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暗闇の世界に住む刺繍たちの物語

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ムムリク舎です。 ひとつひとつの刺繍ブローチが持つ、物語をまとめました。 手のひらにおさまる絵本の様に読んでいただけたら嬉しいです。
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#ファンタジー

人々に歌を届けにゆく旅人

どんよりと曇った暗い日曜日。フランドル地方の貧しい農村から美しい歌が聴こえてきた。 質素な服装の農夫や子供達が集まる。みな、手には日々働く為の道具を手にしたまま。その歌に聴き入った。 きらびやかでもなく、華やかでもない歌であったが、その旅人の歌は温かく優しく、貧しい生活ゆえ目の前も心も白黒だった農民達の視界が鮮やかに色づき、心が満たされる感覚になった。 その後、旅人は歌を人々に伝える旅を続け、村人たちに生きる希望を与えたという。

ある日の通学路で

子供の頃、学校への通学路は薄暗い森の中だった。 不気味な程、背の高いモミの木たちが怖くて 友達と急いで走り抜けた。 ある日、森にオバケが出るという噂がたった。 紫色のドレスを着て森を彷徨う女で、 その顔は紫の花の形をしているという。 私と友達は更に怖くなり、全速力で森を駆け抜けた。 その時、私は木の根につまづいて転んでしまった。 「早く!」叫ぶ友達を見上げると、私の目の端に 紫色のオーガンジーの裾がヒラリと舞った。 はっと、そちらに顔を向けるともう誰も居なかった。