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リアルファイトクラブ②-①

留置場

「起床!起床!」

留置場の朝は早い。毎日6時になると照明がついて、聞きたくもない留置係の声で起こされる。起きると牢屋にぶちこまれた現実から目をそらす事に精一杯だ。

「早く外に出たい」どんな強者でも逮捕され監禁されるとそう思うだろう。だが人間はバカな生き物だから、2週間もこの生活を続けると次第に慣れてくる。俺はゴルゴ13とのストリートファイトのお陰で逮捕されたが、余罪の窃盗、器物破損、建造物侵入、公務執行妨害の容疑で取り調べが長引いて、勾留生活も4ヶ月を迎えようとしていた。

取り調べは完全黙秘。憂鬱な検事調べも完全黙秘だ。待たされすぎて、機嫌が悪いからそれどころじゃない。腹いせに、検事の隣にいる書記の女の子が可愛かったもんだからつい「可愛い」なんて言って声を掛けてしまった。検事の心証は悪くなるばかりだ。

「おめでとう。どん底は目の前だ」

タイラーの呪縛は解けていない。

季節は春になった。少し留置場の気温も高く、暑さを感じている。バカな奴はここぞとばかりに筋トレを始める。そういう奴に限って大体ワキガだったりする。毎日、毎日、ワキガの臭いを嗅いでいると愛おしくなるくらいだ。ワキガの奴が拘置所送りになった日は、寂しくも嬉しい何ともいえない気持ちになった。

シラフ生活が続き過ぎて、俺は丸くなっていた。房の連中に対しても優しい俺がいる。房で出会う人間は一回分の友達。留置から拘置までの時間を共にする、それだけのこと。

「そうこうしてるうちに、誰の人生の残り時間もいずれはゼロになる」

誰にだって肘鉄を食らわされて、負け犬になった経験ぐらいはある。誰だってある。それが今ってだけの話だ。もう懲り懲りだ。普通に働いて、普通の生活をしよう。

酒やドラッグをやってないとあまりにも俺はシャイだった。同じ房にはキセルをした黒人と、窃盗で捕まったネパール人。そして、強制わいせつの日本人。以前の俺ならピンク野郎には、スクワット1000回を強制していたに違いない。今の俺は心のどこかで一欠片の静寂が欲しいのかもしれない。

焦ったってしょうがない。4ヶ月、4ヶ月の日々は俺を確実にまともな人間に成長させた。月、火、水、木、金、土、日で世界は回っていると思っていたけど、今は地球がただ回ってるだけなんだと気づけた。

留置係が俺に話し掛ける。

「今から新しい人が来るから、仲良くしてくれ」

あぁ、いいとも。仲良くするよ。こんな所で先輩ヅラする気になんてなれない。扉の解錠するガチャリという音が聞こえた。気にも止めない。普通を装う為に本を読み続けた。

「よろしくお願いします」

房に入ってきた人間が土下座をして挨拶をしている。その律儀さが、逆にただならぬ雰囲気をか持ち出している。手を見ると、小指と薬指が短い。顔を上げると一目で分かった。

「ヤクザだ」

乾いてひび割れそうになっていた全身の骨に、力が入るのが分かった。地球が動いた。その時、地球が逆に回り始めたのが分かった。

この世のクズだ。

(つづく)

私の格闘技活動と娘のミルクに使いたいです。