ドラゴンボールZアブリッジドの終わり と 二次創作の儚さ

著作権の観点からいうと完全にアウトなものをおすすめするのもどうなのかな、という思いもありますが、『ドラゴンボールZアブリッジド』(以下DBZA)はめちゃめちゃおもしろいです。アニメ『ドラゴンボールZ』の二次創作、にあたるんですかね。YouTubeで公開されています。

Episode28:悟空とフリーザの初対決

DBZAはアニメ『ドラゴンボールZ』の本編映像を切り貼りして、内容を短く簡潔にして、制作チームがキャラクターの声を当てている作品です。緻密なジョーク、ドラゴンボールの矛盾や変なところに突っ込んだメタネタ、ほかのマンガ・アニメのパロディを組み込んだりしており、コメディであることを主軸にドラゴンボールを再構成した"パロディ"です。"アブリッジド(要約された)"という言葉自体も、度重なる引き延ばしで悪評高いアニメ版『ドラゴンボール』への皮肉というか、ジョークですね。

Episode1の再生回数は2000万回超。現在公開されているEpisode60までのDBZAのシリーズはすべて1000万回以上再生されており、その人気の高さがうかがえます。どのエピソードもフランス語やスペイン語など10近くの言語で翻訳字幕が付けられており、世界中で観られていることがわかります(ただ残念ながら日本語字幕はほとんど作られていません)。



この作品において重要な点なのですが、DBZAは非営利パロディです。つまり制作のTeamFourStarはDBZAよって利益を得ていないと動画内で宣言しています。

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『この作品はファンによる非営利のパロディであり、ドラゴンボールシリーズの権利は東映アニメーション・Funimation・集英社・フジテレビ・鳥山明先生が有します。』という前置きがすべてのEpisodeで流れます。

非営利だから著作権的に問題ないのか、というとぜんぜんそんなことはないのですが、アニメやマンガの同人誌の存在を許せる人ならこの作品のことも楽しめると思います。DBZAは作品の完成度がかなり高く、一度観ればどれだけ製作に労力がかかっているのかわかります。そしてそれを個人レベルで10年以上、劇場版・テレビスペシャル版を含めると100本近い作品を投稿し続けてきた制作のTeamFourStarの熱意はすさまじく、狂気的です。重ねてですが、だから著作権を侵害していい、ということではないのですが。

Episode10:悟空対ベジータ

この作品ができるまでの作業量を想像すると気が遠くなります。多いときは10人以上いるアクターの台詞を録音し、映像もただの切り貼りではなくスムーズにカットをつないで音楽と効果音を足し、セリフと口の動きを合わせ、幾多の"Fu*k"にピー音をかぶせる作業。さらにどうしても欲しいカットがアニメにない場合は、自分で絵を描いて足すこともあり、これらの作業を個人レベルの仕事とは思えないほど高いクオリティでこなしています。そもそもそれらの作業にとりかかる前に、ドラゴンボールの雰囲気を守りつつジョークを散りばめたプロットをつくらなくてはなりません。そのプロットの出来もすごいです。めちゃめちゃ笑えます。


私がDBZAを好きなのは、原作に対してとても誠実だからです。制作者がDBZAを『ドラゴンボールへのラブレター』と称するように、原作への愛で満ちています。

一般的にパロディというと、原作のキャラクターの性格を大きく変えたりしてしまいがちです。そうすることで原作がフリになるので笑いにはなりやすいですが、そういう笑いは意図的に避けているように思えます。DBZAに登場するキャラクターの性格はデフォルメされていますが、ねじ曲げられてはいません。悟空は原作と同じようにまっすぐだし、ベジータもプライドが高く自己中心的です。キャラクターに対する深い観察と愛が感じられ、安心して観ていられます。


DBZAのたのしさを表すシーンというか、私が個人的に好きなところを挙げます。

セルを倒してトランクスが未来に帰るとき、父であるベジータが指をピッ!てするめちゃめちゃいいシーンなんですけど、

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原作だとこう。

これDBZAだとベジータこうやるんです。

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フィンガーフリップ

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トランクスもこう

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そんでニヤリ

これは本当にめちゃめちゃ良かった。親子の通じ合ってる感じが本当によい。当然原作の良さありきなんですけど、パロディらしさも出しつつ、その原作の良さを崩さない絶妙なバランス。私が人生で見たミドルフィンガーで、こんなに心震えたものはない。しかもこのミドルフィンガー、静止画でなくちゃんとアニメで自然に動きます。すごくないですか?中指立てるのにそんな労力かける必要ある?

Episode60:『人造人間編』最終回 中指アニメは25分10秒ごろ


非営利であれば著作権を侵害してもいいというわけではない、という話を先ほどしました。これは逆に考えれば、著作権を侵害している時点でどうせアウトなんだから収益化してしまえ、という『毒を食らわば皿まで』的な考えにもなりかねないと思うんですよね。結局DBZAを公開する上で第一の問題はアニメ『ドラゴンボールZ』の映像を無断使用していることであって、そこでお金を儲けているかどうかは次点の問題なんです。

1本の動画を作るのにも膨大な時間を費やしているはずですし、かなり過酷だったと思います。それでも収益化を選ばなかったことこそが、原作への誠意からの行動だと私は思います。当然、削除されにくくするための打算もあるでしょうが。


その製作の過酷さを裏打ちするのが、今年公開された製作中止のアナウンスです。Episode1が公開されたのが2007年、2018年に公開されたEpisode60でいわゆる『人造人間編』が終了し、そのタイミングで『魔神ブウ編』の製作も発表されていました。しかしそこから1年以上音沙汰がなく、最終的には2020年2月に製作中止のアナウンスがなされました。

製作中止のアナウンス

こうしてDBZAについて書くためにあらためてこの動画を観ましたが、主催の二人が本当につらそうで目を背けたくなります。製作中止のアナウンスは制作のTeamFourStarのディレクターKaiser Nekoが涙を浮かべる場面もあり、『世界中のファンに期待されていて、とんでもない労力がかかる、お金にならないもの』を作っていくのはもう本当に限界なんだな、と私もかなり複雑な気持ちになりました。しょうがない、と割り切ることが難しいぐらいこの作品が好きだったので。


DBZAに限らず二次創作というのは、権利者のお目こぼしの上に存在している非常に不安定な作品です。制作者はこっそり身内だけで楽しく遊んでいるだけのつもりでも、制作者の意図に反して大々的に広まってしまうこともあります。そしてDBZAはもうすでに『ファンがこっそりやっているもの』の枠を大きく超えています。

実際、DBZAは何度かYouTubeから凍結・削除されたこともあります。そのたびに制作とDBZAファンの意見でそれらは解除されてきましたが、DBZAのシリーズすべてが明日YouTube上で非公開になり、永遠にそれが解除されない、ということになってもなんら不思議はありません。作品がどれだけおもしろくても、どれだけのファンがいたとしても、彼らがしているのは他者の著作権の侵害だからです。


結局、権利物の二次創作を公開するのは基本的に『してはいけないこと』なんですね。その二次創作に何千、何万時間と労力を注ごうとも、風向き次第でその積み上げたものが一瞬で消えてしまいかねません。そしてその『他者の著作権を侵害している一瞬で消えてしまいかねないもの』が、制作のKaiser Nekoが10年以上の歳月を費やした、間違いなく彼の人生において最大のプロジェクトであるDBZAなんです。彼の作品は確かにルールを破って作られたものですが、世界中のたくさんの人を笑わせたし、わくわくさせました。

『ドラゴンボールZアブリッジド』は『ドラゴンボール』と同様に、人の魂が込もった作品だと私は思います。

作品の性質上ぜひとは言い難いですが、YouTubeから消えてしまえば観ることはむずかしくなりますので、ご興味がありましたら。

Episode1:ラディッツ襲来


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