トップランナーはふくらはぎを使って走ってるの?それとも?

ケニア人トップランナーって全体的に下腿が細くて長いですよね.ふくらはぎの筋肉も少ないように見えます.日本人のトップランナーも下腿が細い人が多い傾向があるような気がします.ご存知の通り,ふくらはぎの筋肉は下図のように足首を伸ばす(底屈)時に主に使われます(汚い足ですみません).

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筋肉は基本的に負荷をたくさんかけると大きくなりますね.なるほど,じゃあ速いランナーはふくらはぎの筋肉はあまり使っていないのか!と考えるのは自然なことのように思います.でも本当でしょうか?

実は大部分の速いランナーを複数人集めて観察した研究では,平均的に速いランナーはランニング中に足首を伸ばす力をより大きく発揮していることが報告されています(例えば,Preece et al., 2018).ふくらはぎの筋肉(下腿三頭筋)は,アキレス腱に繋がっていて,大きな力を発揮するほどアキレス腱に蓄えられるエネルギーが大きくなり,蓄えられた力は立脚期(接地時している区間)の後半で運動するエネルギーに変換されると考えられています.つまり,計測されたデータ上は明らかにふくらはぎの力をより大きく発揮しています.

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ふくらはぎで大きな力発揮をすることは弾性エネルギーをより多く活用できるという利点があります.一方,大きな力発揮をするということはそれだけ大きな代謝エネルギーを使うということでもあるので,このバランスによって有利な人もいれば不利な人もいるわけです.では,速いランナーは単にふくらはぎの力が強いだけなのでしょうか?

これについては,確かに一般的な人に比べれば足首の力は強いと思いますが,エリートランナーのふくらはぎが特別発達しているか?というと先ほど述べた通り,少なくても見た目ではそのように見えないのではないかと思います.すると,何か別に大きな力発揮できる理由や,大きな力発揮をしてもあまり疲れない(エネルギーを使わない)理由があるのではないか?と考えたくなりますね?ね?

(多分)全て明らかにされているわけではありませんが,その理由を説明するデータはいくつか知られています.例えば,下図のように速いランナーやランニングエコノミーに優れるランナーは足首の運動範囲が小さく,ふくらはぎの短縮量が少ない傾向があります.筋肉は短縮するときにより大きくエネルギーを消費するので,短縮量が少なければエネルギーの節約になると考えられます.

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他にも,筋繊維の走行方向,アキレス腱モーメントアーム,足首の硬さなどなど,大きな力を発揮しつつ,エネルギー消費を抑えるような特徴が様々報告されています(が,長くなるので省きます).トレーニングを考える上で,個人的には「至適長」を理解することが最も重要と思いますのでそれだけ書きますね.

筋肉には最も大きな力を出せる長さがあります.これを至適長と呼んでいます.足首の運動で考えると,最も大きな力を出せる足首の角度があります.正確に言うと,足首を伸ばす筋肉の一つである腓腹筋は膝関節もまたいでいるので膝の角度の影響も受けます.下図は,幾つかの膝関節角度と足関節角度で足首を伸ばす力(Plantar Flexion Torque)を測定した結果です.赤枠はランニング中の膝関節角度に近い150度の時,足関節角度を75~120度に変化させて最大努力時の足首の力を測定したものです.足首の角度が75度の時(つま先を上げている時)に比べて,120度の時(つま先を下げている時)は半分ほどの力しか出ていないことがわかります.

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Gastrocnemius and soleus muscle contributions to ankle plantar flexion torque as a function of ankle and knee angle. (2020). Sports Injuries & Medicine. https://doi.org/10.29011/2576-9596.100063  より引用

こんなふうに,力発揮が苦手な関節角度では,大きな努力感があっても対して力は出ていないということがあり得ます.ここからは,仮説の域を出ませんが,トップランナーほど力発揮しやすい関節角度で足首を使っているから必要以上に筋肥大も起こさないし,疲労もそれほど蓄積しないのかも知れません.

結論
トップランナーはおそらく大きな力発揮はしているけれども,ふくらはぎのエネルギー消費は大きな力発揮している割には大きくない可能性がある.
ふくらはぎの筋肉を至適長で使うことが足首で大きな力発揮するために重要と考えられる.

終わり

参考
Preece, S. J., Bramah, C., & Mason, D. (2018). The biomechanical characteristics of high-performance endurance running. European Journal of Sport Science: EJSS: Official Journal of the European College of Sport Science, 1–9. https://doi.org/10.1080/17461391.2018.1554707