もう、嘘はつかないで 第4話

入社して3ヶ月が過ぎた。
季節は夏を迎えようとしていた。
街は様々な色ととりどりのシャツやブラウスを来た老若男女が開放された
表情で歩いている。
ガラス越しに待ちゆく人を見ながら珈琲を飲んでいると、隣に座った男性が
声をかけてきた。
「こんんちわ」
沢渡啓介だ。今日の啓介は群衆に溶け込んでいる青年に見える。
芸能人がプライベートはオーラを消しているという台詞を
時々聞くがほんとかも知れない。
「君、経理事務員でしょう。頼みたいことがあるんだけど」
「何でしょう」
「僕のコマーシャルの契約金を調べて欲しいんだけど」
「無理です。大事な経理はロックされていて社長以外解除できません」
「なるほど、誰も信用しない社長のやりそうなことだな」
「聞きたいことがあるんだけど、私が入社して三ヵ月の間数人の所属タレントや、俳優達が辞めるか辞めようとしているけど、何か原因があるの?」
「それは、あの女社長が原因だよ。あの人は経営者に向いていない。あの人がこれまで大きくなったのは一ノ瀬ヒロトのお陰だよ。人気も実力あったヒロトが稼いだからこの会社が大きく成長したのさ。米田の力なんて何もない。あるとしたら、偶然と言う必然でヒロトをスカウトしてきたことくらいだよ」
「でも、ヒロトさんというアーティストは突然失踪した」
「彼は芸能界に入るべきじゃなかった。いや米田加世子に会うべきじゃなかった。僕の知っているヒロトは複雑な男だった。孤独をを抱えながら、限りない優しさも持ち合わせいた。同時に鋭い洞察力も兼ね備えていた。その洞察が時にナイフのように鋭くて人間の裏の本質を暴く。暴かれた者は恐怖と時に彼に憎悪を抱いてしまう。何故なら隠していた醜さを暴かれた本人は恥部をさらけ出されたようなものだからね。
純粋過ぎると言うことは時に怖さにもなる。澄んだ奇麗な目をしていて、あの目で見られたら自分の内面がどれほど汚れているか向き合わされる。いつか彼に僕のドロドロした内面を暴き出されやしないかと内心警戒しながらつきあっていたよ。
彼はね一万円で仕事を受けても、百万円で受けても平等に誠実に仕事をする男だった。その姿は素晴らしいと思う。でも現実は売上至上主義、利益優先それが現実さ。ある意味僕もその色にどっぷりと浸かっている。でも彼は違った。売れるかではなく、自分の音楽性にとことんこだわっていた。
お金や物質を得ることこそが豊かで幸福になると信じている人は 彼を排除したがっていた。頑固で芸術性ばかりを求めて売上や利益のことなど考えていないから徐々に疎んじられていた。いい男だったよ。人間としても男としても、社長から離れたい気持ちは僕も理解できるよ。僕も再契約はしないよ。米田とは一生おさらばさ」
沢渡啓介は私の説得は無理とわかったのかあきらめたように
「米田にいいように使われないようにね」
と言い、店を出て行った。

数ヵ月後、沢渡啓介は契約満期が終了して会社を去って行った。
会社内も米田の周辺もしばらく静かな日々が続いていた。が、事件は水面下で起きていていたのだ。
明美とランチを終えて会社に戻った時のことだった。
米田が髪を振り乱して叫んでいた。
「河原崎の野郎!私を裏切りやがって!許さない!」
「どうしたんですか?」
「河原崎が私のお金を盗んで逃げたのよ!金庫の中のお金が全部ないのよ」
奥の小部屋にある重厚な黒い金庫の扉が半開きになっている。
 河原崎よ!とうとう、やったわね。
 私は河原崎の無機質な表情を思い浮かべていた。微動だにしない独特の表情の内側は米田への憎悪、憤りの炎が燃えていたのだ。水面下で蓄積されていたのだ。そしてあらゆる負の感情は復讐となって爆発した。
「警察を呼びましょう」
と言う私に米田は
「馬鹿!警察を呼べるわけないでしょう」
「だって、お金を盗まれたのですよ。大事件です」
「そのお金は、世間に見つかっちゃだめなやつなの」
「はっ?」
「もう鈍い奴ね。馬鹿!もし外部に知れたら、私は逮捕されるんだから」
河原崎は世間に知られてはならないお金を承知で持ち逃げしたのだ。
絶対に捕まらないということをわかっていたのだ。
米田はすぐに私立探偵を雇って調査した。その結果、
河原崎は沢渡啓介と一緒にフィリピンに逃亡していたのが判明した。
二人は共犯者だったのだ。
沢渡啓介は諦めたのではなく共犯相手を見つけたのだ。
米田は半狂乱になった。
「二人で私を騙していた!卑怯な真似をしやがって。どうしてどいつもこいつも私を裏切るの」
部屋の中を歩きながらブツブツ独り言を言いながら歩き回る。
そして足を止めて引出しを開けると煎餅を取り出し前歯をむき出してかじった。ガリ、ゴリ、ガリ、この状況でも煎餅を食べられるのだ。
米田にとって煎餅は精神安定剤なのかも知れない。
「今日はもう仕事は終り。春香ちょっと付き合ってちょうだい」
私の都合も無視して、米田は強引に誘ってきた。
満員の居酒屋に入ると米田はビールを一気飲みした。
ジョッキを片手につまみを次々に口の中に入れていく。
刺身の盛り合わせ、鳥のから揚げ、蒸した野菜、牛肉のガーリック炒め、
「社長って食べることが大好きなんですね」
「食べること以外に楽しいことないわ。春香もどんどん好きなもの注文して」
食べ過ぎるということは愛情の欠落を埋める行為であると誰かが言っていたことを思い出す。米田も愛情不足を食べることで埋めているのだろうか。
ビール、ハイボール、焼酎を次々と浴びるように飲む。
「ううう、なんで、なんで皆私から去って行くのよ。なんでよお、ううう。
私の何が悪いの?春香教えてよ、私の何がいけないのよ。私はひとりでこんなにがんばっているのに。みんな私から去って行くの」
感情は錯乱して、ひとりでは歩けない泥酔状態だ。
米田のバッグをから財布を取り出して、運転免許証を見つけると住所を確認して身体を支えながら大通りに出てタクシーを拾った。
マンションに着き、部屋の鍵を取り出してドアを開けた。
寄りかかつている米田の身体をソファに寝かせる。部屋の中を見渡す。
テレビの横のサイドボードに視線を移した。ヒロトと米田二人で写った
写真フレームが飾られている。展望台を背にピースをしている米田の笑顔。海を背景に肩を組んでいる二人さまざまな場所で二人だけの写真がある。
引出しを開けてみた。
「○○探偵所」と印刷してある封筒が目にはいった。
A4サイズの用紙に書かれている文字にくぎ付けになる。
一ノ瀬ヒロト 調査項目    素行調査
午後7時Hテレビ局を出てきてH氏ひとりで移動する
ヒロトが一人でテレビ局から出てくる写真添付
午後8時 A町BAR小さな日記へH氏ひとりで入るのを確認する
小さな日記の入口の写真の添付
午後10時バー小さな日記からH氏一人で出てくることを確認する。
×月×日
AM8時 H氏自宅マンションから出てくる。待機していたワゴン車に乗り移動する
ワゴン車に乗り込むの写真添付
AM8時30分 国道沿いでひとりの女性が同乗する
AM10時Zキャンプ場に着いたのを確認する。
H氏 男性一名 (男性はBAR小さな日記のマスターとみられる)
女性1名
3人でキャンプ場で5時間程いる
3人で食事をしている写真添付
H氏と女性(不明)2人で散歩をする。
H氏が女性の肩を抱き寄せるのを確認する
PM6時 Zキャンプからワゴン車で移動する
PM7時30分 女性が朝乗った場所で降りるのを確認する。
PM8時H氏自宅のマンションの前でワゴン車から降りるのを確認する。
初見
今回の調査において対象者のH氏行動は、テレビ局と自宅へ帰宅以外の行動はBAR小さな日記へ3度行くのを確認する。
キャンプへ行った男性はバBAR小さな日記のマスター、女性は不明、
以上で2週間の対象者H氏の調査を終了する

キャンプに行ったあの日、尾行されていたのだ。私の身体は膠着していた。キャップ防止を深く被りサングラスをしている私を私立探偵は確認できず報告していないのは幸いだ。
小さな引出しを開ける。米田加代子様宛の封筒に書いてある。手に取り裏を見る。
一ノ瀬ヒロトより
その時、突然米田が唸るように呟いた。「ヒロト~」米田は呟いた後、すぐに寝息をたてた。封筒から取り出し便箋を開いた。
「この手紙を読む頃には、僕はもうここに僕はいない。あなたが消えるか。僕が消えるか。あなたを消すか。僕が僕を消すか。今二択以外の選択がない究極の状態、極限状態に追い込まれている。あなたと出会ったのは僕が十三歳になったばかりの春、路上で僕が生活の為に歌っていた時だった。偶然通りかかったあなたは僕を見つけた。僕にとってあなたは救世主だった。これで、母と姉を貧乏から救ってあげられる。今の貧乏生活から抜けられると。僕の歌う歌は若者の支持を得て一躍人気アーティストになった。母と姉の生活が豊かになり、穏やかな生活を送れる人生に僕は人生の幸福を初めて感じた。幸せは続くと思っていた。あの事件が起きるまでは。あの日の行為を何故と問われてもその感情を今思い出すことができない。あの夜、初めての韓国公演を終えホテルに宿泊した夜、僕達は境界線を越えてしまった。あなたは僕の初めての女になってしまった。それは僕の未来の女性観を変えてしまう衝撃な出来事だった。その日から僕達は動物のように絡み合い、快楽だけを求めて男女の行為を繰り返した。何度も、何度も、辞めようと試みた。でも僕は忘れられなかった。あなたに恋しているのでなく、あなたの身体が忘れられなかった。数年間の歪んだ関係はお互いの感情が変化し、変貌していった。あなたの執拗な嫉妬と束縛と、猜疑心で僕の人生の歯車は負の坂道へ転げていった。愛する女性の身辺捜査をするとあなたが言った時僕の身体は震えた。また、僕の人生を、愛する人を壊していくと。愛する者の為に                あなたを消すか、僕が消えるか。僕は消える。僕は僕自身を消す。」
私は天を仰ぎ深いため息をついた。これですべてがわかった・・・・・ヒロトは自分を壊さない為に、そして私を守る為に自分が消えること、いなくなる以外に方法はなかったのだ。米田に関わった人々は人格が壊れていく、沢渡啓介、永田レイも米田に関わったことで、本質の潜在意識が表に現れた。河原崎は負の感情が蓄積し噴火して横領劇を演じた。この女は何者だろう。人間なのだろうか。それとも人間のカタチをした別の生きものだろうか。目の前でいびきをかいて寝ている米田に言葉では言い表せない不気味さを感じた。私は逃げるように部屋を出た。 
その夜夢をみた。夢の中でヒロトが歌っている。夢は臨場感をもって私の魂に寄り添ってきた。

 ♪僕の瞳から流れる涙を君は知っている?
僕はずっと君からの許しを待っているのを知っている?
僕はずっとずっと両手を広げて待っているのを知っている?
僕は君がいつか腕に飛び込んでくるのを待っているんだ
そして遠くに見える光の場所へ
希望と喜びしか見えない場所へ二人で歩いて行きたいんだ眩しいほどに光輝く場所へ二人で歩いて行きたい♪                

 月曜日、久しぶりに明美と食べるランチの時間。明美の電携帯電話が鳴った。明美はパスタを絡めたフォークを置き携帯電話を耳にあてた。「えっ、遊園地に?行かない、行かない。誰かほかの人誘って。興味ないから。こっちはいつもい、いつも遊園地にいるようなものだもの。どういう意味かって?私の会社はアミューズメントパークなの。いつも何かが起こる米田遊園地、退屈しないわ。ぎゃははは」
明美の独特な笑い声に隣の席の男性が振り向く。明美は携帯電話をテーブルに置くと溜息をついた。
「ああ、河原崎は突然いなくなるし、俳優やタレントも知らない間に辞めているし、どうなっているのよこの会社は」
「明美さんはこの会社に入社したのはいつ?」
「一年前よ」
「ということは、一ノ瀬ヒロトさんがまだいた頃ね」
「そう、すごくいい人だった。スタッフにも分け隔てなく優しくて、私は一番好きなアーティストだったわ。でも突然いなくなっちゃった」
「この会社は不思議ね。辞めていく人もいるけれど、人気俳優やタレントが在籍している」
「そうなのよ。芸能界の七不思議って陰で噂している。社内の社長はいつも煎餅を食べてヒステリックに喚いているだけなのに。スカウトする能力は天才だって業界では有名な話よ」
「でも去って行く人も多くいるわ」
「結局米田は人との関係を築いていくのが下手なのよ。それも超下手。私はそういう米田を見ているのが楽しい。だって米田劇場を毎日観られるんだもの。ぎゃははは」
明美は笑いながら携帯電話を取り、YouTube動画を向けながら言った。
「ねえ、私が最近はまっている歌を聞いて。すごく心に沁みるの」
私は携帯電話尾覗いた。そして動画から流れてくる歌声を聴いた瞬間身体が固まった。
♪僕の瞳から流れる涙を君は知っている?
僕はずっと君からの許しを待っているのを知っている?
僕はずっとずっと両手を広げて待っているのを知っている?
僕は君がいつか腕に飛び込んでくるのを待っているんだ
そして遠くに見える光の場所へ
希望と喜びしか見えない場所へ二人で歩いて行きたい
眩しいほどに光輝く場所へ二人で歩いて行きたい♪              もし、僕が鳥になれるのなら今すぐに飛んで君のもとへ飛んでいきたい
許されたい、君に許されたい君のいない季節を過ごした日々
僕は色のない世界にいたんだだから君と一緒に色を染めて生きたい
そして遠くに見える光の場所へ希望と喜びしか見えない場所へ
二人で歩いて行きたいんだ♪
嗚咽している私を見た明美が驚いて言った。
「どうしたの?」「ううう・・・」
言葉にならない。明美は表情を崩しながら、
「わかるわ。うん、わかる、この歌聞くと切なくて私も涙が出ちゃうもの」と言い鼻水を指で拭いた。私の涙を誤解する単純で素直な、短い関係だったけれど明美の屈託のない笑い声と、幼子のようなお茶目な言動に何度も慰められた。私は言葉を噛みしめながら言った。「明美さん、今までありがとう。あなたにとても救われたわ」
「どうしたの。まるでさよならするみたいじゃない」
「私会社辞めるわ」
 

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