ChristmasStory表紙

『ふらりと寄った飲み屋にて。』




「いや、それは無いわあ」
雨が夜更け過ぎに雪へと変わった、クリスマスイブのその日。
私はいつもの居酒屋で、いつものように独り酒を呑んでいると、カウンターの隣に座るサラリーマン風の二人のやり取りが聴こえてきた。
「んなこと無いだろ、アリだよアリ」
「ねえって。有るわけねえ」
かなり喧々囂々とした二人の様子に、すわ喧嘩か?と内心ワクワクとしながらも、表向きは平静を装って熱燗をちびり、と舐める。
「いやお前、どんな味覚してんのよ。んなのまずいに決まってるじゃんか」
「おま、名古屋ナメんな。ぜってー旨いから。間違いないから」
(なんだ、食い合わせの話か)
私は二人のやり取りに少しがっかりしながらも、聞き耳は立て続ける。
(まあ確かに、名古屋の食い合わせはありえないヤツ、多いもんな)
「よし、じゃあよ、食わせてみろや」
ヒートアップした一人の言葉に、名古屋ナメんなの男がすっくと立ち上がる。
「ああわかった、ちょっと待ってろ。準備してくっから」
名古屋ナメんなはそう言って、つかつかと店を出ていく。
「ああ、バケツも忘れんなよ!あとビニール袋も!」
(おいおい、もどす気満々かよ)
私はげんなりしつつ名古屋ナメんなが閉めた扉を見、そのまま店主に目を向ける。
店主は手慣れたものなのか、私と目が合うと、呆れたように肩を竦めて返してきた。
「ほんと、すいませんね。こんな日に」
先程名古屋ナメんなを焚きつけていた男が、私と店主に向けて詫びを入れる。
「いや、良いですよ。どうせ何の予定も刺激もないクリスマスイブでしたから」
私がそう言って苦笑すると、男はもう一度すみません、と口にする。
「あいつ、普段は良いヤツなんですけど、酒が入ると途端にお国自慢を始めやがるんです」
普段は軽く流すんですがね、と苦く笑う男に、故郷は大事ですもんね、と思わず無難に返す私。
「――で、どんな食い合わせだったんですか?」
続けた私の問いに、食い合わせ?と一瞬戸惑いながらも、その意味にああ、と気がついて、
「いやそれがね、あまりにもありえない組み合わせでねえ――」
と、彼が話し始めてすぐ。
「おらあ!持ってきたぞお!」
と、引き戸を勢い良く開けて入ってきたのは、くだんの名古屋ナメんなだった。その両手には、どうやらロティサリーチキンらしい箱と、スーパーか何処かの買物袋がぶら下がっている。
「げ。本気で買ってきたんか」
たきつけ男の心底呆れたような声に、名古屋ナメんなはおう!と威勢の良い声を上げる。
「せっかくだから、そのお客さんにも食べて貰おうと思ってな!」
「え?私も――ですか?」
(うわ、マジか)
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった私に、ナメんなはニンマリと笑顔を見せる。
「まあ見ててくださいよ、っと」
ナメんなはウキウキとした様子でカウンターに座り直すと、じゃあん、とか言いつつ、箱からロティサリーチキンを取り出す。
「先ずはクリスマスの定番、チキン!これに――」
と、今度は買物袋からなにかを取り出――
(うわ、マジか)
「おい待て」
思わず声を上げたたきつけ男に、つぶあんの缶の蓋を開けたナメんなが「ん?」と爽やかな笑顔を向ける。
「まさか、そのままぶっかける――とかねえよな?」
たきつけ男が恐る恐る問うと、ナメんなはまさか!と、何故か大袈裟な調子で返す。
「だよな?だよなあ?」
まるで念押しするように畳み掛けるたきつけ男に、ナメんなはもちろん!と返しながら――

――何故か、買物袋から何かを取り出し始めるのをみて、私は嫌な予感を覚える。
(――まさか、アレじゃないよな、ドリフのコントじゃあるまいし)
そんな私の思いなどなんのその。
買物袋から出てきたそれ――牛乳パックを見て、私はがっくりと肩を落とした。

もちろん。
結果、その数分後に、私とたきつけ男は、ナメんなの高笑いを背に、争うようにトイレに入ることとなった。

(12月24日。PM9時23分。都内某所。)

 #Xmas2014 

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