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スローイング・ナイフ

お目覚めかい?
いや、いや、いや。全然、慌てることはない。たとえ目の前に見知らぬテーラー仕立てのスーツを着た男が居て、君を縄で貼り付けにして救世主のようにしていたとしても大丈夫だ。
世の中の起こりうるすべてのことは偶発的で必然がないかもしれないが同時に――すべてはもたらされるべき、予期したことにすぎない。
思ったことはないか? 今この瞬間に億万長者になったら、もしも仕事を首になったら。家族と二度と会えなくなったら。どこからともなく白馬に乗った王子様が現れたら。
そして、今この瞬間に死ぬことになったら。

その通り、君は死ぬ。私によって、殺される。
そんなに騒がなくても大丈夫。ちゃんと聞こえてる。君の声はまるで目覚まし時計のようにやかましいね。少し落ち着きはらって周囲を観察して、現実を受け入れたほうがいい。
何が見える? コンクリート打ちの部屋、テーブルの上にティーセット、リクライニングチェア、ホース付きの水道、足元には排水溝、昇るための階段が見えるね?
つまりここは地下ということだ、コンクリートはちっとやそっとじゃ音を外に漏らさない、あとはあとは――そう、ナイフ。ありったけのナイフ。

ナイフとティーセット、これは一見すると意外な組み合わせにみえるかもしれないけど。ところで、物事というのは常に最悪を一度は想定をしてみるといいと思わないかい。
君が死ぬのはいい、これはもう既に決まったことだから。
あとは、ティーセットだ。君は仕事中に悠々とお茶を飲みながら集中ができると思うかい。ブレイクタイムは常に集中した後にもたらされる方が効果が高い。緊張と緩和。
ううん、そうなると――君を殺した後に私がお茶を飲む。これは確かに辻褄の合う考えだけど。あいにくと私は快楽殺人者ではないから、まるでアーティストのように君の死体と一緒にセルフィーを撮ったり、あるいは飾り付けて自分の仕事を未来永劫語り継ぐような偉業のようにもてはやすつもりもない。
死んだ人間は役立たずの肉だ。
死んだ鶏肉はトマト煮込みになったり、死んだ豚肉はベーコンになったり、死んだ牛肉は……タタキ・スシになったりするが人間は何の役にも立たない。無駄だ。
話が逸れたけど、逸れた分だけ君は延命することになる。私のおしゃべりにむしろ感謝をするべきだとは思うね。
それで、そうそう――つまりこうも考えられる。
君は、私に、ティータイムを挟むほどの長い時間をかけて、ナイフで、ゆっくりと。殺される! 正解!
真実にたどり着いた気分はどうだい、少し賢くなったかな。物事をつなぎ合わせてストーリーを導き出すことは、たとえそれがどんな醜悪なエゴイズムの到達だったとしても、プロセスだけはいつだって美しい。想像力の結実だ。

うん、うん…………うん。いやあそれだけよくも口汚く罵れるものだ。残念だ。少し傷ついた。
初対面の相手には一応の礼節でもって応対すべきとは思わないかい?
気分を害した私がいきなり君を殺すことだってあり得るし、私がもしも君を殺さない合理的理由に到達したら生きられるかもしれない。その逆はない。全くない。
ところで、よくできた物語には必然性が付いて回る。プロットというのかな、君が死ぬのは私が殺人を生業としているから。縛られているのは余計な身動きをとられたくないから、ナイフがこんなにたくさんあるのはそれぞれを試してみる必要があるからだし、君と私の距離がやや離れているのは――――。
ああ、外れた。最初はそんなものだ。このように、私は君を投げナイフで殺すことにしたからだ。当たらなくてよかったね。また少々おしゃべりの時間ができた。
自分の失敗というのはいつだって受け入れがたい。
本来ならば脳裏に描いた成功の姿、それがこのまま現実に起きていれば宗教というものは存在しなかっただろう。あれは現実というものが死にたいほどに受け入れがたいことを緩和するための物語だからね。
だが失敗から学び、挑戦して、獲得する。失敗というのは0だったのではなく、0だったということを得られる1、だという風に考えたほうが世の中は前向きに考えられる。
私もいつまでたってもナイフを投げられない殺人鬼から、ナイフを投げられる殺人鬼へと成長する必要がある。
殺人鬼だって生活がある、食うために殺す。私のビジネスだ、ビジネスならば成長は避けることができない。競争相手を想定しないビジネスなんてものは全くない。いつだって世界の変貌におびえながら、自身の描いた有用性というちっぽけな浮島が沈没しないようにしがみついていくのがビジネスというものだ。溺死しないためにあらゆることを試してみないといけない。

君にはそれに付き合ってもらわなくちゃいけない――。
おっと、いまのはいい線を行ったんじゃないか。少なくともナイフが刺さるようなそぶりはあった。血は出てない? よしよし、簡単に動脈なんか傷ついたら困る。
泣くのはやめたほうがいい。君に家族がいるのは知ってるよ。愛する人に会えなくなるというのは確かに死ぬのと同じくらい悲しいかもしれない。悲しいが……この世には死が溢れている。生命の死だけじゃない、モノの死や、記憶の死や、概念の死や知識の死。ありとあらゆる喪失を見なかったことにして自分の体のなかに受け入れられる死だけを悲しむのが人間という生き物だ。傲慢この上ないし、だいいち醜い。お茶でも飲んで落ち着くかい? ビスコッティもある。
しかしやめとこうか。血と胃酸と紅茶とビスコッティの混じった匂いというのは……あんまり食欲をそそるものではない。今日の私の夕食はたっぷりのミネストローネとタラのムニエルにカンパーニュ、それに白ワインと決めているんだ。君の死体の中身はそれに比べるとあんまり……わかるだろ?
屠畜の映像を見ながら食事をしたくないのと一緒さ。
次はさて、どれにしようか。さっき投げたバタフライナイフはやはり投げるのには向いてないようだし。この大きな山刀――マチェットはナイフといえるのが怪しいところがある。こんなものを投げナイフと呼ぶなんてナンセンスだと思わないかい? これならさっさと近づいて頭を割ったほうがいい。

おっと! 君の好みを聞いてなかった。何か好きなナイフはあるかい? 殺され方は選べないにせよ、せめて自分のタイプの美女が最後を看取るようにここにあるナイフの中から好きなものを――――。
やあ当たった! 油断したね、いつだって物事のおこりというのは突然だ。掌にいい具合に突き刺さってる。少ない時間でまた一つ勉強にもなったね。もっと学ぶといい。
ナイフを投げなければいけない状態というのは、どう考えたって急を要するときだ。つまり、平常ではいられない時だ。そんな時に確実性のない投げナイフなんかを使わなければならないというのは、やはりこれは相当な練習を重ねなければダメだろうね。

そうそう。でも大丈夫。私はぬかりない。なぜかってプロの殺人鬼で、そしてビジネスを全うすることを心掛けているからね。
君には家族がいる、私には練習が必要だ。殺人が明らかになるわけにはいかない。君が何日も帰ってこなかったらきっと心配するだろう。
それに私は別段、死後の魂の救済の方法に興味があるわけではないが……やっぱり死ぬならまとめたほうがいい気がする。
隣の部屋に練習の準備が整ってるんだ。
それじゃあ、さて。そろそろ本格的にやってみようか。
お付き合いをよろしく。

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