彼女は悪女?天使?救世主?第2話

軽井沢駅の改札口を出ると心地の良い風が出迎えてくれた。
避暑地に相応しい緑と空気に包まれた。タクシーに乗り市役所へ向かう。
田宮がバッグの中から委任状と印刷してある印刷紙を取り出した。勿論偽造の委任状だ。恋子の記入する箇所は田宮が書いた。タクシーが市役所の玄関に到着した。私は市役所の玄関の前に立つと深く深呼吸した。上手く恋子の戸籍謄本を取れることを祈った。受付には中年の女性が辺りを注意深く見渡し座っていた。
田宮が窓口に案内された。
「戸籍謄本をとりたいのですが」
「ご本人様ですか?」事務的な返事が返ってくる。
「いえ、代理人です」
「委任状はお持ちでしょうか?」
「はい」作成した委任状を差し出す。
「すこしお待ちください」と言い奥の席へと行った。
上司らしき男性と話をしている。すぐに戻ってきた女性は事務的に言った。
「この本籍地の住所は存在しておりません」
「えっ、どういうことでしょうか?」
「このような住所は初めからないということです」
事務的な口調で言った。田宮はすぐに踵を返して
私の方へ歩いて来た。
「こんなことだろうと思ったよ。予想はついていたけどね」
「どうして橋口は嘘の住所だったことがわからなかったのかしら。
調べなかったのかしら?」
「アルコール中毒になって精神が崩壊していたからどうすることもできなかったのかもしれない」
そしてすぐに話題を変えた。
「これからどうする?」
「うーん、新幹線予約取れたらすぐに東京へ帰ろうかな」
「わかった。そうしよう」
二人はタクシーに乗り軽井沢駅へ向かった。
駅に着くと田宮は、
「空席あるか確かめて来るよ」と言いチケット売り場へ歩いて行った。
数分後、戻って来ると
「切符とれたよ」と言いチケットを目の前に差し出した。
「えっ、これってグランクラス席じゃない。どうして?それに私お金持ってないよ」
「僕の奢りだよ」
東京駅から金沢駅往復の特別車両のセレブ気分が味わえるグランクラス席。私は田宮を見て言った。
「あなたお金持ちなのね」
定刻に通りに新幹線が着き二人はグランドクラスの車両へ向かった。
柔らかな皮で造られた大きな椅子に体をあずける。
担当のスタッフが手拭きとメニューを持参して席を回って来た。
田宮は慣れている様子でコーヒーを、私は冷たいお茶を注文した。
運ばれてきた弁当の中には煮物や焼き魚、野菜などが入った高級和食弁当だ。焼き魚を口にほおばる。「美味しい!」感激して思わず言葉が出る。
それを見て田宮が微笑んだ。「美味しそうに食べるんだね」
「だってほんとに美味しいんだもの。こんな贅沢な時間ができて幸せ。
あなたのお陰だわ。ありがとう」
田宮は私をじっと見てそして、しみじみとした口調で言った。
「僕は恋子のことを誤解していたのかもしれない」
「誤解?」
「恋子が去った後、未練や、後悔や、憎しみさえ感じた。何故だろうって考えたよ。でもわかったんだ」
「何がわかったの」
「恋子は相手のほんとの部分をあぶり出してしてしまうってことだよ」
「あぶり出すってどういうこと?」
「僕は父親の庇護の元で生きてきた。父親の敷いた平和ボケ生活に何かが違うと潜在的に思っていた。だけど恋子に出会ったことで今までの人生は本当の自分の生き方なのだろうか。今の生き方でいいのか?って自分で思考することさえも他人任せで生きていたのではないかって考えた。恋子は僕を裏切って去って行ったと思っていた。でも彼女は憎むべき対象ではなく僕の人生の殻を破ってくれた救世主だったのかもしれないと今は思う」
救世主、殻を破ってくれた救世主。確か橋口も似たようなことを言っていた。恋子によってほんとの自分を知ったと。私は目を閉じている田宮を見た。額から鼻に綺麗な形で曲線を描いている横顔。適度な膨らみの唇の形は育ちの良さを表していた。奇麗な人だったんだと、改めて思った。
 
月曜日、午後の授業が始まる間際に雅人がクラスに入ってきた。
「あら雅人君、久しぶり元気だった」
「相変わらずさ。それより驚きのニュースがあるんだ」
「何?」
「翔太が恋子に振られた」
「えっ」
「翔太はショックで学校休んでいるらしい」
気まぐれな恋子に振り回され傷ついている翔太の姿を想像した。
「それで、恋子は今どこにいるの?」
「誰も知らない」
ある日、突然に消える行為。田宮、橋口の時と同じだ。
「その友人から聞いたんだけど、翔太は太った女の子が好みだって。
つまり恋子は翔太にとって理想の女だったのさ」
私は言葉を失った。
「それじゃどんなに可愛い女の子に告白されても無理だよな
しかし、不思議な女性だったな。雲みたいな感じ子だった」
「雲?面白い表現ね」
「うん、話をしていてもどこか、フワッとしているんだよ。
体はここにいても心がない感じとでもいうか…」
頭の中をぐるぐると思考が駆け巡り、そして答えの入り口にたどり着いた。
そういうことだったのか。なぜ翔太が恋子を選んだのかもやっと理解できた。私は翔太の好みのタイプではなかった。ただそれだけのことだった。
しかし?だ。恋子のカメレオンのような変貌はどう説明すればいいのだろうか?田宮の恋人の時は人気女優のS似の女になり、
恋子依存症になった橋口はのめり込み仕事も家族も崩壊した。そして、翔太の恋人だった時は不細工大女として登場している。登場している?まるで舞台に立つ女優のようだ。何故そこまでして男好みの女に変身するのだろうか。いや、短期間にあれほど見事に変貌できるものだろうか。
そして、何故短いスパンで男に恋し、突然消息不明になるのだろう。
それから二週間後の夕方のことだった。携帯電話のバイブが震えた。画面を見ると見知らぬ番号だ。数回のコールの後に出る。
「キヅキさん?お久しぶり恋子です」
返事に戸惑っていると、私の心の心理を突いたように、
「あなた私に今会いたがっているわね。一度ゆっくりお話しない?」
ショートメールで住所教えるわ。是非来て。待っているわ」
と一方的に話し電話を切った。

東横線中目黒駅を降りて目黒川沿いを歩く。
住所 目黒区中目黒、三丁目一番地 ロードシティマンションはあった。
恋子は若者達が憧れるオシャレで洗練された街に住んでいた。
目黒川沿いには小さい洒落たパスタの店や個性的な飲食店、
洋服、雑貨の店などがさりげなく存在していた。華やかなブランドの店が並ぶきらびやかな街ではなく、さりげなく洒落た街だ。
携帯のマップの矢印を交互に見ながら恋子が教えてくれたマンションの住所を探す。グーグルマックに到着の印が付いた。
目の前の高層マンションを見上げて驚いた。こんな高級マンションに住める恋子っていったい何者だ?外壁は深いブラウンの煉瓦で覆われ、中心には
観葉植物が植えてある。重厚な扉を開けると厳重なオートロックのドアホンが設置してある。私は部屋番号を押した。
しばらくして「はい」という小さな声が聞こえた。
「土井キヅキです」
数十秒の沈黙の後「どうぞ」という声と同時にオートロックのドアが開いた。二回目のセキュリティドアが開き静寂したフロアが視界に入る。エレベーターに乗り、五階で降りた。部屋の前で深く深呼吸をしてチャイムを鳴らす。開いたドアから恋子の姿が見えた。久しぶりに会う恋子は、清々しさが漂っていた。そこには、翔太が恋した女はいなかった。透明感あふれる中肉中背の女がいた。恋子は少し首を傾げて言った。
「あなたと話がしたかったの」
アロマのように人の心理の奥底に眠っている琴線を溶かすような口調で。

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