれるわね。おしゃべり楽しかったわよ!」と魅力的な笑顔を残して、彼女は自分の部屋へと戻っていった。

パーカーを羽織って湖畔を歩く。星空は少々食傷気味だが、今夜で見納めだと考えると目に焼き付けたくなるのが性分だ。

夜空を見上げる。無数の星の他に、天球を高速で横切っていく点を見つけた。多分どこかの国の人工衛星だろう。

あの点は90分で地球を一周する。様々な国の遥か上方を通過して。

人間の寿命が90年だと仮定して、一生のうちに地球を一周する人の数はどれくらいだろう。もちろんそれが全てではないが、少し気になった。

次に降るような星空を見るのは何年後になるだろう もしかしたら、もうこんな機会は無いかもしれない。

身体が冷えた。宿に戻って暖かいものを飲もう。できれば、とびきり苦い紅茶がいい。

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