【『Finishing-Stroke laboratory』】メール。【Part1】

深夜1時頃、枕元のスマホが鳴り始めた。
「……んなによぉ」
ネイリバナだったあたしは正直放っておこうとも考えたけど、もしかしたら急ぎな何かかもしれない、と思い直して、仕方なく毒を吐きつつスマホに手を伸ばす。
「まったく、誰よいったい。タクヤだったらコロス」
とりあえず手近な彼氏に文句を言いながらスマホのボタンを押し画面を表示させると、そこには『ミキ』という差出人の名前と、『ごめんね』というタイトルが表示されていた。
「ミキったら何考えてんのよこんな時間に」
非常識にも程がある、と少しムカつきながらタイトルをフリックすると、スマホの画面いっぱいにメールアプリが起動する。
そしてそこには、たった一行だけ。

『ごめんね。借りてたCDは私の部屋の引き出しの中だから』

「……は?借りてたCDって」
そうスマホに怒鳴りつけようとして、あたしはふと思い出した。

そうだった。
ミキは3日前に学校の屋上から飛び降りたんだった、と。
そして今のあたしが鬼のように眠いのは、一昨日から昨日の通夜やお葬式の間中眠れなかったからだったんだ、と。

「ちょっと待ってよ、ねえ」
あたしの背中を、じわりと何か得体のしれない気持ち悪いものがせり上がっていく。
慌ててメールの送信日付を見るが、間違いなくそれは今日の午前1時だった。
そして、アドレス帳に『ミキ』で登録してるアドレスは、ミキのスマホの分だけ。
それも、一昨日ミキのママが解約したばかりの。

「――う、そぉ」

あり得ないのだ。
だって、昨日寝る前にあたしは、ミキが死んだなんて信じられなくて、一回だけ電話したんだから。
そしてちゃんと聞いたんだから。
『この電話番号は現在使われておりません』
っていうメッセージを。

「でも、じゃあ、このメールは……なに?」
あたしがそうつぶやいた、その瞬間だった。
突然スマホから『ローリンガール』が流れてきたのは。

『ローリンガール』。
ミキが好きだった曲だ。
ボカロに興味がなかった私が、ミキ専用にとダウンロードした、ミキ専用の着メロ。
解約して使えなくなったはずのミキの電話からしかこの着メロは流れない。

「ひぃっ?!」
スマホを放り投げてベッドの背もたれによりかかろうとした、そのとき。

誰かの手があたしの肩を掴んだ気がして、あたしはそのまま気を失い――





     ※


――そして、どこからか聴こえてくるお経の声に目を覚ました。
(うわ、寝ちゃってたのかあ)
あたしは気恥ずかしさに顔を真赤にしながら、それでも自然な動作でむくり、と起き上がる。
(葬式の真っ最中に寝るだけでもあり得ないのに、なんて夢見てんだか)
空気の読めないあたしらしい、といえばそうだけども、まさかクラスのみんなも来てるお葬式の真っ最中に眠ってしまうとか、普通なら一番やっちゃいけないことじゃないだろうか。
(まあでも仕方ないよね、お経って眠くなるし)
あたしはあぐらをかきながら大きく伸びをする。
どうせ見てる人はいないんだから、その程度のことは許されるだろう。

(――ミキ、か)
あたしはふとその名前を思い出し、前方の葬儀客へと目を向ける。
(来てると思うんだけどなぁ……あ、いた)
あたしは葬儀客の中に、制服姿のミキを見つける。一晩中泣いてたのか目の周りが腫れぼったい感じになってて、疲労感見え見えな肩が時々しゃくり上がっている。
(良かった、ミキは生きてた)
本人が聞いたら当然だ、とキレそうなことを思ってみる。

(いいじゃん、どうせ聞こえやしないんだから)
あたしは皮肉交じりにそうつぶやくと、そのままふわり、と浮き上がって、そのままふわふわと棺桶の方に向かっていく。
(ほんと、あり得ないよねえ――)
棺桶の真上に来たあたしは、棺桶にどっかと座り込んだ。 







(自分の葬式で眠っちゃうとか、ほんとあり得ないって)
あたしはそうつぶやくと、目の前でお経を読んでいるお坊さんに向かって、ニッコリと微笑んでみせた。

(了)

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