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そしたらちょっと書いてみる<創作のススメ>


小説を読むのは楽しいけれど、書くのもおんなじくらい楽しい。
リアルでもネットでも、ときどきそんな話になることがある。


「無理だよ、書けないよ」
必ずと言っていいくらい、そう返される。

「そうかな? そんなことないよ」
心からそう思って答えても、なぜかあんまり伝わらない。

「そしたらさ、ちょっと書いてみたらどうかな」
これはなかなか言えないのだけれど、いつもそう思っている。たぶん、いや、きっと書ける。

そうだよ、
「じゃあ、試しにやってみようよ、一緒にやってみない?」
そう言ったらいいんじゃないか。
そう言いたい。
そう思って私は今、これを書いている。


書くことはなんだっていい。
最近のできごとをなぞってみる。ちょっといいな、気になるなとか、そのとき思ったことを書いてみたらいい。


数日前、私はランチを共にした女のコからこんな話を聞いた。

「会社で席替えがあった。向かい合わせの席に気の合わないコが座ることになってツライ。そのコ、最近、左の薬指に指輪をするようになったし、彼氏ができたみたい。けど、ずっと気が立っていて、なんだか怖いんだよね。目の前にあのコがいるだけで憂鬱になる」

私にはこれっていう考えがあったわけではないけれど、
「へぇー、なんで?」
みたいな感じで、そのことについて訊いてみた。

「なんで気が合わないの?」

「彼女、そもそも最初から意地悪そうで感じが悪かった。おはようって言っても無視されたりしてたし」

「そのコ、どんなコ?」

「暑くても自慢のロングヘアをおろしっぱなしにしているコ。クセなのか、ずっと髪を触っている。顔はいかにも気が強そうって感じだよ」

そっかぁ。そう思って私は考えた。
これについて書いてみたらどうだろう。


彼氏ができたばかりなのに気が立っている、気の強い女のコを想像する。
どうして気が立っているんだろう?
うまくいっていないのかな?
彼に秘密があって悲恋だとか?
それともすでに失恋しそうだとか?

思い浮かんだのはこんなことばかり。やっぱり書くとしたらレンアイものになりそうだ。

なにかがうまくいっていないのだろうな。
場合によっては、うまくいくように相談に乗ってあげられるかもしれないよと、気持ちが大きくなる。もちろん、妄想の中でだけど。

いや、やっぱり悲恋になっちゃうかな。
どうだろう?

お話の先が気になるなら、書き始めてみたらいい。
もう一度、私は真剣に考える。

女のコの気が立つ理由ってなんだろう。
他のことに、仕事に支障が出るくらいに気が立つこと。


「すべてがうまくいかないのって、どんなとき?」

脳内でSATCのキャリーごっこが始まった。

「彼が思わず引いちゃうような嗜好を持っていた」

「受け入れがたい趣味を持っている」

「ケチだった」

「私服がやばい」

私の問いに、カフェバーに居る客が何人も回答してくれる。

けれど舞台はオシャレなニューヨークじゃない。おなじことでも、今の日本で、私の身近なところで起こったとしたら、ちょっとの違いが、難しくともさっぱりした恋愛が、ドロドロの昼ドラモードの話になってしまうかも。

ディープな話はしたくない。現代的ワイドショーみたいな議論とか、意見交換とかがしたいわけでもない。サクッとライトで、「ああ、あるね」って話がいい。

狙わず、考え過ぎず、サラサラと、思うままに書いてみよう。



「アメ食べる?」
 彼の言葉を「意外だな」と思った。アメなんて持ち歩いているんだ。そのことについては触れず、
「ありがとう」
 手のひらを差し出して言う。彼は小さなアメの包みを、そおっと優しく、私の手の上に置いてくれた。
 ピンクの包みのピーチ味。かわいい味のチョイスなのが、また意外だった。
 かさっと破いて口に入れると私の前には彼の手が差し出しされた。
「ちょうだい、ゴミ」
 小さな声で囁くと、彼は私の手から空になったアメの包み紙を奪った。
 嬉しかった。彼との初デート。ずっと狙っていた、チャンスをうかがっていた、憧れの先輩が彼氏になった。
 大学時代は、彼は二人きりになることすら難しい、まさに高嶺の花だった。常に女のウワサが絶えなかったし、彼女たちの「回転が早く」、性格に多少の難があると騒がれていた。けれどそんなことはまったく気にならなかった。たまに挨拶をするだけで嬉しかった。とにかく憧れていた。そんな人が彼氏になったのだ。
 そうこうしているうちに予告が始まった。まだ照明が残っている中ではっきりと見える座席に、お客さんの姿はまばらだ。静かな館内にミステリー映画の絶叫シーンがこだまする。
 ポリポリ。
 一瞬の音の隙間に、ヘンな音が聞こえた気がした。気のせいだろうか?
 カリカリカリ。
 次の間でも音が聞こえた。まさかと思って彼を見ると、アメをかみ砕いているのだろう、細かくあごが動いている。
 予告のうちに食べ終えてしまおうと思ったのかな?
 私も小さくなったアメを最後にガリガリとしたくなることが、たまにある。彼は今まさにそれだったのかもしれない。
 そんなことを考えていると、カサカサという音がして、彼が再びアメを口にするのが見えた。すぐにカリカリ、ポリポリと音を発している。
 私は左右を見回した。幸い、おなじ列に座る人はいなかったけれど、斜め前あたりに怖そうな横顔のおじいさんが座っていた。
 館内が暗くなり始める。もうすぐ本編が始まってしまう。
「ポリポリ聞こえちゃうから迷惑ですよ」
 私は彼の耳に口を近づけて囁いた。
「え?」
 彼はよくわからないという顔をしている。私はもう一度、彼の耳もとに口を寄せ、注意しようして思いとどまった。このまま話していたら話し声が迷惑になってしまう。
 私は彼の顔をのぞき込み、にっこり笑うと、彼が持っていたアメの入った袋をまるごと奪い取った。


食べるときに不快な音を立てる人にときどき出会う。
くちゃくちゃ、がりがり、ずるずる。

気付かずにいたら、もしかしたら許せるものなのかもしれないけれど、一度気になってしまうともうダメだ。ましてや、それが誰かに迷惑をかけるんじゃないかと思ったら気が気ではない。

付き合い始めたばかりの彼氏がそんな人だとわかったら、間違いなく驚き、悲しみ、どうしたらいいか悩み、モヤモヤイライラする。

きっと彼女もそうだったんじゃないだろうか。


それってあなたの妄想でしょ?

うん、そう。

妄想から物語を書いてもいいじゃないか。

リアルに体験したこと、本当に見たこと、知っていることだけでしか書けないのなら、ふつうに暮らす人間が新作小説を書き続けていくなんて不可能になる。頭に、胸に、溢れる想いを言葉にできず、パンクしちゃうかもしれない。

彼氏ができたばかりなのに気が立っている、気の強い女のコについての妄想も、こんなふうにお話の形になっていく。



 風呂上がり、持ち帰って来てしまった飴の袋を前に私は映画館でのことを思い返していた。カリカリとアメをかみ砕く音が頭に蘇る。
 彼は返せとは言わなかった。そういうことには頓着しないらしい。
 映画の後、感想を言い合ったカフェでも、できたばかりのレストランでも、駅でまたねと言いあったときまで、彼が飴を食べることはなかった。
 映画館でのことは、たまたまだったのかもしれない。いつでもガリガリとアメをかんだりはしないだろう。
 どこか釈然としないものの、今日はたまたまそういうところを見たのだと自分を納得させる。大丈夫。次はきっと。


本当に大丈夫だろうか?
大丈夫だっただろうか?

本当にたまたまで、「ヘンなことを気にしちゃったな」とか、笑って彼とのお話が進んでいく。
あるいは、かすかな心配が的中して、不満を言うべきか、言ってもいいか、悩むことになってしまうのか。

それからどうなったの?

空想の中に、先を知るための糸口を探す。


次のデートはいつなのか。どこに行くのか。それはどうやって決められるのか。
電話だとしたらどちらからかけるのか。何時ごろ、どんなタイミングでかけるだろう。

彼女と彼の姿を頭に思い浮かべ、妄想する。

答えが一つ、一つと増えていくうちに、知りたかったストーリーが見えて来る。
そんな感じがしませんか?


そのとき思ったこと、頭に思い浮かんだことを書いてみたらいい。
そうやって小説は作られていきます。
少なくとも私は、そうやって書き始めます。

楽しそうでしょう?
そしたらちょっと書いてみましょうよ!
読むのも書くのも大好きなので、楽しく書かれた小説を私はたくさん読みたいです!

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