小説「死ぬ準備」の休憩時間:藤圭子:嘆き、恨み、消えた詩人
この唄聴いてください。https://www.youtube.com/watch?v=QDw9m4tY_Rc
きれい。息が詰まりそう。この頁は小説「死ぬ準備」の番外地。
そんな感じ。語るのは藤圭子のこと。昔ねえ。あった。今もある。新宿小便横丁、「しょんべん」と呼んでほしい。貧乏人から金持ちまで、たまに立ち寄りたくなるヘンな横丁。そこではまだ昭和三十年代が生きている。多くの心優しいのん兵衛が、下級教師や、売れない絵描きや、アル中気味の板さんもいた。ここで一杯やれば包丁の捌きが冴える。
その奥に藤圭子によく似た母娘が経営している飲み屋があって、毎晩のように通った。あいつと。あいつは本物の藤圭子が猛烈に好きだけど、そんなんは夢だから、ここに通っている。
あいつは、実は俺の部下だけど上司に反抗的で、酔っぱらうと「バカちゃけてさあ」とか「ミンコロ殺したろか」とか意味不明な言葉で絡んでくる。玉砕した南洋群島ある島の守備隊長の次男で、陸士出の親父が自慢で、親父のおかげで優先的に国会議事堂の事務員に採用されて、それで早稲田政経を出た、いわば秀才で、そのくせ俺の学歴は汚れていると潔癖に断言する、お化けみたいに順良な男なのだ。
思えば当時の人間って、男も女も、死の匂いがした。あいつもねえ。その潔癖さが日本を支えた、予科練崩れもやくざ者も、気負いがあったね。みな家族の誰かを殺されているから。
あいつも天才で、大酒のみで、よく下腹をズボンに手を入れて抑えていた。生き物の衝動を下腹に感ずる普通のおとこ。綺麗ごとじゃなく・・・
その男と大阪へ出張した。一泊した。ビックイベントの、スポンサーが一緒で接待を兼ねていた。ホテルは最高級を取った。土壇場で予定変更になった。土壇場すぎてキャンセルできないから大阪を堪能しようと決めこんだ。ホテルで客待ちタクシーに飛び込むや、あいつは飛田新地と叫んだ。
凶暴な嵐に耐えているようだ。彼の友人も天才ハダで外資系証券会社勤務、われわれの二十倍の高給を取っている。まあ、長く続くわけないです。こんなあぶく銭。その分日本の富がどんどんすいとられていく。
飛田新地につくとあいつは叫んだ。
もうがまんできん。たのんます。
いいよ。車でまってる。
待つあいだ運転手と無駄話した。「おきゃくさん、泊ってるホテル知ってますか」「知らんけど」「天皇陛下もお泊りになる最高級ホテルですよ」「知らなかった。スポンサーも一緒だったけど予定変更になって、で、キャンセルできないし部下ひとりつれてきた」「それで飛田新地ですか」「ダメなの?」「不敬罪です!」「・・・」
戻ってきた部下と一緒に車を降りるとき、メーターの車代の他に1万円札ふんばつした。シーツ、唇に手あててね。その部下が藤圭子に夢中だった。普通じゃない。寝ても覚めても藤圭子。代わりに新宿西口で飲んだ。
どこがいいの?
すべて。
もう捨ててる。いのちも。民ころに聞かせたい。
ミンコロに?
私には意味不明な単語だ。
ここで終わり。小説「死ぬ準備」とどんな関係があるの?ない。でも生きるってこんなこと。死ぬってことも似たようなもの。玉砕した陸士出の守備隊長もね。大したことじゃない。死ぬのは美しいから、なぜか悪党は生き残る。お花畑といやあ、いまが悪人どものお花畑、そのことが東大での偽秀才には分からない。
そうかな?
この頁は「死ぬ準備」の付録です。だから無料です。本編は100円いただきますけど。付録は付録だから。ごきげんよう。またお会いしましょう。最後に・・・
いい時代だったのか。悪い時代だったのか。
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満85歳。台湾生まれ台湾育ち。さいごの軍国少年世代。戦後引き揚げの日本国籍者です。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び頑張った。その日本も世界の底辺になりつつある。まだ墜ちるだろう。再再興のヒントは?老人の知恵と警告と提言を・・・どぞ。