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機動戦士ガンダム0090 越境者たち #9 グラナダ炎上

 機動戦士ガンダムで描かれた、一年戦争の終結から10年後の世界、Zガンダムとは別の「もう一つの宇宙世紀」の物語を描く。拙作「機動戦士ガンダム0085 姫の遺言」の続編。
 ブレックス・フォーラ少将が姿を消し、ハヤトはベルトーチカの言動に不審を感じて行動を起こす。月面都市グラナダの市街地に所属不明のモビルスーツが現れ、テロ攻撃が繰り広げられる。グラナダ基地に戻ったジェリド、コウ、エマはその敵と対峙することになるが…


1:出現

 シャア・アズナブルの「その後」の足取りは、まったくと言っていいほどつかめなかった。あちこちに聞き込みをしてカイ・シデンは行方不明者のIDを売る「名簿屋」の存在を知り、当たってみたが、その男は頑として口を割らなかった。しかしカイには妙な確信があった。この男は何かを知っている、と。
 2回目に「名簿屋」を訪れたとき、こういう手は使いたくないが、と言って金をちらつかせた。男は臆面もなくそれを受け取ると、にやりと笑って言った。
「グラナダにいれば、いずれ会える、と、言っているらしいと小耳にはさんだことが、ありましたな。あんたの目が確かなら、どんな名前になっていようと、その正体を見抜くことができるでしょう」
 その言葉に望みをかけてカイはグラナダに留まっていたが、今のところ、ピンとくるようなものには何も出会うことができずにいた。
「ちくしょう、こんなことなら、俺もロンデニオンに行けばよかった」

 通りに面したホテルの1階にあるカフェが、最近の彼らの仕事場になっていた。グラナダに来て、もう数週間が過ぎている。何かある、とにらんでここに留まっているカイ・シデンとアルフレッド・イズルハだったが、日々はいたって平穏に過ぎていた。この間、彼らがユニバーサル・ニュース・ネットワークに送ったニュースといえば、「着々と進む連邦軍のグラナダ基地の縮減とジオン共和国軍への移譲計画」とか「グラナダの観光名所、ローゼズ・ガーデン」といったような小ネタばかりだ。先日は、縮小された連邦軍グラナダ基地に精鋭部隊「グナラダス・ゲート隊」と、そのモビルスーツ隊に配備された新型ガンダムが披露されたというニュースが、やや大きめに取り上げられたくらいだった。カイが追っている、シャア・アズナブルの行方については、何の手がかりも得られていない。
 毎日、カフェに居座っていたために、店の親父とはすっかり顔なじみになってしまった。居座っているのが申し訳ないので、メニューの端から端まで、一通り注文していろいろ味わってみた。アルはふわふわ卵のオムライスが気に入ったらしく、毎日のように食べている。
 店の壁面にある大型モニターでは、いつもユニバーサル・ニュース・ネットワークのニュースが流れている。おかげで、店の親父には、すぐにカイがこのニュース配信チャンネルの記者であることがバレてしまい、店に顔を出すたびに、巷で耳にした噂話や何やらをいろいろと教えてくれるようになっている。
 その日も、彼らはこれといって収穫のない平穏な一日を終えて、カフェで長すぎる休憩を取っていた。俺の嗅覚も鈍ってきたかな。カイは今後の計画を見直さなければと、端末を開いた。そのとき、彼はどこかで聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げた。壁面の大型モニターに、スーツ姿の男がインタビューを受ける姿が映し出されている。
「ああ、この人、最近名を上げている、注目の個人投資家だ。クワトロ・バジーナっていってな、あのサングラスと赤いネクタイがトレードマークらしい」
 カフェの親父が物知り顔で言う。カイは、その容貌に目を見張った。サングラスのせいでよくわからないが、その声、ゆるやかにウェーブした金髪、シュッとした顎のラインと引き締まった口元、そして何より、ソフトな物腰でありながらどこか人を見下すような威圧感のある雰囲気は、5年前、取材で訪れた<サイド3>で目の当たりにした、彼の姿そのものだった。

 …なにが、気鋭の個人投資家だ、シャア・アズナブル!、俺は、見つけたぞ、あんたを…

 インタビューで、彼は連邦軍基地大幅縮小後のグラナダ経済の見通しといったようなことを語っている。もともと、ジオン公国の勃興と隆盛を支えた経済圏です、連邦の軛から解放されて、これから大いに発展していく可能性を秘めています、グラナダ出身の私としては、大いに注目したいところです…
「そうそう、ご本人はグラナダ出身と言っているんだがね、その経歴は謎に包まれている。それもまた、衆目を集めるところでね」
 カフェの親父が、うれしそうに言う。カイ・シデンは、腕組みをしながらその話を聞いていた。あのクーデター失敗のとき、あいつは身一つで逃亡したはずだ。<サイド3>に戻れば、国家転覆罪の首謀者として起訴され、死刑になることは間違いないからだ。しかし、投資家として活躍している。その金は、一体どこから来たのか?
「そうさ、あいつはまさに、謎が謎を呼ぶ、そういう男だ」カイの言葉に、カフェの親父は目を見開いてうなずいた。カイは、さっと立ち上がるとアルに行った。
「手がかりをつかめた。行くぞ」
「えっ、どこへ?」あわててアルがコーヒーを飲み干す。
「あの、名簿屋だ」

 休暇を終えて<サイド5>の首都、アレクサンドリアにある職場、連邦通信委員会のオフィスに出勤したハヤトは、いつまでたっても上官のブレックス・フォーラ少将が出勤してこないので、急に不安になった。これといった出張の予定は聞いていないし、休暇を取るとも聞いていない。副官としては、何も知らないでは済まないので電話をかけてみたが、「ただいま、電話に出ることができません」という応答メッセージが流れるだけで、つながらなかった。オフィスの、他の事務官も何も聞いていないという。
 ハヤトはロンデニオンからの帰り際、ブライト・ノアから耳打ちされたことを思い出した。自宅で耳打ちというのも変な話だが、それほど、聞かれてはまずい話らしいということがすぐにわかった。1か月ほど前に、<ポート・アース1>からロンデニオンに向かう航路の途中で、ロンデニオン基地に搬入する新型モビルスーツを積んだ貨客船が、海賊グループに襲撃された。そのときはロンド・ベル隊の掃討により事なきを得たが、その後の廃コロニー内での戦闘訓練時に再度襲撃を受け、テスト中だった新型が奪取されたというのだ。ブレックス・フォーラ少将は、その謎の襲撃グループに軍の情報を流しているのではないか、という疑いがかけられ、情報部が密かに監視をつけているという。それだけではない、とブライトは言っていた。ただ情報を流しているだけではなく、むしろ首謀者ではないかと情報部は見ている、と。
 彼は、情報部の連中に消されてしまったのだろうか?
 他に思い当たる人物もいないので、ハヤトはオフィスの受話器を取ると、ベルトーチカ・イルマに連絡してみた。
「ハーイ、ハヤト。もうアレクサンドリアに戻ったの?」
 妙にはしゃいだ声が、衛星通信特有の微妙の間のあとで聞こえてきた。
「ああ、君は今、どこにいるんだい? <サイド5>ではないようだけど」
「私? 私は今、フォン・ブラウンにいるのよ。何かあって?」
 フォン・ブラウン? 月の表側にある宇宙都市の名前を聞いて、とっさに彼は、通信経路を分析するため回線をオペレーティングルームにつないだ。彼のいる機関は、連邦通信委員会、その種のことはお手のものだ。
「実は、ブレックス・フォーラ少将と連絡が取れなくなってしまったんだ。副官の僕に何も告げずに、どこへ行ってしまったのか、ひょっとして君なら知っているかと思って…」
「まあ、フォーラ少将のこと、あなたも聞くのね? アムロにも聞かれたわ! 私との関係のことが気になるのかしら? 父の上官だったのよ、昔。子どもの頃から私のこともよく知っていて、すごく可愛がってくれたの。それだけよ、別に愛人とかじゃないし、今どこにいるかは、ちょっとわからないわねー」
 まくし立てるように彼女は話した。
「それよりハヤト、私、あの夜すごく酔っ払っちゃったみたいで、気がついたらホテルの部屋に戻ってたんだけど、アムロから何か聞いていない?」
「ああ…、そうだったね、呼び出されたんだよ、アムロに。君が酔い潰れたから連れて帰るのを手伝ってくれって」
「そっかー、悪かったわね、よかったらまた今度、飲みに行かない? まだまだ、聞きたいことがいっぱいあるわ! それじゃ!」
 そう言うと、彼女は電話を切ってしまった。発信経路をたどると、彼女がいるのはフォン・ブラウンではなく月の裏側の都市、グラナダだとわかった。なぜ、嘘をつくのだろう。ハヤトは、彼女が一体何を目的にアムロに近づいたのかが気になった。ブライトから聞いたことを、当然彼も知っているだろう。だから、ブレックスとつながりのある彼女に会うことを承知したに違いない。連絡を取りたかったが、艦隊勤務のパイロットとは、なかなか連絡がつながらない。ハヤトは、アムロにメールを送り、自分自身はグラナダへ飛んでみようと考えた。以前、グラナダ基地に勤務していたので、土地勘もある。
 彼はアレクサンドリアからグラナダへ行く便を調べ、チケットを購入すると、旅支度をするため家に戻った。

 名簿屋に会うには、チャーリーの店の取次が要る。カイとアルは車を飛ばして、ダウンタウンの一角にあるそのバーを訪れた。店の前に車を停めると、アルに待っているよう指示して、カイは半地下になったその入り口の扉を開けた。
 店には、先客がいた。バーカウンターの前に腕組みして立つ、紫色のスーツを着た女だった。バーのマスターが、その女に言っているところだった。
「クワトロ・バジーナという人物が宿泊しているホテル、ですか。それは、名簿屋の彼に聞いてみないと、お答えできるかどうかはわかりませんな」
「頼むよ」紫のスーツの女が言った。
「あいつが、言ったんだ。グラナダにいれば、いずれ会えると。だったら会わせてもらおうじゃないか」
 マスターは、カイの存在に気づいたようだった。にっこり微笑むと、言った。
「おや、ようこそ。あなたも、同じ要件でここへ来られたようですな」
 はっと驚いた表情で、女がカイを見た。
「ご覧になったことがあるでしょう、彼を。あの、ユニバーサル・ニュース・ネットワークの人気記者、カイ・シデンですよ」
 それには答えず、女は言った。
「あたしの依頼の件、すぐに連絡して返事がほしい。今日中だ。いいね」
 今日という日は、残りあと3時間ほどしかない。女が出ていくと、マスターは肩をすぼめて言った。
「あなたに、話を聞かれてまずいと思ったんでしょう。あの女が誰か、ご存知ですか?」
「いや…」
「シーマ・ガラハウ。元ジオン公国軍、キシリア親衛隊隊長。そして今も、グラナダの闇を支配している一党の一人だ」
 驚いて、カイはマスターの顔をまじまじと見つめた。
「あなたのお聞きになりたいことも、彼女と同じとお見受けしたが」マスターが言った。
「あの女は、おそらく〝彼〟を亡き者にするつもりでしょうな」
「なんだって?」
 マスターが、静かに言った。
「まだ、ザビ家をめぐる因縁の戦いは、ここで続いているわけです」
「やはり、シャア・アズナブルはここにいるんだな?」
 マスターは、静かな笑みを浮かべただけだった。
「シーマとかいう女に、情報を渡す気か?」
「さあ、名簿屋の彼はどうするか」マスターが言った。
「いずれにせよ、それは我々のビジネスですので」
 そのとき、遠くで雷鳴にも似た音が響いた。バーのドアを勢いよく開けて、外で待っていたアルフレット・イズルハが飛び込んできた。
「大変だ、カイ、市街地にモビルスーツが!」
「なに?」
 世話になった、と一言言い残し、カイはチャーリーの店を飛び出した。

 ズゥン、ズゥン…

 聞き覚えのあるあの音、モビルスーツの歩行にともなう地響きが遠くから聞こえてくる。
「来た、やっぱり、来たぜ!!」
 二人は車に飛び乗り、音のする方へ向かっていった。

 車が走り出すと、アルは助手席で撮影の準備を始めた。カメラを積んだ小型の無人航空機を飛ばすのだ。カイも使っていたが、アルは無人航空機の操縦も撮影技術にも、ずば抜けたセンスを持っている。加えて機材の改良にも余念がない。
 やがて、道路にはあちこちから入ってきた車であふれ、渋滞し始めた。そんな中、ひときわ眩しく警察車両の赤色灯の光が瞬いている。遠くからヘリコプターの飛行音が聞こえてきた。
「おい、何か聞こえたか? 爆発音とか」
「いや、何も…」アルが言った。カイは周囲を見回すと、ハンドルを大きく切って車をUターンさせた。
「どこへ行くんですか」
「見ろ、反対車線が空いている。モビルスーツは向こうから来て、官庁街へ向かっているんだ」
 ヘリコプターの音が、近づいてくる。数も増えているようだ。アルは上空を見上げると、彼の無人航空機を飛び立たせた。操縦しやすいように、わざわざオープンカーを選んである。
アルの飛ばした無人航空機のレンズはすでに音の発生源を捉えていた。
「やっぱり、モビルスーツだ! でも、この音?」
 ゴォーッと、ジェット噴射のような音が遠くから響いてくる。カイが叫んだ。
「おい、これはジオンのドムだぜ? 熱核ジェットエンジンを使ってホバー走行ができるやつだ」
 モニターを見ながら、アルが言った。
「すごい…、地表から浮いて、まるで滑っているみたいだ!」
「何機いる?」
「えーと…、映像から判別できるのは、2機、連なって、この通りをこっちに向かってくる!」
 カイ・シデンはハンドルを自動運転にまかせて、端末からユニバーサル・ニュース・ネットワークに連絡を取った。事件だ。旧ジオン軍のモビルスーツが、グラナダ市街を疾駆している!
 反対車線は、疾走してくるモビルスーツから逃れようとする車両が列をなして走ってくる。しかし、ホバー走行のドムの速度から、逃れられるはずもなかった。
「来るよ、カイ、僕は上空から狙っている、カイは煽りで撮影してくれ!」と、アルが手持ちのカメラを手渡した。ものすごいスピードで、巨大なバズーカ砲を構えたドムが、道路上を接近してくる。そして近接する車両が危うく踏み潰されそうになったその瞬間、ゴウッとその機体は熱核ジェットの出力をあげるとともにバーニアを噴射し、車列の上すれすれを3機続けて飛び越えてゆく。
「ああっ…」
 カメラのモニターを見て、自らの追いかける映像にカイは思わず声をあげた。高層ビルが立ち並ぶグラナダの夜景を背景に、サーチライトに照らされながら至近距離を飛び越えてゆく、その機体の紫と黒とは、兵器とは思えない幻想的な映像美をそこに映し出していた。

 轟音とともに、2機のドムは去っていった。カイの端末が、着信を伝える。
「こちら、ユニバーサル・ニュース・ネットワーク、カイ・シデン記者、レポートできますか?」
「あ、ああ」
 彼は車を安全な場所へ停車させると回線をつなぎ、アルが構えるカメラに向かって、今起こったことをレポートし始めた。

「市街地に、モビルスーツだと?」
受話器を取ったグラナダ市長のリー・アーロンは、その信じがたい報告を思わず聞き返した。グラナダの中心市街地、グラナダ市庁舎に面して建つ高層ビルの最上階部が彼の住まいであった。彼は市長でありながら、市庁舎はすぐマスコミが押しかけ、テロリストにも狙われるというという大した根拠のない理由で、勤務時間の大半を豪奢な自宅で過ごしていた。昼間はプールサイドで報道陣を相手に記者会見、夕方からは連邦、そしてジオンの財界人を集めてカクテルパーティ。市政は優秀な官僚たちが差配している。市長はグラナダのスポークスマンであればいいのだ。それが彼の政治姿勢であった。
「所属不明のモビルスーツが2機、出現しました。パーク・アヴェニューを官庁街に向かって、もうれつな速度で疾走していますっ!」
 受話器の向こうで応える事務官の声が上ずっている。一体何を言っているんだ、と市長は思った。ここは、巨大なドームに覆われた月面都市だ。そして、外部と往来できるゲートは限られ、検問がなされている。一体どこから、モビルスーツが入ってこれるというのだ。
「…閣下、テレビを、テレビをつけて下さい。すでに中継されていますから」
 アーロン市長は半信半疑のまま、リモコンを操作してテレビをつけた。画面に、見慣れた街の風景が映し出される。パーク・アベニューの4車線道路の上を、滑るように2機のモビルスーツが疾走する様子が、上空から撮影されていた。

<…ユニバーサル・ニュース・ネットワークの記者、カイ・シデンが現地にいます。様子を伝えてください!>

<グラナダのメインストリート、パーク・アヴェニューを、官庁街の方向に向かってモビスルーツが2機、滑空していきました>

<滑空? どういうことですか? そのモビルスーツの所属などはわかりましたか?>

<滑空しながら移動するタイプのモビルスーツというと、旧ジオン公国軍の陸戦タイプのドムしかない、映像を拡大してみるとわかりますが、このモビルスーツには、胸部にジオン公国の紋章が刻印されています>

「ジ…、ジ…ジオン、だと?」画面を見て、市長はへなへなと椅子に座り込んだ。
「閣下、協定に基づき、連邦軍に連絡を!」受話器の向こうで、事務官が叫んでいる。 
「グラナダ市警では手に負えません、閣下、グラナダ基地のジャミトフ・ハイマン司令に至急、出動要請をご決断ください!!」
「…あ…ああっ!」
 市長は受話器を落として、後ずさりをはじめた。彼の住まいのある高層ビルに向かって、2機のドムが突進してくる。やがて1機が停止すると、もう1機がジャイアントバズを構えた姿勢で、それを踏み台のようにして飛び上った。
 市長のいるガラス張りの部屋の窓の向こうに、その飛び上がったドムが巨体を表したその瞬間、バズーカが火を吹き、最上階部のガラスが砕け散った。
 アルが飛ばした無人航空機搭載のカメラは、その瞬間を捉えていた。グラナダ市街は大混乱に陥った。2機のモビルスーツは、轟音とともに去っていった。あとには、上層部から煙を吐くビルと、疾走するモビルスーツに踏み潰されまいと逃げ惑った車がぶつかり合った後の喧騒とが残された。


2:出撃

 グラナダ基地の司令本部で、ジャミトフ・ハイマン中将は腕組みをしたまま、身じろぎもせずテレビから流れてくる、グラナダ市街の騒乱の様子を凝視していた。
「結局、市長からの出動要請は、なしか」
「はっ」彼の横で直立している副官が答える。そこへ、戦艦アルビオンの艦長でグラナダス・ガード隊を指揮するバスク・オム大佐が飛び込んで来た。
「なぜ、出動命令が出てこんのだ? 我々は、いつでも出撃できる態勢を整えているのだぞ。ロンデニオンから届いたばかりの〝新型〟も出せる」
「グラナダ政府からの要請がなければ、我々は手出しはできん、協定というやつでな」
 ジャミトフ・ハイマンが肩をすぼめる。
「しかし、軍隊のない彼らに、モビルスーツの相手ができるでしょうか? 我々の支援がなければ、どうしようもないではないか」
「バスク・オム大佐、君はテレビ中継を見なかったのかね。市長の住んでいるビルの高層部が、吹き飛ばされとっただろう。あれでは、市長のが生きているかどうかも怪しい。となると、厄介なことになる。権限委譲がされなければ、市政もなにもかもストップだ。当然、我々への出動要請も出せるはずがない」
「しかし、この様子では次の攻撃があるでしょう」バスクが言った。
「間違いない。奴らは波状攻撃でグラナダを混乱に陥れるつもりなのだ。このままでは、モビルスーツ数機で制圧されてしまうぞ。だが! 我々は動けん。グラナダ政府から要請がない限りはな」
 そう言うと、ジャミトフは副官に尋ねた。
「市街に侵入したモビルスーツだが、外へ出たかね?」
「いえ、都市ドーム内から出てはいないようです」
「情報部に言って、拠点を探させろ」
「はっ」
 ジャミトフは立ち上がった。
「儂は帰る。もう、帰るぞ」
 そこへ、副官の声がかぶさる。
「お待ちください、司令。グラナダの市庁舎から通信です」
 司令本部の大型モニターに、女性の顔が映し出された。
「副市長のレナ・アビゲイルです。リー・アーロン市長が所属不明のモビルスーツの攻撃により重傷を負い緊急搬送されました。権限移譲を受け、防衛協定により、地球連邦軍に出動を要請します」

 翌日、緊急事態宣言が発令されたグラナダの都市ドーム内に、グラナダス・ガード隊はモビルスーツ部隊を乗り入れさせ、都市機能制御センターに司令部を置いた。グラナダ市警の調べでは、2機のモビルスーツは、郊外にある廃プラント付近から出没したらしい。当該施設は、グラナダが<サイド3>旧ジオン公国領だった頃、モビルスーツの開発・製造工場だったという大規模施設で、一年戦争後、グラナダが地球連邦に割譲され自治都市となったあと、ジオン公国系財閥の解体とともに廃業に追い込まれ、巨大な廃プラントだけが残されていた。その工場施設で戦時中に開設された搬出用の地下通路が、まだ生きているのではないかとグラナダ市警では見ていた。
 エマ・シーン少尉は、市庁舎に向かって伸びるパーク・アベニューに駐機したガンダムMk-IIのコクピットで緊急出動に向け待機していた。緊急事態宣言が発令されているにもかかわらず、市の中心部というだけあり、物珍しさに野次馬がぞろぞろとひっきりなしにやってくる。そのほとんどが、無邪気に、 その濃紺と黒で彩られた機体を写真や動画で撮影してゆく。

「そっちはどうだ、エマ少尉」

 ジェリド中尉からの通信が入る。

「異常なし、平穏なものよ。野次馬だらけで。まるで遊園地のアトラクションか何かだと思っているみたい。みんな、動くのを待っているのよ」

 イライラした調子で、エマが答える。Mk-IIへの搭乗は、別に自ら望んだわけではない。テストを行ったジェリド、コウ、エマの中で、彼女のスコアが一番高い、という理由で選ばれたのだ。オーシャンドームで、機体を奪取されたのは君だな、この機会に汚名返上を果たしたまえ。バスク・オム大佐の言葉が、その肩に重くのしかかっている。あのときも、少年が近づいてきて、新型の写真を撮ったのだ。エマは、そのいまいましい記憶を追い払おうと、ピカン!とその頭部の「目」を光らせると、野次馬たちを蹴散らすように、Mk-IIを前進させた。

 ジェリドとコウは、ジムIIに搭乗し、問題の施設の近辺で警戒態勢を取っていた。昨夜、2機のドムが出てきたという廃プラントである。戦時中、モビルスーツの製造が行われていたというだけあり、高さはゆうにモビルスーツの全高を超えている。目撃証言では、正面ゲートの奥の搬入口から出てきた、ということだったが…
 コックピットのモニターが、敵機の接近を告げている。

「上?!」
「上から!」

 ジェリドとコウが、同時に叫んだ。正面のプラントの屋上に、2機、いや、3機のモビルスーツが現れた。2機は昨日と同じドム、あとの1機は彼らの手から盗まれていった、あのガンダムMk-II1号機であった。そのガンダムは、2機のドムを前に立たせ、彼らを威圧するように睥睨している。

「あいつら…、どうする気だ?」
「後ろに回られると、やばいぞ」

 二人はじりじりと後退し始める。バスク大佐からは、絶対に、相手より先に攻撃を仕掛けてはならないと言い含められている。

 ギン!

 ドムがモノアイを輝かせると、轟音とともにプラント屋上から彼らの前に飛び降りてきた。そのまま弾むようにバーニアをジムIIの頭上を蒸して飛び越えると、ホバー走行で走り去っていく。ジェリドとコウは、動けなかった。上から、黒いガンダムが彼らを狙っている。

「こいつ、焦らしてやがるぜ」

 ジェリドが言った。

「俺たちが先に手を出すことができないことを、知ってるんだ」

 グラナダの都市ドーム内に警報が響き渡り、市民に地下シェルターへ避難するよう、呼びかけている。彼らのモビルスーツの足元を、慌てふためいた車や人が、駆け抜けてゆく。

「コウ、俺はこいつを引きつける。おまえは先行した2機を追え。このままでは、エマが危ない」

「わかった」

 コウは答えると、機体を翻してドムの向かっていった先へ動き始めた。その刹那、背中を向けたコウのジムIIを敵のMk-IIが狙撃してきた。
「来たぜ!」
 ジェリドは叫ぶとその射線に機体を入れてシールドで防御し、敵モビルスーツの足の下にあるプラントめがけてハイパー・バズーカを撃ち込んだ。1発、2発…、爆発音とともに壁面が次々と崩れ、やがて黒いガンダムが屹立していた屋上面が崩落し、機体もろともプラント内部へ落下してゆく。
「見たか! 泥棒猫め、俺たちの機体を取り戻してやるぜ」
 ジェリド機が、崩落した穴からプラント内に入る。彼の計算では、瓦礫の下に敵の手に渡っていたMk-IIがいるはずだった。しかし、その機体は忽然と姿を消していた。

 エマは、司令部からの通信で、2機のドムがパーク・アヴェニューを向かってきていることを知った。あの特有のホバー走行の音が聞こえてくる。

「エマ! コウだ、今、援護に向かっている!」

 彼女は、答えなかった。野次馬たちの一部は、これから起ころうとしていることを見逃すまいと、シェルターに入らずビルの窓から物見を決め込んでいる。エマは、自分が驚くほど冷静になっていた。訓練の相手役を務めたアムロ少尉にまったく歯が立たなかったあのとき、何が違うのか、と尋ねた答えを思い出していた。

 …僕たちはパイロットという人間と、機体によってコミュニケーションしているんだ。味方であればそれが連携になり、敵であれば欺いたり陥れたりすることになる…。

 そう、彼らはこの機体をまだ狙っている。私が彼らなら、頭部を破壊して動きを封じる。

「エマ、ドムはバズーカで君を撃つつもりだ。パーク・アヴェニューの次のコーナーを回った直線で、君の機体を捉えるはずだ。回避して後ろに回り込むんだ」


 コウの進言に、彼女は言葉を返した。

「いいえ、回避すれば流れ弾で民間人に被害が及ぶわ」

「どうするつもりだ」

 エマはMk-IIの肩部からビームサーベルを抜くとビームを下に向けてそれを構えた。次の瞬間、ドムのジャイアントバズから放たれた砲弾がMk-IIの頭部をめがけてくる。

 今だ!

 エマはビームサーベルを振りかざした。その光の剣は砲弾を切り裂き、爆音が轟いた。一瞬の怯みがドムに見えた気がした。2機は、彼女の機体の横をすり抜けて行く。追尾してきたコウのジムIIが、その背後を狙った。爆発した1機を振り向きもせず、もう1機のドムは走り去っていった。

 ふうっ、と大きく息を吐いて、エマはコクピットのシートに体を預けた。操縦桿を握る手が、震えている。

「やったな!エマ」

 とコウのジムIIが駆け寄ってくる。眼下には、爆発の残り火がメラメラと路面に漂っているのが見える。

 守った…、今度は、守れたわ…
 エマは何度も自分に言い聞かせていた。

 グラナダの宇宙港は、ここから出てゆこうとする人々の群れでごった返していた。
「一体、何があったんです?」
 到着ロビーに降り立ったハヤトは、宇宙港の職員に聞いてみた。
「都市ドーム内にモビルスーツが現れて、攻撃してきたんです、昨日、今日と、もう2回目ですよ。今朝には緊急事態宣言が発令されて、グラナダ基地から連邦軍の部隊が出動しています。市民には、地下シェルターへの避難指示が出ているんですが、こんなところにはいられないと、昨日からもう出国ラッシュでして」
「ありがとう、よくわかったよ」
「お気をつけて」
 ハヤトは、人々が押し寄せる波とは逆の方向へ進み、宇宙港から都市ドームへ降りてゆくエスカレーターに乗った。グラナダへ来る船の中で、彼はアムロからの返信を受け取っていた。ベルトーチカは彼に、ルオ商会の傘下に入ったグラナダの会社がモビルスーツの開発を始め、優秀なテスト・パイロットを求めている、と切り出したということだった。彼女がグラナダに行くとしたら、その会社じゃないか? 
 その会社がどこか、目星はついていた。最近、ルオ商会に買収されたジオニック機動兵器研究所、というのがそれだ。グラナダの市街地に入ると、避難指示が解除されて、人々が地下シェルターから出てくるところだった。彼はレンタカーを借りると、硝煙のような匂いの漂う騒然とした街の風景を見ながら、目的地を目指した。

 グラナダの都市ドーム内には、その後も毎日のように所属不明のモビルスーツが2、3機出没し、グラナダス・ガード隊と小競り合いを演じては、いずこかへと去っていった。出没パターンから、彼らはグラナダの地下に巡らされた坑道を利用しているようだった。
「地下坑道ですか、そういうものがある、と聞いたことはあります」
 ジャミトフ・ハイマン中将がその存在を問いただすと、副市長のレナ・アビゲイルはそう答えた。
「旧ジオン公国軍が、地球連邦軍の侵攻と占領に備え、グラナダ地下に、連邦軍のジャブローを模した基地を建設した、と。しかし、グラナダ自治政府としては、その施設や情報についてはまったく関知していませんし、旧軍の軍事施設については、すべて連邦軍が調査に入り、その後譲渡、もしくは解体されたものと承知しています」
「では、地下坑道や地下基地に関する情報はない、というのだな」
 ジャミトフの問いに、副市長は明快に「ありません」と答え、通信は終わった。
 司令席で腕組みをするジャミトフに、バスク大佐が言う。
「ジェリド中尉が敵と遭遇したという廃プラント、あそこが一つの出入り口になっていることは間違いない。調査すべきです」
「それはもっともだ。だが、それが分かったとして、どうする? 地下坑道に入り込んで、敵をしらみつぶしにしていくか? そんなことができれば、の話だが」
 参謀のミノフ大佐が言う。
「地下坑道の深度、強度がはっきりしないままでは、そこでモビルスーツ戦などもってのほかだ。地上にどれほどの影響が出るのか、もし地盤が崩壊するようなことになれば、グラナダ市民にも死傷者が出ることはまちがいない」
「キシリア・ザビ、だったな、グラナダ基地の旧軍時代の司令官は」
ジャミトフ中将が口を開く。
「月面都市の地下に基地を置くとは、恐ろしい女だ。自国領の市民を巻き添えにしない限り、基地そのものを叩くことは不可能なのだからな。さすが、地球に容赦なくコロニーを落とすだけのことはある」
「どうするのです、我々は」バスクが、問いただす。参謀のミノフ大佐が答えた。
「敵の出没ポイントから、地下坑道の経路を割り出す。そうすれは、地下の本丸の場所も、見えてくるだろう」
「現状ではいかんせん、戦力も人員も不足している。増援を求める必要を認めますが、いかがか、司令」バスク大佐が言った。
「ロンド・ベル隊に出動要請をかけろ。そもそもは、向こうの失策がこの事態を引き起こしたのだ。奴らには、この尻拭いをやってもらわねばならない」
 ジャミトフ・ハイマンはそういうと、副官に命じてロンデニオン基地司令のコーウェン中将を呼び出した。

「始まったな」
 クワトロ・バジーナは古風な王宮を模したその建物の優雅な格子窓から市街地を見下ろしながら、言った。
 背後で、ソファーに腰を下ろしたロミーが足を組む。
「シーマ・ガラハウが貴方を探しておいでのようよ、QB。例の名簿屋に、クワトロ・バジーナが宿泊しているホテルを教えろと要求してきたらしい」
 フフフ、とクワトロは不敵な笑みを浮かべた。
「灯台下暗し、とはまさにこのことだな」
 彼らは、シーマがデラーズからシャア暗殺と指輪の奪還を命じられたその場所、旧ジオンの離宮、<ローゼズ・ガーデン>にあるグラナダ宮殿ホテルに滞在しているのだ。眼下に見える、当施設自慢のバラ園では、肩までのばした銀髪を後ろに束ねた背の高い男が、バラの枝を切り、根元に肥料をやる作業に黙々と取り組んでいる。
「アナベル・ガトーよ、間違いないわ」ロミーが言った。
「昼は園丁、夜は戦闘、大車輪でご活躍の様子よ」
「それはどうかな。あの誇り高き男が、あんな市民を盾にしたようなテロ攻撃に加担するだろうか。現に彼らは市民を恐怖に陥れているが、連邦軍を相手に、まだ1機もモビルスーツを墜としていない」クワトロが言った。
「一年戦争とは、わけがちがいます。故意に敵を撃墜させず、消耗させて神経戦を仕掛けているのでは?」
「彼はかつて、私と撃墜スコアを争った男だ。ここに巣食っているジオンの残党と呼ばれる連中の中では、真打ちと言っていい存在だ。まだ、彼が出る幕ではあるまい」
 ロミーは立ち上がると、窓辺に立つクワトロの背後から、その肩に手をのせてささやくように言った。
「ひょっとして、〝指輪〟を待っているのかしら?」
「違いない」クワトロが、答える。
「内心、焦っているはずだ。〝指輪〟なしでは、地下に眠るギレン専用ゲルググを出すことができず、ザビ家の威光を現すには、まだ幼いミネバ・ザビを引っ張り出すだけでは弱すぎる。盗んだガンダムを旗印に立つわけにはいくまい。あれは、反地球連邦組織の象徴にはなり得ても、ザビ家再興の象徴にはなり得ない。このままでは、彼らは反地球連邦組織に使い捨てられてしまう恐れがある」
「大佐としては、それも目論見通りなのでは?」
「だが、面白くないな。彼らには、もっと華々しく散ってもらわねばならない」
 クワトロは振り向くと、ロミーの髪をなでながら言った。ロミーが、クスクスと笑った。
「あなたは、裏で策略をめぐらすだけでは飽き足らない人、そうよね? この街に、ガンダムがある。乗ってみたいのではなくて?」
 クワトロが、不敵な笑みを浮かべた。
「そんなことは、やろうと思えばいつもでもできる。私が考えているのは、もっと面白いことだ」
 そのとき、電話が鳴った。ロミーが受話器を取ると、その電話をクワトロに回した。かけてきたのは、キグナンだった。
「大佐、宮殿の側に動きがありました。デラーズ中将の特使が、今日にもグラナダを出ます」
「特使? 行き先は?」
「<サイド6>です。ミネバ・ザビを呼び戻すために特命を受けて、動いているものと思われます。追跡しますか?」
「<サイド6>のどこへ行くのか、調べはついているのか?」
「はい」
「では、私が行こう。グラナダに火がついた。さらに煽ってやらねばなるまい」
 クワトロは、キグナンから詳細を聞き出すと、受話器を置いた。
「<サイド6>へ行くのね?」ロミーが尋ねる。クワトロが、頷いた。
「ホテルのサービスも、バラ園の管理も一流の仕事だ。チップとして、あの〝指輪〟を残していこう」
「ますます、グラナダが燃え上がるわ」
 ロミーはそう言うと、バッグからジオンの紋章の入った小さな赤い箱を取り出し、コーヒーテーブルの上に置いた。







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