オリコンインタビュー記事に載せきれなかった3000文字
オリコンニュースさまに『100日間おなじ商品を買い続けることでコンビニ店員からあだ名をつけられるか。』についてメール上でインタビューしてもらいました。Yahoo!でもけっこう目立つところに出ていたみたいで、うれしいかぎりです。多謝。
ただ私がインタビューの回答に調子に乗ってめっちゃ書きすぎてしまったため、記事では文字数の都合で大幅にカットすることになってしまいました。供養としてnoteに原文を載せます。
インタビュー記事のほうがまとまっていて読みやすいので、併せてご覧いただければ!!
◆「コンビニでビスコを購入し続けたら、 あだ名はつくのだろうか?」という100日間におよぶ「note」での検証を、とても興味深く拝見しておりました。なぜ、同検証を始めたのでしょうか? きっかけや理由を教えてください。
きっかけはウェブメディアのオモコロが主催しているウェブ記事のコンペティション『オモコロ杯』に投稿する記事をつくるためでした。『店員に変なあだ名をつけられた』という構文はむかしからインターネット上でよく見るあるあるネタのひとつなのですが、匿名性の高いインターネットでは良くも悪くもその『ネタ』の真偽がわからないので、実際に記録をとりながら検証してみようかな、というのが記事を書き始めたきっかけです。平日も休日も毎日同じ時間帯にコンビニに行くというのは想像以上にめんどくさくて、期間を30日(1か月)にするか100日にするかすごく迷ったのですが、長い方が検証としてより正確だろうと100日にしました。いま振り返れば100日にしてよかったと思いますが、当時はマジでしんどかったです。
◆「立ちビスコ」「レシートビスコ」「ダブルビスコ」など、マイルールを設けています。改めてそのマイルールについて教えてください。
あだ名に個性がでたらいいな、ということで設定した上記のマイルールですが、結果から振り返るとほんとうに無意味でしたね。でも『あの人はレシートを持って帰っている』『あの人は毎日2箱買っている』ということは店員さんも把握していたようで、印象付けには一役買っていたのかもしれません。あと、レシートに日時の記載があったおかげで期せずして毎日通っていることが証明できたので、それはラッキーでした。
◆なぜ「ビスコ」だったのでしょうか? 改めて教えてください。
そもそもビスコが好きだったんです。甘すぎず、栄養価も高いイメージだったので大人のおやつにちょうどいいな、とよくスーパーやコンビニで買っていました。それに加えて、職場で食べやすいというのは大きな要因でした。会社によって雰囲気は違いますので一概には言えませんが、おなじ『お菓子』というくくりのなかでも職場のデスクでポテトチップスの袋を開けられるひとは稀だと思います。ビスコは仕事と相性がよく、私は毎朝コーヒーとビスコを口に運びながらメール確認などをしています。場所を選ばない品の良さがビスコを選んだきっかけですね。
◆近年はさまざまな味が発売されている「ビスコ」ですが、100日間買い続け毎日でなくても食べるのは、正直飽きがこなかったのでしょうか?
おなじことを続けるのがあまり苦ではない性格なので毎日ビスコを朝食代わりに食べるのはきつくありませんでした。ただ消費量に対して購入する数がはるかに多かったので、100日どころか300日近くは毎日ビスコを食べていたと思います。朝はあまり食欲がわかないタイプなのでビスコぐらいの軽食がちょうどいいんです。
◆家から通える範囲の3店(デイリー、ファミリーマート、ローソン)で検証されました。店ごとに店員さんの対応の特徴はありますか?
ファミリーマートは立地的に学生の利用者が多く、フードコートはいつもにぎやかです。日本語のわからない外国人のお客さんも多く、店員さんはいつもてんやわんやしている印象があります。そのためみんなぐったりしていて、その疲れが接客に表れている印象です。
ローソンは大きな公園の最寄のコンビニなので、その公園でイベントがあると店の外まで人が並ぶぐらいの混み具合になります。世に数あるコンビニのなかでも特にハードな環境で鍛えられた店員のみなさんの接客スキルは極めて高いように見受けられます。明るくて元気のある店員さんが多いです。
◆ファミリーマート編に登場する「気だるげな女性」では、27日目より店員と常連さんのやり取りが見られるようになりました。最初は微笑んでくれ、台風を気遣う会話もあり、50日目で「プリングルス」を購入し「飽きたのですか?」といじられるようになりました。66日目で「気だるげな女性」がお店を辞めることを告白されました。振り返ってみて「気だるげな女性」店員さんについての思い出や印象に残っている出来事を教えてください。
ファミマを『レシートビスコ』の店として選んだのは、3店舗のなかでレシートを自発的に”渡してくれなかった”のがファミマの『気だるげな女性』だけだったからでした。最初から渡されてしまうと「あ、レシートください」と発言することができないので、私が『レシートを持って帰る人』だということをアピールできないんですね。ほかの2店舗ではレシートを渡されてしまったので、彼女が私にレシートを渡さなかったとき心から安堵したのを覚えています。彼女は見るからに仕事に対してやる気がなく、私にはその温度感が心地よかったです。Chillな感じのひとでした。
◆44日目で「背の高い丁寧な女性」店員さんの反応もあり、「ビスコの男」と認識されるようになったことを知りましたがいかがでしたか?
毎日ビスコを買うにあたって最大の敵だったのは羞恥心でした。なぜだかはわかりませんが、店員さんに『この人毎日きてるな』と思われるのは無性に恥ずかしいことのように感じられるのです。べつになにも恥ずべきことはないと理屈ではわかるのですが・・・。この日は顔が真っ赤になるぐらい恥ずかしかったのを覚えています。個体認識されてあだ名をつけられることが目標ならば店員さんに認知されることはむしろ喜ばしいことのはずなのですが、めちゃめちゃに恥ずかしいんですよね。『あ、毎日ビスコ買いに来てる人だ』って思われるのは。
◆ローソン編では、2日目にして「お姐さん」に「ビスコ好きですね」と話かけられました。その「お姐さん」は、ビスコの在庫がない日が続き、近所のスーパーで購入してくれたエピソードを目にしました。改めて当時の状況を教えてください。
◆ローソン編では、4日間あいたクリスマスの日にビスコを買いに行くと、「インフルエンザにかかったのでは…」と心配してくれていました。また、「毎日ビスコで栄養が片寄らないのか、お腹が空かないのか」と心配をしてくれていました。そうした店員さんの声を聞き、どのように思いましたか? 改めて振り返り教えてください。
上記二問合わせての回答になります。
『お姐さん』はかなり私のことを気にかけてくださって、とても感謝しています。『個人がスーパーで買ってきたものを商品としてレジに通す』というのはおそらく厳密にルールと照らし合わせるとNGなのでしょうが、このエピソードがなにより『お姐さん』という女性像を雄弁に語っていると思います。私自身とてもびっくりしました。
彼女はお客さんとコミュニケーションをとるのが好きです。私だけでなくほかの多くのお客さんとも積極的にお話をしています。基本的に店員さんとお客さんがレジで何分も長く話すことはできませんが、ひとことでもふたことでも、どんなことでも気が付いたら話しかけているようです。それが彼女にとっての『接客』というものなのだと思います。
レジ業務は機械の仕事になりつつあります。しかし機械に『接客』はできません。どんなに優れたAIでも彼女の代わりを務めることはかなわないでしょう。全体ではなく個に目を向ける『接客』は人の心をあたたかくしてくれます。
◆「あだ名がつけられるか?」という検証以上のものが生まれたと思います。この検証をするまでは赤の他人だった近所のコンビニ店員さんと顔見知りになり、さまざまなエピソードが生まれました。そこにはSNSやネットの普及で、人とのリアルな交わりが少なくなるなか、どのようなことを想い、そしてどのようなことを得ましたか?
◆ちょうどよい距離感の人付き合い(近所付き合いなど)が、核家族化などの影響もあり、昔に比べ少なくなったと思います。漫画などに登場する近所の小難しいおじいさんや世話焼きのおばさんなど、そうした人が見かけることが少なくなったと思います。今回の100日チャレンジを通して人間関係の築き方など、感じたことを教えて下さい。
上記二問合わせての回答になります。
私自身、店員さんと顔見知りになるという経験は人生でほとんどなかったので新鮮でした。ひとことふたこと、他愛のない言葉を交わせる人が日常にいるだけで毎日がすこし楽になります。特にわたしは仕事終わりにコンビニへ行っていたので、仕事状態からプライベートの時間へ移行するためのスイッチのような役割がその会話にあったかもしれません。お互いのことをほとんど何も知らない間柄だからこそ交わせる気兼ねない会話があります。
コミュニケーションをとることは動物にとって本能的なよろこびがあると思います。それは現代においても紀元前においても22世紀においてもきっと変わりませんが、そのスタイルはこの数十年で目まぐるしく変化しています。指先ひとつで世界中の人とコミュニケーションが取れる現代人は、目・口というビルドインのインターフェイスを使うのが苦手になっているのかもしれません。コミュニケーションのスタイルのギャップが、世代間のコミュニケーションの断絶を生んでいるのではないでしょうか。
コミュニケーションが必ずしも対面である必要はないかもしれませんが、やはり顔が見えること、同じ空間にいることで得られる情報は大きいです。図らずとも2020年は特にその当たり前をつよく実感する年になりました。早く日常が帰ってくるといいですね。
◆今回のグリコの検証をしてよかったことは?
私は特定のコンビニに定期的に通うという経験がなかったので新鮮でした。そこで働く人だけでなく、ライブのチケット情報のポスター、棚の配置、季節限定のお菓子、ファッション誌の表紙の装いと、コンビニは少しずつ・しかし絶えず変わりつづけていることを知りました。観測者にとってもその観測の結果を読む人にとっても、やはり定点観測はおもしろいものだということを再認識しました。毎日通うことではじめて知覚できるようになるその微細な変化は、コンビニはいきもののようだと私に覚えさせます。
◆ファミリーマート編の「男性店員と仲良くなるのは難しい」とのことですが、性別によってやはり違いはあるのでしょうか? 検証した結果、印象や対応など性別によってどのように違うのか教えてください。また、年齢によっても違いがありましたら教えてください。
ただ『買い続けることであだ名がつくか』という検証なのでこちらから店員さんへ積極的に話しかけることはルールとして制限していました。そのため、検証中のコミュニケーションはまず『店員さんから私』に話しかけてくださることではじめて発生します。しかし100日通ってもいずれの男性の店員さんにも話かけられなかったので、今回の検証では仲を深めることは難しかったです。男性は女性と比べて他者との境界が高く設定されているという意見があり、その通りかもしれないと思いました。でも検証を抜きにしてこちらから話しかければみなさん笑顔で応えてくれますので、仲良くなるのが難しいということではありません。100日間で仲良くなれなかったというのはあくまで検証のルールを厳密に適用した結果なので!
◆思い出や印象に残っている店員さんとのエピソードを教えてください。
思い出らしい思い出はすべてnoteに書いてしまったので最近の出来事を挙げると、最近『お姐さん』は愛車を派手に擦ってしまったらしく、めちゃめちゃヘコんでいました。
◆結果としてはあだ名が付けられなかった(グリコのお兄さん)とのことですが、どのように呼ばれているか予想していた名前を教えて下さい。また、あだ名がつけられなかったことを予想していましたか?
私もいろいろと接客業を経験しましたがお客さんにあだ名をつけたことはないので、あだ名らしいあだ名はつかないだろうと考えていました。でもネット上の反応を見ると『(店員として)お客さんにあだ名つけてた』という人もちらほら見受けたので、環境によるのかもしれません。横柄な態度とか、そういう店にとって厄介なお客さんはあだ名をつけられがちなようです。普通のお客さんだと私のように『〇〇のお兄さん/お姉さん』とかになることが多いみたいですね。
◆今回の100日チャレンジを経験して今思うことは?
目に見えてリソースがかかっている記事というのはやはり広く読まれるんだな、というのを再確認しました。ここでいうリソースとは体力であったり、時間であったり、金銭であったりしますが、それがたくさん注がれた記事は強いと客観的に思います。
動画サービスの台頭によって文字と写真がメインのいわゆるウェブ記事は求心力を失っています。動画が人を集めるのは、単純に光と音の刺激が人間を強力に惹きつけるからです。私自身動画をよく見るようになりましたし、同じ内容の企画なら多くの人は動画を選ぶでしょう。
ただそれでもまだウェブ記事にはできることがたくさんあると思います。『100日ビスコ』は動画よりも文字で表現するのに適した検証でした。文字を用いた表現は想像の余白を生み、その余白が『100日ビスコ』が広く受けた最大の要因だと私は考えています。これからもたくさんのリソースを注いで、動画に負けないぐらいおもしろいものを書けていけたら幸せだと思います。
◆今後は、別の手法・ルールでのチャレンジを行う予定はありますか? また今度で考えていることがありましたら教えて下さい。
海外でおなじ検証をしてみたいな、と考えていました。台湾や韓国だと日本と同じようにコンビニがたくさんあって、雰囲気も近いので同様の検証が成立するような気がします。もしくは海外出身の店員さんが多く在籍している日本のコンビニで、とか。残念ながら現在はその検証を行うに適した時世とはいえないので実現はできていませんが、いつか平穏が戻ったときに検証できたらと思います。
以上です!
メリークリスマス🎅
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