良いランニングフォームとはなんですか?

っていう質問を,裸足で公園を走っている時に深田恭子似の美女ランナーに突然される可能性がゼロではないと思ったので,これを機に整理しておこうかと思います.

テレビで見るようなトップランナーと,街で見かけるランナーのランニングフォームは,たとえ同じ速度で走っていても全然違う動作をしているように見えますし,ランナーのパフォーマンスレベルによってランニングフォームは異なるということがいくつかの研究でも示されていますので,”良いランニングフォーム”みたいなものはあるような気がしますよね.しかし,それは特定の個人にとって”良い”フォームなのか,誰にとっても共通に”良い”フォームなのかはどうでしょうか?もし誰にとっても”良い”ランニングフォームがあるのなら,あまり走るのが速くない人がそのランニングフォームで走れたら速く走れるようになりそうですね.しかし,残念ながら可能性は非常に低いでしょう.例えば,トップランナーはあまり踵に荷重がかからないような走り方(いわゆるフォアフットランニング)をしていると言われていますが,一般のヒールストライクランニングを行っている人が,意図的にフォアフットランニングをしても速く走れるようにはならないことが一貫して示されています.

これは,速く走れる人はそのランニングフォームが一番速く走れるような身体特徴を持っている,もしくはそういう身体になるように鍛えられているから,と解釈してはどうでしょうか?例えば,軽自動車の見た目だけをスポーツカーに変えても速くはなりません.逆にスポーツカーのエンジンを軽自動車に乗せても恐ろしくて全開では走れないでしょう.中身と見た目は合理的なバランスが取れてはじめて能力を最大限発揮できるものなのかと思います.人でエンジンに対応するものは,心臓や骨格,筋肉,腱などと考えて良いかと思いますが,速く走れる人は,このエンジンに相当する部分に特徴があって,それに相応しい”見た目”として特徴的なランニングフォームがある,と考えるとランニングフォームだけを真似てみても即効性の効果がないことがご理解いただけるかと思います..

では,ランニングフォームはどうでもいいのか?というと,私はそうとも思いません.幸いなことに,車と違って我々人間には適応という機能が備わっています.心臓,筋肉,腱などは与えられた負荷に耐えられるようにその特性を変化させていくことができます.つまり,ある時点では身体機能に対して不相応のフォームで走っていても,それを続けて行くうちにだんだんとそれに見合った機能が備わっていく可能性があるわけです.ただし,それにも限界があって,例えばどんなに頑張って腕を鍛えても脚の筋力にはかなわないように,身体機能は無限に強化されていくわけではありません.そのため,その人の潜在能力が最大限発揮されるように鍛えることが重要です.筋肉について言えば,筋肉の長さや収縮速度,筋繊維組成(速筋繊維,遅筋繊維など)によって一番効率の良い使い方が異なり,人によって骨格や筋肉のつき方,特性は違います.そのため,自分の筋肉のつき方や,筋繊維組成,筋の付着点(モーメントアーム)や,骨格特徴,腱の長さなどを総合的に考慮して最適なフォームでトレーニングすることが重要です!・・・と言いたいところですが,まあ難しい(無理)と思うので,少し妥協して,速い人のランニングフォームを観察して,その根底にある”良さ”,”凄さ”,を理解して参考にしましょう!というわけです.私としては,世界記録や日本記録を出すような特別に速い人は,ランニングフォーム以外の特別な身体特徴があまりにも前面に出てきてしまう可能性が高いので,”そこそこ”速い人をなるべく多く観察して総合的に検討する方が有意義なのでは?と考えています.また,観察する際に重要な点は,誰にとっても共通で合理的な要素と,その人特有の特徴に起因する要素に分けることです.ちなみにトレーニングの参考にできるのは(多分)前者のみです.

”誰にとっても共通で合理的な要素”を考えるときのヒントは,筋肉のより細かい単位(できればサルコメアレベルで)で合理的であることが説明できるかどうか?がポイントでしょう.既に述べた通り,確かに筋肉のつき方や組成などは非常に個人差がありますが,筋肉の収縮メカニズムは基本的には人によって変わらず,筋肉にとってどんな運動が得意で不得意かは”誰にとっても共通”です.筋肉の活動様式には複数あり,代表的なものとして縮みながら力発揮するコンセントリック収縮,長さを変えずに力発揮するアイソメトリック収縮,伸ばされながら力発揮するエキセントリック収縮があります.筋肉が一番エネルギーを消費する上に,大きな力も出せないのはコンセントリック収縮であることが知られています.また速く縮もうとするほど発揮できる力も小さく,エネルギーも多く使ってしまいます.他にも筋肉は最も力発揮しやすい長さ(至適長)というものもあり,同じ力発揮でも余力が変わってきます.同じ力でも,最大努力に近い場合より余力がある方がエネルギー消費量は少なくなります.筋肉が効率よく大きな力を出すための条件は他にもたくさんあるのですが,私の知る限り,速いランナーというのは,その集団の先天的な身体特徴を差し引いても,筋肉を効率的に使うことにつながるフォームで走っている傾向があります.例えば,よく股関節の筋肉をしっかり使って走ることが良いと言われます.速く走る時には,足先を素早く後方に動かさないと行けません.釣り竿を思い浮かべてください.根本を少し動かすだけで先端はすごいスピードが出ますね?同様に脚の根本を動かす筋肉(股関節をまたぐ筋肉)を少し収縮させるだけで先端(足部)は大きく動いてくれます.他にも,速い人は足首があまり動かない(固定されている)みたいなことも聞いたことありませんか?足首が固定されているということは,足首を動かす筋肉である下腿三頭筋(ふくらはぎ)の筋肉をあまり短縮させていないということです.逆に遅い人は前腿の筋肉(大腿四頭筋)が発達している人が多く,膝を伸ばして地面をキックする傾向があります.膝の筋肉は瞬間的な大きな力を出すことは得意ですが,素早く短縮する(=素早く膝を伸ばす)のはあまり得意ではありません(もちろん個人差があります).このような観点で速いランナーのフォームを観察して,自分のフォームの参考にしてみると良いのかと思います.

結論
良いランニングフォームとは,その人の潜在的な身体能力を最大限引き出せるランニングフォーム.しかし個人にとっての最適なフォームは神のみぞ知るので,速いランナーのフォームを観察してみるのは良いのではないか?その際は,速いランナーの個人的特徴ではなく,人間共通に合理的な要素(筋肉の基本特性など)に注目するべき.

おまけ
ちなみに私は長距離ランナーがウエイトトレーニングをすることでパフォーマンスが向上する場合の大きな理由の一つが,筋力が向上することそのものよりも,筋肉の効率的な使い方を習得できることではないかと考えています.