NHKの平成のまとめが「野球の30年」でなくて「将棋の30年」だった訳

NHKの平成のまとめが「野球の30年」でなくて「将棋の30年」だった訳

平成の将棋と技術の進歩

 平成の30年間は羽生時代だった。平成の初め頃、連続幼女殺人事件があり、犯人が将棋が好きで「矢倉が得意」と言い、「将棋は暗い」というイメージからスタートした。
 将棋のソフトは最初とても弱かったが、将棋の棋譜の整理にはソフトが使われるようになった。インターネットの時代になって、「高速道路で強くなってその先に渋滞がある」という言葉が将棋界で生まれた。情報はどこにいてもネット上に落ちていて、誰でもよいものを得ることができるようになった。以前は、情報のある東京か大阪にいないと強くなれなかった。今は「○○島」にいても全国優勝できる。誰でも一気に強くなれるがその先には渋滞が起こる。渋滞を抜けるには、才能とか人がやらない努力とかセンスとか情報の選別のよさとか、知的思考の洗練化とか人より抜きでないといけない。
 2004年頃に「遠州将棋まつり」で将棋のソフトと対戦して負かされた。これをNHKのEテレの番組にされてしまった。こんな強いとは思わなかったので将棋ソフト「劇指し2
」を買った。たまには勝てたが大きく負け越していた。
 「劇指し4」の頃、後に初代叡王となる高見泰地少年と指してもらったら、高見少年は勝てた。
 コンピュータソフトは最初、将棋の強いプログラマーがいろいろなノウハウをプログラミングしていった。強いプロ棋士の指し手を解析していた。言わば「教師あり学習」だ。今のソフトは、ソフトがソフトと対戦して自分で法則性を見つけていく「教師なし学習」になっている。
 ニコニコ動画で「コンピュータソフトに勝ったら百万円」「勝ったら三百万円」というイベントに参加した。ニコニコ動画の稼ぎ頭は「政治」と「アニメ」と「将棋」だからお金も出せる。見事に負かされた。コンピュータの指し手は美しく合理的で人間業ではなかった。私はこんな見事なものをつくってみたいと思うようになった。
 昭和の振り返りだったら野球をやったと思う。平成の振り返りに野球ではなく将棋が選ばれたのにオタクたちは喜んだに違いない。これらの技術の流れに乗って「三月のライオン」のブーム、藤井効果、羽生永世七冠と国民栄誉賞のニュースが続いた。「将棋をやっている子は成績がいい」という評判と共に将棋ブームが出てきた。

shogi 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?