「猫、主婦、守る」 第二話

◯自宅・和室
   ゆかりが仏壇の前に座り線香を上げる
   手を合わせて雅史の写真を見つめ
ゆかり「おはよう」
   その様子を部屋の外から見つめているライト
   その横で桃子も一緒に見つめている
ライトN「人間は『学校』ってとこに通うらしい。雅史とゆかりはそこで出会ったんそうだ」
    「その後二人は同じ『会社』ってとこに入って、雅史はゆかりに言ったそうだ」

   回想・始
   22歳の雅史とゆかり
   雅史は橋の欄干に足をかけ
雅史「結婚してくれなきゃ、僕は死ぬ!!」
ゆかり「この高さじゃ死ねないわよ」
ライトN「すごいな『結婚』って」
   回想・終

   ライト、リビングの方へ歩いていく
   桃子もついていく

◯自宅・リビング
   誰もいないリビングを見渡すライトと桃子の背中
ライトN「『癌』っていう病気? だったらしい。雅史は日に日に痩せていき、走れなくなって、歩けなくなって、笑わなくなって……」
   痩せ細った雅史がベッドの上で息を引き取る瞬間を思い出すライト
ライト「……結婚しても死んでるじゃねえか」
   ゆかりがリビングに入ってきてキッチンでライトのご飯を用意する
   その音を聞いてライトの耳がピクっと動く
   ライト、キッチンの方へ歩いて行く
ライトN「ま、ここにいれば食いっぱぐれることはない。それに三年も家猫やってりゃ、いまさら野良には戻れない」
   ゆかり、ライトの器を手に近づいてくるがライトを見て足を止める
ライトN「だが、やっぱり問題なのは……」
   ライト、ゆかりを見上げる
   ゆかり、ガタガタと震え緊張した表情でライトを見つめる
   器を持つ手震えてご飯がこぼれている
ライトN「こいつだ」
ゆかり「も…………桃子」
   桃子、ゆかりに駆け寄る。ゆかりから器をもらいライトの前に置く
   ライト、ご飯を食べる
ライトN「子供の頃、悪さをされたことが原因で猫が怖くなったらしい。知らんがなって話だが……」
    「メシの用意やトイレの掃除は全部雅史がやってた。ゆかりには一度たりとも触れられたことがない」
ゆかり「桃子、買い物行こ」
   ゆかり、桃子の手を引っ張り部屋を出ていく
   桃子、ライトに手を振る
   ドアが閉まり、リビングに一人になるライト
   ご飯を食べ終わりソファの上で丸まる
ライトN「別に寂しくはないけど」

◯自宅・寝室(夜)
   ベッドに入るゆかり。桃子もその横で寝ている
ゆかり「おやすみ」
   桃子はゆかりにサムズアップ
   電気が消え暗くなる寝室

◯自宅・リビング(夜)
   ソファの上で丸まり寝ているライト
ライトN「雅史がいなくなって半年経」
    「特に変わることのない俺の生活」
   ガタガタと音がする
   ライトの耳がピクっと動き、顔を上げる
ライト「来た……」

◯自宅・廊下・寝室前(夜)
   廊下を歩くライト、寝室前に向かうと黒い靄のようなものが寝室の前にいる
ライト「おい」
   黒い靄はライトの方を見る
ライト「ここはお前のいるべき場所じゃない。帰れ」
ライトN「ただ一つ、面倒なことがある。それがこれ……」
   黒い靄は大きくなり、その中にギロっとした目が現れる
ライトN「霊だ」

◯自宅・寝室(夜)
   ゆかりは眠りについている
   ガタガタと動く扉に気づいた桃子が起き上がる

◯自宅・廊下・寝室前(夜)
霊「かえ、して……」
ライト「返して? 人違い、いや猫違いじゃねえか? 俺は何も持ってねえよ」
霊「返して!!」
   ライト、霊の波動に押され後ろに飛ぶ
ライト「うっ!」
霊「私の! 私の! 返せ! 返せ!!」
ライト「めんどくせえな……」
ライトN「全ての猫が”こういう存在”を見れるわけじゃないらしい」
    「雅史いわく、俺も特異体質だそうで」

   回想・始
   ご飯を食べてるライト、それを見つめている雅史
雅史「ねえねえライト、お願いがあるんだけど」
ライト「無理」
雅史「いや話くらい聞いてよ……」
  「これ、つけてくれないかな」
   雅史はライトに首輪を差し出す
ライト「出た〜、支配欲求丸出しアイテム」
   「お前らって猫をおもちゃとしか思ってないんだよな〜」
   「高齢化進んで滅びればいいのに」
雅史「違う違う! そうじゃなくて! メインはこっち」
   雅史は首輪に付けられた小さな袋を指差す
ライト「なんだ、それ?」
   雅史は袋を開け中身を取り出す
雅史「嬌那って石でね。舘御見村(おみたてむら)ってとこでもらったんだ」
   薄い鈍色に輝く宝石
ライト「変な色。でもなんで俺が?」
雅史「これを身につけるとね……霊と会話ができるんだ」
ライト「くたばれ」
   ライト、雅史の顔面に飛びつく
雅史「痛い痛い! 待って! 最後まで聞いて!」
  「視えるからって誰でも会話ができるわけじゃないんだ!」
  「ライトの精神力の強さならきっと会話できるはず!」
ライト「だから、なんで俺が」
雅史「守ってほしいんだ。ゆかりと桃子を」
ライト「……守る?」
雅史「やっぱり、まだ気づいてないんだね」
ライト「?」
雅史「ゆかり……超引き寄せ体質なんだ」
ライト「引き寄せ……」
雅史「ゆかりのそばには常に”何か”がいるんだ」
  「この世のものじゃない”何か”がね」
ライト「世話になったな。じゃっ」
   雅史、出て行こうとするライトを抱っこする
雅史「待って待って待って! お願いだよ!」
ライト「ざけんな! なんで俺まで巻き込まれなきゃいけねえんだ!」
雅史「僕がいなくなったら、守ってほしいんだ!」
   ライト、大人しくなり雅史を見上げる
ライト「…………いなくなるのか?」
雅史「…………例えば、の話だよ」
ライト「なんなんだお前」
雅史「でも、もしそうなったとしたら」
   雅史、ライトに首輪をつける
雅史「頼れるのは君しかいない」
ライト「……」
雅史「まかせたよ、ライト」
   雅史、笑顔でライトを見つめる
ライトN「それからすぐに、雅史はいなくなった」
   回想・終

   霊が徐々にライトに近づいてくる
霊「私の! 思い出! 返せ!」
ライト「……うぜぇ」
ライトN「だけど、約束だ……」
   霊、叫びながらこちらに来る
ライト「雅史は俺を生かしてくれた」
   「猫にだって義理はある! 来い! メンヘラ女!!」
霊「キョエェェェェェ!!!!」
   霊、ライトに飛びかかるがライトは高くジャンプし交わす
   ライト、霊に向かって威嚇
ライト「何度も言わせるな、ここはお前の場所じゃねえ」
   「消えろ」
   ギロリと睨むライトに怯える霊
霊「かえ、して」
ライト「聞こえなかったか?」
   「消えろっつってんだろ!!!」
霊「ひぃ〜〜〜」
   霊、黒い靄が薄くなっていく
ライトN「あと少し」
ライト「分かんねえなら力づくで行くぞ? あぁ?」
   ライト、霊に一歩ずつ近寄る
霊「やだ……やだ……」
ライトN「よし、このまま押していけば」
   その瞬間、後ろで扉が開く音がする
ライト「え」
   桃子が寝室から出てくる
ライト「お前! 何して!」
霊「返して……返してぇ!!」
   霊、黒い霧が大きくなりライトを吹き飛ばす
ライト「ぬあっ!!」
   桃子、ライトの方へ歩いてくる
ライト「こっちくんな! 部屋に戻れ!」
   桃子、ライトの前に立つと右手を差し出す
ライト「……って。な、なんだこれ……」
   桃子の手には青いネックレス
ライト「くれる? のか?」
   桃子、頷く
霊「私の! たぁくんとの思い出! 返して!」
ライト「たぁくん?」
   「うっ……!」
   ライト、頭痛が走り頭の中で記憶が広がる

   脳内再生・始
   霊の生前の記憶が広がる
   霊である女性がたぁくんと笑顔で一緒に手を繋ぎ歩いている
   ベンチに座る女性がたぁくんから青いネックレスをプレゼントされる
   ニッコリ笑い女性はたぁくんに抱きつく、幸せな時間が広がる
   交差点でたぁくんを待ってる女性、たぁくんが向かいの道路から走ってくる
   手を振る女性、青信号になりこちらに走ってくるたぁくん
   しかし、急に飛び込んできたトラックに轢かれ、たぁくんは即死
   葬儀場で呆然と遺影を見つめている女性
   フラフラと力無く歩く女性、事故のあった交差点に来ると女性はにっこり笑い車に飛び込む
   青いネックレスが舞う
   脳内再生・終

ライト「っ!!」
霊「かえ、して……」
ライト「それ、拾ったのか?」
   桃子、サムズアップ
ライト「グッじゃねえよ!!!」
   ライト、桃子からネックレスを取り霊の前に落とす
ライト「……悪かったな」
   霊、黒い靄が人の形になりネックレスを拾う
霊「あり、がとう……」
   霊、涙を流しながら笑い消えていく
   静寂が広がる
   桃子、ライトの頭を撫でトイレに向かう
ライト「疲れた……」

◯自宅・リビング
   翌朝、ゆかりがライトの器を手に持っている
   ゆかり、ガタガタと震えている。足元には器からこぼれたご飯
   ライト、ゆかりを見つめている
ゆかり「も、桃子ぉ〜」
   桃子、ゆかりの元へスタスタ歩いていき器をもらう
   そしてライトの前に器を置きライトはご飯を食べる
ライト(このワンクッションいらねえだろ……)
ライトN「こんな感じの毎日。安全な場所とメシを代わりに、こいつらを守ってる。番犬ならぬ番猫ってところか」
   ライト、ご飯を食べ切る
   桃子は器を取りゆかりに手渡す
   ライト、ゆかりに向かって鳴く
ゆかり「……ありがとう」
ライトN「ま、退屈することはないしそれなりに楽しんではいる」
   ライト、ソファに飛び乗り体を丸める
ライトN「めんどくさいことに変わりはないけどな」
   チラッとゆかりの方へ目をやるライト
   ゆかりの横には顔が半分ない女の霊がいる
ライト「はぁ……めんどくせえ」


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