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大船渡のオーケストラのこれまでと今後に向けて

初めて岩手県沿岸地方にある大船渡を訪ねたのは2020年1月末だ。大船渡出身のピアニストで、震災後10年に渡り津波被害にあった故郷の復興支援のためのチャリティーコンサートを開いてきた桑原裕子さんからお誘いを頂いた。それまでにも彼女の故郷には長い間弦楽器の指導者がいないから指導に来てくれとは言われていたが、自宅でもできることを何もそんな遠くにまで行ってやりたくないと言うのが本音だった。(新幹線で一ノ関まで行き、そこから1時間半運転して4時間以上かかる。)オファーをいただくたびにのらりくらりとかわしていたのだが、ある時の一言に心が動いた。「オーケストラを作りたい。」と。まずは大船渡に同行してミニコンサートをやり幼稚園と学校の訪問をすることがその場で決まった。

ミニコンサートの会場となったレストランで終演後に現地の数名の方々と集まりがあり、それがオーケストラの結成式だと知ったのはその場でのことだ。さらに翌日の幼稚園訪問にはローカル紙の記者が取材に来て、その週末には「大船渡にオーケストラ発足」と一面に記事が踊り、指導に当たるのは私だと実名が載り退路を断たれたようなものだ。一連の流れには参ったが悦んでお受けした。

4月開始を目指したが、最初の緊急事態宣言が発出され、実際の活動開始は2020年6月末になった。アメリカ時代にユースオーケストラや音楽学校の立ち上げに関わった経験から、チェロの募集を始めからする様に進言し、5台のチェロを助成金と寄付で購入した。

6月と7月に行った体験会は予想を上回る人数が集まった。30キロ先の遠野に1人ヴァイオリンの先生がいるほかは、それぞれ20キロほど離れた釜石と気仙沼にヴァイオリンアンサンブルがあったそうだが、活動を辞めてしまったそうだ。コロナの影響もあったのだろうか。そんな事情も手伝ってか40名を超える体験希望が届き、25名ほどが会員となった。数ヶ月遅れてチェロレッスンも始まり、こちらも10数名の会員を得ることになった。

ヴァイオリンの会員の大半は還暦越えで未経験者だった。その中に子供の頃に先生についていた人が2人と、10年ほどヴァイオリングループに参加していた人が2人、弾ける小学校高学年が1人と5人だけ経験者がいた。このメンバーで10ヶ月後の春の発表会を目指してスタートした。

月に一度3日間しか滞在できないために、全員に個人指導をすると1人1回で終わってしまう。そこでグループレッスンにして3日の間に2回来てもらうことにした。またフォームなど始めに覚えることが多すぎる楽器なので、25本の解説動画を作り、レッスンをできない翌月までの間に困ったら参考にしてもらうことにした。

ここまでを聞くと、些かでもヴァイオリンに理解のある人には荒唐無稽に思われるだろう。しかし進歩のペースは私の予想を超えていた。マンツーマンの週一のレッスンを受けている人と遜色のない進歩をしている人もいる。コンサートを聴いて音程が良いと驚いてくれた人が多かったのは、指導したものとしては正直嬉しい。
その理由としては、まず熱心な方が多いということ。それから集まって一緒に練習する人達がいるということ。これは時間にも住宅事情にも余裕のない都会では珍しい光景で、地域性がプラスに表れているのだと思う。

10ヶ月後の第一回の発表会は大成功に終わった。数名のソロ演奏、鈴木メソッドの最初の5曲ほどを全員で演奏、最後にスコットランドのフィドル音楽の「Da Slokit Night シェトランドエア」という曲をヴァイオリン2部合奏とピアノの編曲で演奏した。「シェトランドエア」に感激してくれた大勢の人からまた聴きたいと反響があり、パートや音数を増やしてヴァージョンアップしながら今後も聴いていただくつもりだ。NHKの取材も入りコンサートの模様は『おはよう日本』で放映された。ビデオはここではシェアできないので、興味を持っていただけたら個人的にメッセージを下さい。

今後の課題の一つは子供の参加を増やす事だ。そこで始めたのは小学校での休み時間や放課後を利用した体験教室で、学校を定年退職した元先生の会員の方を中心に実行してくれている。この6月に始めてすでに子供が入会してきている。少子高齢化は問題だがこんなところでは逆に高齢者が大きな力になってくれている。

2年目の発表会は「シェトランドエア」に加えてヘンデルの「水上の音楽」より抜粋とパッヘルベルの「カノン」を演奏した。少々高望みの曲目だったがどうにかこなした。またこの日まで「大船渡にオーケストラを作る会」として活動していたが、名称が「リアスオーケストラ」になることが発表された。

3年目に向けた現在、2名がビオラを担当することになり弦4部が揃った。多くの人が左手のサードポジションをトライすることになり曲の選択が一気に広がるだろう。会員数増加に伴い2人目のヴァイオリン講師を採用し、隔週で私と交互で行く体制を作るのが目下の課題である。それによって毎週レッスンの受けられる地域との格差はほぼ無くなるだろう。また桑原さんの続けてきた復興チャリティーコンサートは演奏家を招いてのフェスティバルという形で定着していきそうだ。目に見えて変化していくのが感じられる文化活動に身を置くのは楽しい。


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