彼女は悪魔?天使?救世主?第3話

リビングの部屋は、革のソファとガラスの小さなテーブル、離れた位置に小さな食卓用の椅子とテーブルがあるだけだ。
恋子は私をじっと見つめる。なんて魅力的な表情をするのだろう。
霞に覆われたようなアンニュイな表情、男を知りつくした熟女のような雰囲気を醸し出す。変幻自在に変貌するこの女はいくつ顔を持っているのだろう。恋子は自分自身へ呟くように言った。
「私のことを色々と調べていたみたいね。ごくろうさま」
卑屈な表情を一瞬みせた後自分自身に確認するように話し始めた。
「世間の女達は男を知らなさすぎるわ。男なんてアキレス腱さえ知っていればイチコロなのに」
「アキレス腱?」
「そう、その男だけが持っている一番の弱点、一番弱いところ」
「弱点を探って相手の人生を崩壊させることそれが恋子さんの恋愛方法なの?」
「あら、挑発的ね。たとえば、妻子を捨てて私を追いかけ回していた男はセクシーな女が大好物なの。」
「だから好みの女に変身して惚れさせたってこと?」
「そうよ、男達は簡単に落ちたわ。でもまさかストーカーになるとは予想外だったけど」
「恋子さんにとって恋はゲームなの?ゲームだから恋のゲームの終わりは
消息不明になるの。リセットするの?」
「ゲームは攻略したら終了でしょう」
「そんなの本物の恋じゃないわ。恋は相手の好みの女になることじゃない。
相手に対して誠実でいるべきだわ。」
途端に恋子は高笑いをした。
「あははは、甘いわね。だから翔太に振られるのよ。
男に振られた女達は、必ず口にする台詞があるわ。彼の為にしたのにって。
突然のデートをキャンセルされても我慢する、会いたい時だけ突然の呼び出されてもウキウキと会いに行く。たとえ女友達との約束が先でも、男と過ごす時間を優先する愚かな女達ばかり」
「それが恋でしょう。好きになってしまったら理性を超える感情が生まれるわ。あなたは恋をしたことがないの?」
私は攻撃的な口調で言った。
「恋か、そんなに恋愛って素晴らしいもの?」
恋子の声のトーンが落ちていく。
「あなたのような魅力ある女性が何故こんな負の恋愛をするの?
男によって性格を変え、容姿を変えてそこに何を求めているの?」
「私はただ楽しんでいただけ。時に少女のように。時に娼婦のように。時に淑女のように。その時々に、オンナを楽しんでいただけよ」
恋子は悲哀と憂いと荒廃の混じった表情の笑顔で呟いた。
「この世で女優を演じることを楽しんでいただけ」
「でもあなたによって人生を狂わされた男もいるわ」
「それは違うわ。その男はほんとの自分に戻っただけよ。
戻りたかった背中を私が押してあげた。決めたのは男達。
社会の組織に縛られて心の奥に眠っていたほんとの自分が求めていることに気づいた。彼らは自分がしたいことに気づき目覚めたのよ」
「目覚めさせるためにあなたは性格を変え、容姿を変えて男達の人生に関わったとそう言いたいの?あなたは、そこに何を求めていたの?」
「私は手を差し伸べたわ。だってみんな自分がしたいことに素直になってないんだもの。ううん、ほんとの自分の心に向き合ったことがないのかもしれない。だから私は私の感性でピンとした男達に出会うと殻を破いてほんとの気持ちを表に剥き出す手伝いをしてあげたの」
「何のために?」
「彼らの声が聞こえたからよ」
「何を言っているのか意味が分からないわ」
「キヅキさん、あなたは現実の世界に何も求めているの?」
「意味なんて考えたことないわ。毎日健康で楽しく生活ができればいいと思っているわ」
「ほんとに幸せな人ね」
「その言い方、むかつくわ。私をからかって楽しんでいたの?」
「違うその逆よ。あなたの屈託のなさや、日常の出来事を楽しんでいるあなたがとても羨ましかった。あなたと友達として出会っていたら私の人生も変わっていたかしらって思うわ。もし、この親の子供じゃなかったら、もし、あなたと、幼い時から友達だったら、もしも、もしも、きりがないわね。
もう生きることに飽きちゃった」
まるで自分自身に語りかけるように、恋子は寂しく呟いた。
私は言葉にならない感情が込み上げて涙が頬を伝わった。
私を見た恋子は少し驚いた表情をしたが、何も言わず微笑んだ。
そして窓際に歩いて行き空を見上げた。
「ねえ、この空を飛んでみたいと思ったことない?
私はあの空を飛びたいって毎日思っているの。肉体という不自由な物体から解放されてじゃあねってさよならと言えたらどんなに幸せかしら」
そして私の方を振り向いた。
「キヅキさん・・・きづき・・・素晴らしい名前だわ。あなたの名前も偶然じゃなさそうね。ほんとの自分に、ほんとになりたい自分に早く【気づいてね】と、名前が叫んでいるわよ」
穏やかに笑う表情はまるでこの世のものとは思えない慈愛に満ちていた。
恋子の身体が透けて外の景色が見える程の透明感に私は涙が溢れて止まらなかった。それが恋子の姿を見た最後となった。
 
田宮からメールが届いたのは恋子が消息不明となってから二週間過ぎた頃だった。
「元気ですか。僕は来月カナダへ留学します。
今まで親の庇護の元で甘えて生きていました。
経済的な不自由のない生活、親子関係も友人達とのつきあいも悩むことなく
今日まで生きてきました。これでいいと何の疑問も持たずこれからも
生きていくだろうと漠然と考えていました。しかし、恋子と出会って
僕の殻は破れた。今にして思えば、恋子は僕の固定観念の殻を破りほんとの自分を探す手伝いをしてくれた救世主だったと確信しています。
君もほんとに大事なものを、見つけてください。
君と出会わせてくれたのも恋子です。
彼女は出会ったすべての人々の救世主であったのだと確信しています。
すべての出会いにありがとう。さようなら」
 
今でも時々思う。
私が出会った恋子は現実に存在していたのだろうか。
私が経験したものこそが、バーチャル世界だったのではないだろうかと。
無いと思っている世界、それは、有る世界なのかもしれない。私はどこかでそのことを意味もなく信じる自分がいた。空を見上げると白い雲がぽっかりと浮かんでいた。
どこからか恋子の声が聞こえてくるような気がした。
「ねえ、とっても気分がいいの。あなたも雲に乗って空を飛んでみない?」」
 
 


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