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推さない、駆けない、死んではない。

中年期における人間がおそらくよくやりがちな、人生というやつを道のりに例えることを自分に当てはめてみれば、これまた陳腐にも──思えば遠くに来たもんである。という、嘆息を吐きたくなるような感慨が浮かぶ。

急にそんなことを思いついたのは、世間の諸々の事情で、ジブリ作品が映画館でリバイバル上映されたのがきっかけだ。
その中には風の谷のナウシカと、もののけ姫と、千と千尋の神隠し。など。があった。

風の谷のナウシカが! 映画館上映されている! 通常ならば有り得ないが、起きていることは現実だった。ちなみに上映当時には俺は産まれてもいない。
思春期の俺は、ああナウシカを生で上映されている時の世代の人間は羨ましいなぁ、と口に出して言っていたものである。

原作の漫画も買い求めたのだ。高校生の頃だったように記憶している。
当時に、どのような作品が面白いのかと言うのを知るのはもっぱら人伝か、新聞書評とか、あるいは本屋で自分の直感に頼る、もしくは。インターネットの個人運営をされているブログの情報というものだった。SNSはまだ存在しなかった。
信頼しているブログサイトの日記へと、テレホーダイでもないISDN回線から接続し「ナウシカに原作漫画がある」「神保町は本とカレーの聖地」「ヘンテコな印度の歌を提供するバンド・筋肉少女帯」という情報を得ていた俺は夏休みに上京して、当時彼女が出来たてで半同棲にちかい生活をしていた兄のアパートになんの配慮もせずに一泊の宿を借りて、そこで押し入れの奥からSMプレイにまつわる書籍を発見した。
それはまた別の話だが、ともあれ夢の神保町にて聖地巡礼を果たし、高校生の小遣いにしては大金の二万円分ほどの本を二重にした紙袋を二つ分買って田舎へと帰って行ったのである。

いま書いたエピソードは風の谷のナウシカに紐づく、俺の周辺情報と執着だ。

対して、今の俺はというとそれだけの情報を自分の中に蓄えていたにもかかわらず、風の谷のナウシカの映画を観に行くことが物理的にではなく、精神的にできないのである。
足かせの原因は、未来への恐怖と自分の無能さの諦念、こういう人格になってしまった寂寥といったネガティブな感情を実感するリスクのほうが、作品鑑賞をした際のポジティブな情緒を上回ることが予想されることと。それが嫌だからだ。

かつて、それほどまでに想像力を注いでやった風の谷のナウシカを、今の俺が鑑賞してどれほどの感動が得られるのだろうか? そういった疑問がある。
子供が絵を描くときに、派手な色を使いたがるのは何故か? 小さき彼らの脳は、大きな受容性を備えていて本当にそのようにビビッドな世界が見えているからだ。
感受性の能力というのは茫洋に生きていれば、加齢とともに徐々に衰える。また、心の不健康も大きな要因だ。
気がつけばなんとなく、といった具合に無感動に陥りつつある俺は、例えるならば底に穴の開いた器のようになっている。
作品がポテンシャルという水をたたえていても、それを汲み上げる器がポンコツならばポンコツな作品としてでしか受容できないのだろう。おそらく。

ただ、それら全てでもって自分が不幸だと言うわけではない。
俺そのもののこれまでの人生は、生きるのに必死だったわけではないが、環境とご縁のおかげでそれなりの幸福は得られている。
恐らくは、現状の社会と比較してみれば、一体その人生に何の不満があるのか? と他者から聞かれるような状態ですらあるかもしれない。
その幸福とトレードオフを迫られて、自分の器に穴が開くことを受け入れたわけでは決してないが、結果としてそのような状態に陥った時に、つい漏れ出てしまうどうしようもなさが最初の──思えば遠くに来たもんである。なのだ。

結論から言えば、俺の無感動は受け入れがたいものであると同時に自分が生きてきた中で与えられた傷跡でもあり、見ようによっては愛せなくもない。
愛せなくもないが、これからの人生を自分の好きだったあれやこれを掬い上げてみては指の隙間から取りこぼすような状態でこの先、生きていくなど。到底受け入れがたいのもまた事実なのだ。
こんなになるまで放っておいたのは間違いなく自分自身でもあるので、その点でいえば無能の一言につきるし、今からの情緒ある人間への回帰などというものが本当にあるのかは疑問でしかないが、それでも人生というのは、続けていかなかればならないのである。

足るを知る、というのは強欲を収めるための美徳ではあるが、喪失体験はときにコンプレックスとして顕れ、それを再び取り戻そうする行為が歪な人間性を象る。
坊主として生きる高潔さも元より持ち合わせてはいないゆえ、こうしてみっともなく内在する生き汚なさを発露しながら生きて行こうと思うのです。

ところで、ナウシカ。観に行くべきかいかざるか。

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