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400ノート突破記念。『Lazy white clouds』


ども、ならざきです。
気がつけば400ノートを超えてました。

400もお付き合い下さったフォロワーの皆さんへ、ちょっとしたお礼も兼ねて。
自作の中でもお気に入りの作品をまた一つ、アップしてみようと思います。

ちなみに今回の表紙絵、及び最後のイラストは、なかむら歌乃さんに描いていただきました。
歌乃さんに絵を提供していただくのは、『春を待つ~』、『生き様』と続いての三作目となりますが、今回はわざわざこの作品のために描き下ろしていただいた新作でして。
『生き様』と同じく、イラストの『わたし』の表情にもご注目戴ければと思います。
歌乃さん、本当にありがとうございました。

――では、前口上はこのくらいにして。さっそくまいりましょうか。



『Lazy white clouds』
 ~This is inspired By 『グレゴリオ
  (古川本舗feat.ちびた in 『ガールズ・フロム・キョウト』) 



日曜日。
私は、いつものように家の前にある小さな公園に来ると、芝生の脇に置かれた木製のベンチに近づく。
そこには一人の少年が、ベンチの上で膝を抱えて座っている。
誰もいない公園の中央をぼんやりと見つめながら、ただ静かに座っている。

「こんにちは。タケル」
私はなんとか笑みを浮かべて、努めて優しく声をかける。
「久しぶり。ごめんね、部活で忙しくて――」
私はそこでふとタケルが何の反応も示さないことに気づいて口を閉じた。
いやな予感に身体を震わせる。 

まさか、もう―― 

『――忘れちゃったんだ』 


不意に。
タケルのうっすらと開いた口から掠れた声が漏れて、私はほっと胸を撫で下ろす。

――良かった。
まだ、だったんだ。

「忘れた、って?」
私は問い返すけど、しかしタケルはこちらを見ようとしないで、まるでつぶやくように話し続ける。 

『あの子のこと。
名前とか、
声とか、
背の高さとか、
そういうの』 

そう続けたタケルの声がとても淋しげに聴こえて、胸の奥がわしづかみにされたように苦しくなる。 

私はゆっくりと息を――思わず漏れそうになった言葉とともに飲み込んで、そしてまたゆっくりと吐き出す。 

『二人であの――と、ブランコを指差し――
ブランコで靴飛ばしして遊んだこととか、
鉄棒で逆上がりの練習をしたこととか、
このベンチに座って流れていく雲を
眺めたりしたこととかは覚えてるのに、
どんなふうに笑ってたかとか、
どんな声だったかとか、
何も思い出せないんだ』 

抑揚のない声でそう言い、抱えた膝で顔を隠すように身体を沈めたタケルに、私はうん、と相槌を打つ。

――うん、覚えてるよ。
私は覚えてる。

だって私たち、いつも一緒だったじゃない。
ずっと、いつも。


『恐いのは、
あの子を忘れちゃうことじゃないんだ』

 タケルの声が――膝に隠れてくぐもった声が、微かに震える。 

『このままあの子のことを忘れたことさえ 、
忘れちゃうことなんだ』 

「タケル……」
私は込み上げてくる熱いものを抱きしめるようにしながら、搾り出すようにタケルを呼ぶ。
そのとき、私の脳裏に、あの声が響いた。 

『……俺さ、
 これが愛だとか恋だとか、正直よく解らないんだけどさ、
 ――やっぱり大切なんだ』 

それはあのときの、――たったひと月前の夕方の、学校の中庭でのタケルの声だった。
そして、その声が引き金となって、タケルとの想い出がフラッシュバックしていく。 


 小学校の時のタケル。
 中学生のタケル。  グラウンドでサッカーボールを楽しそうに追いかけてたタケル。  告白に戸惑っていたタケル。  帰り道、照れ臭そうに手を繋いでいたタケル。
 ――そして、3週間前の日曜日のタケル。
 二人で映画を観に行ったその帰り道に、通り魔に襲われ、
 胸やお腹をめった刺しにされて、病院に運ばれた、あの日のタケル。 
 病院のベッドで苦しそうにしていたタケル。 
 うなされながら、
 でも何度も繰り返し何かを声に出そうとしていたタケル。 
 動かなくなったタケル。 
 棺の中で眠るタケル。 

……忘れられるわけがない。
好きだった人のことを、
――大切にしていた人のことを、
私は忘れられるわけがない。

――だから、だったのだろうか。 

二人のお葬式を終えた翌日。 
小さい頃によく遊びに来ていたこの公園で、私はベンチに座るタケルを見つけた。 
それが今から10日前のこと。 
私が公園に行くたびに、タケルはベンチに座っていて。 
タケルはただジッと公園の中央を見つめたまま、繰り返し、繰り返し、同じ言葉を呟いていた。 

『覚えてない。覚えてないんだ』 

――と。


そして、すぐにタケルは変わっていった。 
最初中学生の姿だったはずのタケルは、
一日、また一日と日を追うごとに、見た目に明らかなくらい、はっきりと若返り始めたのだ。

私は必死になって若返りを止めようとしたけど、タケルの若返りは止まることがなくて、三日目にはもう、タケルは小学6年生の頃にまで若返っていた。 



そのタケルが幽霊なのか、それとも私が創りだした幻覚なのかは判らない。
でも、目の前に居る愛しい人が、共に歩んできた想い出を忘れながら若返っていくことに耐え切れなくて。

だから、この一週間、逃げるようにして部活に打ち込んでいた。
いつまでも――死んでも私を見てくれないタケルを、見たくなかったから。 

『ほんとはもっと、
いっぱい覚えてたはずなんだ。
でも、何を忘れちゃったのかも
もう、忘れちゃった』 

「タケル……」
思わず名を呼んだ私の、鼻の奥がつん、と痛みだす。
泣きたいのは私もだけど、今のタケルの前で泣くわけにはいかない。
たとえ、それが幻であったとしても。 

『思い出さなきゃいけないのに。
――どうしても思い出さなきゃいけないのに、
僕は忘れてしまったんだ』 

次第に小さくなるタケルの声に、私は思わず彼に手を伸ばす。 
触れようと思えば触れられる距離にいるタケルが、でも今の私には果てしなく遠くて。 

だから、私は伸ばした手をそっと下ろした――その時だった。 

『大切なものだったはずなのに。
どうすればいいんだろう』 

苦しげにつぶやくタケルの瞳から、つい、と涙が流れたのだ。 


そう。
見てしまったのだ。
タケルの初めて流す、涙を。


――もう、だめ。
もう、我慢できない。

私は一気にこみ上げてくる何かに突き動かされるように、口を開く。
熱を持ったその何かが一気に口から吐き出される。  

「――それは恋よ、タケル」

私の口から溢れ出た甘くて熱い何かが、言霊の力を借りて彼に向かう。
それが本当かどうかなんて、中学生の私にはまだわからないし、どうでもいい。

あのとき言えられなかった言葉を解き放ちたかった。
あのとき伝えられなかった想いを。 

『……恋?』 

不意に。 
タケルが私を見て、――そして大きく目を見開く。 

『君は――まさか』 

驚いた顔のタケル。
やっと、やっと私を見てくれたことに、私は嬉しくて舞い上がりそうになりながら、溢れだして止まらない想いを解き放っていく。

「その人の傍にいたい、その人との想い出を忘れたくない、――その人を自分の全てで守りたいと思う気持ち。それが恋なの」 

『これが――恋』 

タケルはそのたった二文字の言葉をゆっくりと噛みしめるように口にすると、もう一度私へと目を向ける。 

その目を、私はよく知っていた。 
初めて会ったときから好きだった、私をまっすぐに見つめてくるその目。 


ねえ、知ってる?
私はタケルと会った10年前からずっと、タケルのことを好きだったの。

ずっと、――ずっと。

「――『わたし』のこと、覚えてる?」
小さく深呼吸したあとでかけた問いかけに、タケルは予想通りの答えを返してきた。

『うん。――だよね』 

その答えに、私は微笑んでうなずき返した。
決して胸の内を悟られないように気をつけながら。 

『そっか、――そっか、無事だったんだ』 

タケルは心からホッとしたように全身の力を抜くと、両手足を大きく伸ばしてベンチに身体をあずけるように座り直す。
気がつけばタケルの身体が、もとの中学生の姿に戻っていた。 

『そっか、――これが、恋だったんだ』 

そう言って顔を上げ、目をつぶるタケル。
その表情はとても安らかで、とても穏やかだった。
「うん。それが恋。『わたし』とタケルが一番大切にしていたものよ」 

『二人で大切にしていたもの、か』 

タケルはもう一度噛みしめるようにつぶやくと、まるでたった今目を覚ましたように、ゆっくりと立ち上がってうーん、と大きな伸びをした。 

『――うん。てっきりあのとき、
俺より先に死んじゃったんじゃないか、
って心配してたけど……』 

タケルのその言葉に、私の胸がズキン、と痛んだけど、絶対に顔には出さない。

我慢して、私。

『でも、無事に生きてたんならそれで良し。ホッとしたよ』 

そう言って笑うタケルの身体を、まばゆい光が包み込み始めて、私は慌てて彼に近づいた。 

「行っちゃうの?」
思わず声をかけた私に、光の玉に包まれていくタケルがニッコリ、と笑う。 

『うん。そろそろ行かなきゃ』 

好きだったタケルの笑顔に、私の手が思わず伸びる。

近づきたい。離れたくない。
でも、近づけば、気づかれてしまう。

私は無理やり手を引っ込めると、微笑んだままでそっか、と返して、そしてまっすぐにタケルを見つめた。
「忘れないで。恋って――ううん、人を想う心って、道しるべなの」 

『道しるべ?』 

「そう。どんなに苦しくても、その想いの先には『わたし』が居る。だから道しるべ」
そう言って得意気に胸を張る私に、すでに光で姿が見えなくなったタケルの苦笑いが返ってきた。 

『そうか。想っていればいつかまた会える、ってことか』 

「そうよ。だから――」

もう会えない、なんて言わないで。

「――だから、忘れないで」
こみ上げてくる何かを抑えながらなんとかそう言った私に、タケルのわかった、という声が返されたそのとき、光の玉がひときわ強く輝いて、そしてフッと消えてしまった。 

――タケルも一緒に。




「――あ、」
思わず漏れた声が、誰も居ないベンチで跳ね返って、澄み切った秋晴れの空に掻き消える。
私は空を見上げながら、ふう、と小さく息を吐いた。

――これで。
これで、良かったんだ。

タケルは幸せなままで旅立てたのだ。
これで、良かったんだ。  

それこそ私の願いだったし、
『あの子』の願いでもあったのだから。




――『あの子』。
去年タケルに告白し、ひと月前までタケルと恋人だった、私の双子の妹。
私が大切にしていた私の半身は、もはやこの世には居ない。
あの日、タケルと同じように全身をナイフで刺され、タケルよりも先にあの世へと旅立ってしまったのだ。

その我が半身が、最後に私に願ったこと。
それは自分のことでも、家族のことでもなく、ただひたすらにタケルのことだけだった。  

『お願い、お姉ちゃん。タケルを幸せにして』

妹は、私のタケルへの気持ちを知っていた。
当然だ。だって、私も妹の気持ちを知っていたのだから。

だからこそ、だったんだろう。
最後の最後に送られてきたその『願い』が、とてもあの子らしいと感じたのは。

だけど私は、生きていた時のタケルを幸せには出来なかった。
好きな人の力にもなれず、好きな人を守ることも出来なかった私は、だから再び会えたタケルには幸せに行って欲しかったのだ。

「――でも、さ」
私は空を見上げながら、ぽつりとつぶやく。
目に溜まった涙で、空が滲む。
「でもさ、やっぱり悲しいよ、タケル」
涙がつい、と流れ落ちる。
「だって、さ。だって――」
こみ上げてきた何かが、私をしゃくりあげさせる。
「だって、私なんだもん――」
声が震える。
鼻の奥がツン、と痛くなる。

目の前にある、そのベンチで。
タケルと一緒に空を見上げて、
流れる雲を見つめていたのは、

――私だったのに。

「――ごめんね、最後まで嘘ついて」

私は泣きじゃくりながら、今はもう居ない彼に語りかける。

「でもね、これは恋なの。タケルには絶対に届かない、私だけの恋」

10年間。
初めて会った時から続いた、私だけの恋。
タケルには届かなかった、私だけの。

「だから、ありがとう。微笑んでくれて」


涙で滲んだ秋の空。

その空には、まるであのときのように、
真っ白な雲がゆっくりと流れていた。 


(絵:なかむら歌乃さん)


(了)

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