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機動戦士ガンダム0090 越境者たち #8 爆心地の風に吹かれて

 機動戦士ガンダムで描かれた、一年戦争の終結から10年後の世界、Zガンダムとは別の「もう一つの宇宙世紀」の物語を描く。拙作「機動戦士ガンダム0085 姫の遺言」の続編。
 アムロの3人の友人は、アナハイム・エレクトロニクスに企画を持ち込むが、あっさり突き返され、アムロから頼まれたものを作り始める。しかしその企画案を、天才エンジニアのシロッコは気に留めていた。一方東京の自宅に戻ったカミーユは、両親から離婚話を切り出される。


1:彼らの場所


 北米大陸・東海岸の都市ボストンの近郊に、彼らは<ラボ>と称するシェアハウスを構えていた。定員は4人で、同じ大学の寄宿舎の「オタク部屋」で過ごしたダビド・ラング、トム・オブライエン、ヒロ・サイトウの3人が暮らしている。あと一部屋は中退して今は連邦軍にいる学友のアムロ・レイのために空けてある。彼らはみな、一年戦争の戦火で帰る場所を失った。大学の寄宿舎は、そんな彼らの居場所となった。そこを出なければならなくなったとき、帰るべき「家」をどこかに持ち続けようと、空き家になって貸し出されていた一軒家を借りることにしたのだった。
 その<ラボ>で暮らしながらダビドは大学で研究を続け、ヒロとトムは起業をめざして活動している。その傍ら、共通の趣味である、モビルスーツの3Dモデリングを詳細な資料とともに『一年戦争モビルスーツ大全』というサイトで公開している。
 その日、珍しくスーツ姿で出かけたトムは、帰宅してリビングルームのドアを開けるとネクタイをゆるめ、そのまま崩れ落ちるようにソファに腰掛けた。
「どうだった、と聞くまでもないみたいだな」トムが頭をかきむしる様子を見ながら、ヒロが言った。
「期待大だったんだけどな」
 トムが、肩をすぼめて言った。
「この業界のこと、あまりお詳しくないようだけど、アナハイム・エレクトロニクスはディスティニー・ブラザーズ・カンパニーの提携会社ですの、我が社の製品はすべてディスティニー・ブランドで世に出るんですのよ、だって、サラ・ザビアロフとかいう下っ端の社員が、おれの企画書をチラッと見ただけで言うんだ」
「一応、面談はできたわけだ」ダビドはどこまでも前向きである。
「で、のっけから、この企画がダメな理由を三つ申し上げます、ときた」
 トムは、彼らの趣味であるモビルスーツの3Dモデリングを実体化、簡単なプログラミングによってリモート操縦で自在に動かし、対戦できるというトイロボットの商品企画を売り込むため、はるばる西海岸の都市アナハイムまで行ってきたのだ。
「ダメな理由って、なんだよ」
「一つ目。ディスティニーは、子供たちを夢と冒険の世界に誘うエンターテイメント企業です。実在の兵器は子供たちを現実に引き戻すのではなくて? モビルスーツなんて、論外ですわ」と、トムは面談した社員の口ぶりを真似ながら、言った。
「二つ目。子供たちの遊びと体験の場を私たちは、サイバー空間に構築しています。なぜ3Dモデリングを実体化する必要があって? そのまま3D映像で対戦させればいいじゃない? モノをつくることは、様々な面で足枷になってよ」
「ちえ、わかってないなあ。実体化するからこそ、面白いんじゃないか」ヒロが、顔をしかめて舌打ちをする。
「ただの3Dの対戦ゲームで、一体何が得られるっていうんだ」
「で、三つ目は?」と、ダビドが身を乗り出す。トムは二人の顔を見ると、ニヤニヤと笑いながら言った。
「三つ目。イメージ的に、モビルスーツは我が社が開発したディスティニーの〝バトルシップ・トルーパーズ〟と被りすぎ。同じようなものをいくつも出す必要がどこにあって?、と仰せでしたぜ、アナハイム・エレクトロニクスのお嬢は」
「結局、そこかよ」ヒロが、頭を抱えて言った。
「どこが、被ってるっていうんだ。発想が全然違うじゃないか」
「あーあ」と長嘆すると、トムは両腕を上げ、頭の後ろを抱えてソファの背に身を投げ出した。
「おれたちに、もっと金があればなあ」
 3人は口をつぐんだ。戦災孤児として施設で育った彼らは、連邦政府の若年人材育成方針により奨学金で大学まで出ることができた。しかし、自立した今、生活に決して余裕があるとはいえない。
「ところで、ラボ宛てに届いたアムロからのメール、見たか?」ダビドが言った。
「なんでも、仕様書とデータを送るからこっちで作ってほしいものがあるとか」
 ヒロとトムが、ダビドの端末を覗き込んだ。ダビドがデータを開くと、二人は「あっ!」と同時に声をあげた。
「これは、あいつが言ってた…」
「〝新型〟?」
 彼らは顔を見合わせると、にやりと笑った。
「あと、トムに伝言がある。読んでほしい記事があるって。セイラさんが取材したっていう…」
「あ、ああ…」トムが急に真顔に戻った。セイラ・マスとは彼らがボストン近郊の街で学生だったとき、アムロを通じて出会い、交流を持つようになった。彼女はボストンの大学でジャーナリズムを学んだのち、今もそこに居を構え、一年戦争の開戦時に決行された「コロニー落とし」によって、それまでの日常を奪われた人々の、苦難と再生の道のりを一つひとつ、丹念に取材している。
「これは結構、手間だぜ。早速取り掛かろう」トムの肩をポンと叩いて、ダビドが言った。

 アナハイム・エレクトロニクスは、北米・西海岸の都市アナハイムに本拠を置く企業で、もともとは小規模の電気設備会社としてスタートした。同じ街に本拠を置いていたエンターテイメント企業、ディスティニー・ブラザーズ・カンパニーが、その作品世界を楽しめるテーマパークを建設するとき、アミューズメント施設の設計・施工を受注したことで関係が生まれた。そのテーマパークとリゾートエリアの建設・運営は宇宙にまで及び、彼らはディスティニーのスペースコロニー進出とともにビジネスの場を宇宙に広げた。
 宇宙への進出で、彼らは水を得た魚のようになった。提携会社としての固い絆に守られながら、アナハイム・エレクトロニクスは宇宙部門へ進出し、一人の若き天才エンジニア、パプテマス・シロッコが生み出した宇宙航法コンピュータシステム「ソラリス」のヒットと連邦軍艦艇への採用決定により巨万の富を得た。
 その富をもって、彼らは一年戦争後に連邦軍がその工廠の一部を民営化したとき、そこに入り込んでモビルスーツの開発製造を手がけるまでになった。巨大エンターテイメント企業の下請けという位置から始まったその企業体は、地球圏全体を覆い、民需と軍需とを吸い上げ続けている。
 しかし、その契機を開いたエンジニア、パプテマス・シロッコは宇宙部門から遠ざけられ、今は企業の原点ともいえるアナハイム本社のトイ&ホビー部門の一角で不遇をかこっていた。一年戦争開戦前、地球連邦と<サイド3>との間に不穏な動きがではじめた頃、<サイド3>向けへの出荷が禁止された「ソラリス」を、ひそかに<サイド3>仕様に書き換えて流出させたのではないかという疑いがかけられたためだ。しかし連邦警察の捜査では十分な証拠が得られず不起訴となった。嫌疑は晴れたが、花形部門から左遷された。今は提携会社であるディスティニーから下りてくる案件を開発製造部門に回し、上がってきた製品を評価してディスティニーに見せる、というあってもなくても良いような部署でルーティンワークをこなしている。とはいえ、実際には面倒な仕事はすべて部下のサラ・サビアロフにやらせて、自分は製品の評価と称してゲームばかりしていた。

 そのとき、サラ・サビアロフが企画を持ち込んできた若者をけんもほろろに追い返す様子を、奥のデスクでさりげなく見ていたシロッコは、若者が肩を落としてオフィスを出ていくと、彼女に言った。
「サラ、えーと、さっきの若者の持ってきた企画だが、耳に入ってきた感じでは、悪くないと思ったのだが、もう少し聞いてやってもよかったのではないか?」
 サラは振り返ってシロッコを見ると、言った。
「さあ、でも理由を申し上げたとおりで、採用の見込みはまずありませんから、聞くだけ時間の無駄と思いますわ」
「しかしだ。彼はわざわざ東海岸から飛んできたのだ。実体化したという3Dモデリングを見せたかったのではないか? 少なくとも、私は見たかった」
 サラが、肩をすぼめた。
「モビルスーツなんかでなく、もっと夢のあるホビーであれば良かったのですが、ここでは軍事の分野はご法度です、おわかりでしょ?」
「それはわかっている。しかし、興味を示して、資料をすべて預かるべきだった。検討しますとかなんとか、適当なことを言って。そうすれば、握りつぶすことも可能だった」
「そこまでしなければならないほど、魅力的でした?」
 シロッコは、恨めしげにサラをにらんだ。一体どちらが上司なのかわからない。少なくとも彼は、彼女が監視のためにつけられた要員であると思っている。社からは信用されていないのだ。
 サラが、時計を見て言った。
「5時を過ぎましたので、私はこれで失礼します」

 彼らの<ラボ>には、リビンク、キッチン、一人ひとりの個室のほかに、彼らが<基地>と呼ぶ地下室がある。思いついたものを作るための、様々な道具や機械がそろえてあり、そこはまさに彼らの秘密基地だった。三人はそこで、アムロから送られたデータをもとに、機械を組み立てていた。人工知能をそなえた、自律型のロボットのようなものだ。
 昨夜からの作業で疲れを覚えたトムは<基地>から離れてコーヒーを入れると、自室に戻った。彼らとともに議論を戦わせながら手を動かして何かを作り出すのは、彼にとって、すべてを忘れられるひとときだった。しかし、ダビドから回ってきた伝言が、ずっと心に引っかかっていた。
 アムロが、読んでほしいと送ってきた記事。セイラ・マスが、あの戦争で傷ついた大地と人々のその後を追って取材していることは、トムも知っていた。彼は、彼ら4人の流儀に従い、自身の経験した戦災について、何も話さなかった。しかし5年前に<サイド3>で起こったクーデター事件をきっかけに、図らずも彼らはアムロがかつてガンダムのパイロットとして最前線で戦っていたことを知った。そのとき、言葉少なにアムロが話した、地上での彼らの戦艦ホワイトベースの飛行経路を聞いて、トムは、きっとその船は彼の生まれ故郷、セント・アンジェの空を飛んだにちがいない、と思った。トムは、そのことについて何も言わなかった。だが、アムロは何かを察したようだった。不思議だが、彼には時折そういうことがあった。人の心のちょっとしたざわめきや動揺に、とても敏感なのだ。

 あの日のことを、彼は言葉にしなかったけれども、決して忘れることはできなかった。宇宙世紀0079年、新しい年を迎えたばかりで、高校は休み。年越しのカウントダウンで友人たちと夜通し騒いだあと、昼近くまで寝て、母親に叩き起こされたのだった。ニュースを見てごらんなさい、ついに戦争が始まったのよ。
 着替えながら、彼はテレビの画面をぼんやり見ていたのを覚えている。<サイド3>がジオン公国を勝手に名乗り、地球連邦と軋轢を起こしていることは、トムもそれなりに知っていた。テレビの画面には、木っ端微塵にされる地球連邦軍の戦艦と、見たことのない人型のロボットのような兵器が映っていた。連邦軍の船や戦闘機は、宇宙空間でまるで何も見えていないかのように見当はずれの動きをし、人型ロボットに、おもしろいように撃破されていった。
 トムはまさか、戦争になるとは予想もしていなかったし、それでもまだ、それは自分たちとは切り離された、宇宙のどこかで起こったことだと思っていた。あいつらが、そんなに怒っていたとは知らなかった、と思っただけだった。
 しかしその日、外へ出かけてみると、まだ昼間なのに空が夕暮れのように赤かった。突然、空が薄暗くなり、雷鳴のような音が轟いた。やがて真っ赤に燃えた無数の火球のようなものが、地上に向かって落ちてきた。それは隕石のように見えたが、地上に近づくにつれ、その巨大さが目に見えてわかるようになった。赤く燃え、砕け散りながら猛烈な勢いで落下してくる。すさまじい衝撃波を発して、それらは地上に激突した。彼の家、住んでいた町は跡形もなく消え去った。

 トムが命を落とさずにすんだのは、ただ、運が良かっただけとしかいえない。彼は他に生き残った人たち数名と、かろうじて動く車を拾って西へと向かった。着の身着のまま、何も持たず。最初に北米大陸にやってきた人たちも、こんな感じだったのだろうか、とふと思ったことを覚えている。やがて西海岸の大都市、ロサンゼルスの近郊までやってきた。その頃には、空から降ってきたのがスペースコロニーであることが、報道などで知られるようになっていた。西海岸の主要都市は、宇宙から降りてきたジオン公国軍に制圧された。

 それ以来、生き延びるのに必死だった。戦争が終わって、すべてを失い戦災孤児となったトムは、他の若者たちと同様に、連邦政府の保護と支援を受け、なんとか高校を卒業できるまでになった。彼はすべてを過去のものにするため、奨学金を得て東海岸の大学へ進学した。故郷のセント・アンジェは、心の中の死んだ場所となっていた。

 あの場所に、セイラさんは行ったというのか。そこで一体、何を見て、何を感じたのだろうか。彼は、あそこがどうなっているか、考えたくなかった。だが、そんな彼自身より、さらに過酷な運命、戦火の中をくぐり抜けてきたアムロとセイラが、何かを伝えようとしているのだ。それが、彼をさらに傷つけるものではないはずだ、という確信だけは持っていた。

 トムは端末を手に取ると、そっと、その記事のページを開いた。


2:居場所をもとめて

 サマー・キャンプの1か月で得た充実感を抱えて東京の自宅に戻ったカミーユを待ち構えていたのは、両親の不機嫌そうなしかめ面だった。トーキョーにある政府機関に勤める父フランクリンと、同じくトーキョーの大学で教員をしている母ヒルダは、どちらも仕事が趣味のようなタイプであるうえ、出張だ、学会出席だなどと言ってしょっちゅう家を留守にしているので、むしろ二人がともに家にいることが奇跡のようにカミーユには思えた。
 荷物を置く間もなく、母ヒルダが言った。
「おかえりなさい、カミーユ。ちょっと話したいことがあるの。こっちへ来て」
 ひょっとして、父の端末から盗み取ったパスワードで軍のコンピュータに不正アクセスをしたことが、バレているのだろうか。母の冷たい声の響きが、カミーユを神経質にさせる。彼は荷物を自分の部屋に放り出すと、爪を噛みながらリビングの二人のところへやって来た。

 父も母も、カミーユに「どうだった?」などとサマーキャンプのことを尋ねようとはしなかった。いつものことだ。しかしこの日は、いつもに増してピリピリと空気が張り詰めている。訝しげに母親の顔を見ると、彼女は感情を押し殺したような声で言った。
「カミーユ、あなたがいない間にいろいろあって、私たち離婚することになったの。今月中に、あなたはどちらについて行くか、決めてちょうだい」
 とっさのことに、カミーユは言葉を失った。
「自分の息子に向かって、そんな言い方はないだろう、ヒルダ。カミーユ、彼女は念願かなって、ニューヨークの大学に教授として招聘されることになったんだ。私としては、喜んで送り出してやりたい。だが、一緒に行くことはできない。わかるだろう? 私にはここでやるべき仕事がある。そこでだ。カミーユ、おまえはどうする。ヒルダと一緒にニューヨークへ行ってもいいし、私とトーキョーで暮らしてもいい」
 カミーユは、呆然と両親の顔を交互に見ていた。まだ事態をよく飲み込めていなかった。
「今月中に決めろって…、今月は残り10日ほどしかないじゃないか」
 ヒルダが、鷹揚を気取って両手を広げると、言った。
「難しく考える必要はないのよ。今のままの暮らしがいいっていうなら、父さんとこのままトーキョーにいればいいし、新しいことを始めたいなら、私と一緒にくればいい。17歳ともなれば、もう大人よ。自分のことは自分で決められるはず」
 バン、と両手でテーブルを叩くと、カミーユは言った。
「都合のいい言葉で飾り立ててるだけだろ、それって。自分のことは自分で決めるだなんて、全然そんなんじゃないよ。あんたら二人の都合に、振り回されているだけじゃないか!」
 父のフランクリンが両手を広げて言った。
「ほら、だから言っただろう、ヒルダ。おまえの言い方が悪いせいで、話がこじれる」
「あなたもですよ、父さん。そうやって、なんでも母さんのせいにして、自分は正しいって顔をいつもしているんだ!」
 ヒルダが、まるでそれに同意するかのように父を睨みつけている。
「そうかそうか、それならおまえはヒルダと一緒に行けばいい」
「そうじゃなくて!」カミーユが思わず声を上げる。
「いつだって自分が、自分が、って、まるで僕のことなんて考えてない、内心は子供なんて邪魔だ、いない方がいい、って思ってるんだろ!」
「それは違うわ、カミーユ」
「違うもんか!」
 吐き出すようにそう言うと、カミーユは立ち上がり、階段を駆け上がって自分の部屋のドアをバタンと閉めた。そのまま、その身をベッドに投げ出すと、枕に顔を押し付けて声が枯れるまで、叫び続けた。
 そのまま彼は、身じろぎもせずベッドに突っ伏していた。夜がしんしんと更けてゆく。両親は、部屋に篭った彼を放置しておくことにしたようだ。カミーユは、悲しかった。眠ろうとしたが眠れないまま、時計の針の進む音を聞いていた。

 いつの間にか、窓の外が少し明るくなっている。朝の5時、日の出の時間が近かった。カミーユはずっと、ロンデニオンで出会った人々のことを考えていた。ブライト艦長とミライさん、アムロ少尉とセイラさん、離れ離れで暮らしていても、彼らの間には、何か通じ合っているようなものを感じた。自分の両親はどうだろう。一つ屋根の下にいながら、いがみ合っている。それは今に始まったことではなかった。
 カミーユは、とうに両親に多くを期待するのを止めていた。せめて、自分が高校を卒業して親元を離れられる時まで、形だけでも父と母としてそこにいてほしかった。しかし、それさえも、彼らは叶えようとしてくれなかった。
 ぼんやりと彼は、端末を取り出して画面を開いた。ロンデニオンの宇宙港に見送りに来てくれたセイラが言った言葉を、ふと思い出す。…アムロが、北米にいる私たちの共通の友人をあなたに紹介したって聞いたわ。地球に戻ったら、連絡してみて…
 その連絡先が、端末の画面の上で点滅している。朝の5時、北米とは13時間の時差があるから、まだ昨日の昼間だ。カミーユは、その連絡先をつなげてみた。

 連絡先にはすぐにつながり、端末の画面に映った濃い色の肌の男が応答した。
「はい、<ラボ>のダビド。君は?」
「あ…、あの、カミーユ・ビダンといいます、アムロさんが紹介してくれて、連絡したんですが…」
「ああ!君がカミーユね」と、陽気な調子でダビドが言った。
「今、ちょうどメンバー揃って、アムロから頼まれた君へのサプライズを、用意しているところだ」
「サプライズ…?」
「他のやつとも回線をつなごう」
 ダビドがそう言うと、端末の画面が四分割されて他の二人の顔が映し出された。
「ハイ! 僕はヒロ・サイトウ」
「トム・オブライエンだ。アムロと四人で、大学の寄宿舎の四人部屋で一緒だった」
「オタク部屋、って呼ばれてたんだぜ」クスクス笑いながら、ダビドが言う。
「アムロが、そこに君を招待したってことは、君にも何かそういう素質があるってことだ。違うか?」
「まあ、そうかもしれません…」カミーユは、口ごもりながら言った。
「…興味本位でハッキングしたら、連邦軍の〝新型〟の情報に行き当たって…」
「〝新型〟? 何の?」
「モビルスーツです、連邦軍の」
 3人は、カミーユがびっくりするほどその話に食いついてきた。彼は、そもそもサマー・キャンプに参加しようと思ったきっかけから話し始めた。
 話し終わると、ダビドが言った。
「やっぱりな、カミーユ。俺たちのプロジェクトに、君の力が絶対に必要だ。そうだ、まだ夏休みはあと10日ほど、残ってるんじゃないか?」
「ええ…、そうだけど」
「アムロから頼まれたものが出来上がったら、そっちに発送しようと思ってたんだけどさ、それだったら、君がこっちに来ればいいじゃないか。俺たちのラボに、遊びに来いよ」
「あのさ、アムロの部屋が空いているから、そこに泊まれば宿泊費はタダだ」とトムが口を挟む。
「もし、ここが気に入ったら、ずっと居てもいいんだ」というヒロの言葉を聞いて、カミーユは何か熱いものが胸にこみあげてくるのを感じた。
「行きたい!」と彼は言った。自分に、まだ居場所があるならそれを掴みたい、とカミーユは思った。

 翌朝、カミーユは「サマーキャンプで出会った友達の家へ、泊まりに行く」と言い残して家を出た。まさか、その行先が北米だとは思っていないだろう。知るもんか、とカミーユは思った。親が自分を捨てるより先に、僕が親を置いていくんだ。
 サマーキャンプに行くときにそうしたように、今度も本をバックパックに詰め込んだ。一冊は、例の一年戦争時のホワイトベース部隊の存在と活躍を掘り起こした本。上巻をもう読み通してしまったけれど、下巻が出るまでにもう一度読んでおきたかった。もう一冊は、旧世紀時代、コンピュータの黎明期に新時代を切り開いた、天才たちの活躍を描いた本。その時代にイノベーションを起こした、と言われる北米で読むのに、ぴったりだと彼は思った。
 東京の空港から旅立つ直前、ふと思い立って、カミーユはファ・ユイリィにメールした。ボストンに住んでいる、アムロさんの友達のところに行くことにした、そこに、僕の居場所があるような気がする、と。

 ボストン近郊の空港で、ヒロ・サイトウに出迎えられたカミーユは、彼の運転する車で<ラボ>と称する彼らのシェアハウスへ向かった。彼はもともと日本列島の日本海側の地方の出身で、砂丘で知られる場所で育ったという。一年戦争時はジオンの前線基地が置かれ、連邦軍の小部隊との小競り合いがいつ終わるともなく続き、そんな中で家と家族を失った。この街には、戦災孤児向けの奨学金を得て大学に進学することができ、そのまま住み着いたのだという。そして言った、あとの二人も、同じような境遇なんだ、と。
 時折メガネを押し上げながら、そんな話を淡々とする彼はなんとなく話をしやすくて、カミーユはここへ来るまでに両親が離婚すると言い出し大げんかしたこと、父と母のどっちについていくかを選べと言われたが、どちらにもついて行きたくないと思っていることなどをつい、話してしまった。
「ふーん、そっかー」と、カミーユの話を聞いたて、ヒロは言った。
「どっちにもついて行かないっていう選択だって、できるってことだな、ここに来たなら」
 <ラボ>は住宅街の中の、何の変哲もない同じような形の家が並ぶ通りの一軒だった。ヒロはカミーユを玄関の前で下ろすと、車をガレージに入れた。ヒロに招かれて家に入ると、無人の玄関ホールを何かが歩いてくる。

 ウィー、ウィー…

 二足歩行で歩み寄ってきたそのロボットは、カミーユの手前で足を止めると、両手を上げてマシンガンを構え、彼をめがけて狙いをつけた。
「こ…これは、ジオンの…ザク?」
 そう口にした次の瞬間、マシンガンがパン!!と音を立てて発砲したので、不意をつかれた彼は思わず「わあっ」と声を上げて後ろに飛び退いた。
 マシンガンの銃口から飛び出てきたのは、小さな旗と紙吹雪だった。
「あー、びっくりした」とカミーユが言うと、ニコニコと笑いながら、<ラボ>の住人が彼を出迎えた。
「これは、皆さんで作ったものなんですか?」カミーユがたずねた。
「そうだ」トム・オブライエンが言った。ゴーグルをつけ、操縦用のコンソールを手にしている。ダビド・ラングがカミーユを彼らのリビングルームに招き入れると、淹れたてのコーヒーを持ってきた。
「これは俺たちの試作1号機なんだ。公式・非公式に出回る機体の資料を入手、内部構造まで解析して、3Dモデリングを作り上げる。次にダウンサイジングして電気系統を組み直し、全てを部品化して3Dプリンターで出力する。それを塗装して、組み立てて、プログラミングして、動かしているというわけ」
「これが、あなたたちの言っていたプロジェクトってやつですか?」
「そういうこと! ザクのモノアイ、あれがカメラになっていて、ゴーグルでザクのコクピットからの映像を見ながら操縦を…」とダビドが話を広げようとするのを、ヒロが制して言った。
「それより先に、アムロから預かってるモノを渡さなきゃ」
「そうだった」
 そう言うと、ダビドは奥の部屋から四角い箱を持ってきて、カミーユに手渡した。
「これは、アムロから届いたデータを基に、俺たちが組み上げたものだ。君が見ればすぐに、何かわかるはずだと言っていたんだけど、開けて、見てくれるかな…?」
 カミーユは、その箱を開けた。薄緑色の球体が中に入っている。それを見て、またカミーユは声を上げた。
「あっ! これは…」と言いながら、その球体を取り出す。
「ひょっとして、ハロ?!」
 その声に反応するかのように、球体に二つ並んだ赤く小さなライトが点滅し、声を発した。
「ハロー、カミーユ。ボクノナマエハ、ハロ。カミーユ、カミーユ、ゲンキカ?」
「あ、ああ、僕はカミーユ、元気でやってるよ」
 照れ臭そうに、カミーユは話しかけた。ハロは上下についた4つの丸いカバーを開くと、そこから手足を出して、立ち上がった。
「おおおっ!」三人が、声を上げた。
「よく知ってたな、これが、ハロだって」ヒロが言った。
「アムロから、聞いてたのか?」
 カミーユは、首を振った。
「聞いてはいないけど、でも、アムロさんは僕ならわかるはず、って思ってたんだと思います」
 そして、持ってきたバックパックの中から一冊の本を取り出した。ジュード・ナセル著『コンフィデンシャル・ソルジャーズ 連邦軍第13独立部隊の真実(上)』。サマーキャンプで読み始めてから、ずっと手放さずにいる本だった。
「一年戦争のとき、アムロさんのいた部隊のことを掘り起こした本です。書いているのはジオン共和国のジャーナリストなんですけど、そこに、ハロのことも書いてあったので、それで知っていたんです」
 三人は頭を突き合わすようにして、その本を覗き込み、ページを開いた。そのノンフィクションは、一年戦争が膠着状態に陥っていた0079年の半ば、<サイド7>をシャア少佐率いるジオン軍の部隊が急襲し、そこで連邦軍が試作していたモビルスーツを発見したところから始まっていた。
 カミーユが声をかけるまで、三人はむさぼるように、その本のページをめくり続けた。

「カミーユ、ダイジョウブカ、イライラシテナイカ?」
 ハロがぴょんぴょんと、彼の周りを飛び跳ねながら言ったので、ハっとして三人はカミーユの持ってきた本から顔をあげて、彼を見た。
「ああ、ごめんなー、すっかり夢中になっちまった」トムが言った。
「いいんです、すごく面白いでしょう」
「よく、こんな本を見つけたな」ヒロが言った。
「アムロのやつ、取材を受けていたなんて俺たち一言も聞いてなかったぜ」ダビドが言った。
「この本、借りていいかい?」
「ええ、もちろん」カミーユが言った。
「で、さっきの話の続きですけど…、あなたたちの言ってたプロジェクトって、3Dモデリングから、実際に動かせるミニチュアモデルのモビルスーツを作るってことですか?」
「そうだ」トムが言った。
「今、おれたちが再現してサイトに公開しているのは、ジオン軍が主に宇宙戦で使用していた一部機種にすぎない。多分この本にも出てくると思うけど、ジオン軍では地球上の環境に最適化したタイプのモビルスーツも、かなりの数開発していたらしいんだ」
「そう、砂漠用とか、潜水できるタイプとか」ダビドが言った。
「だが、なんせジオン公国って、なくなっちゃっただろ? ジオンの残党っていうのが、地球にもコロニーにもちょこちょこいるみたいだけどさ、資料がなかなか、残っていないんだ。だが、ネットの海に潜れば、どこかにある」
「それで、アムロさんが僕を…」
「そういうこと!」ヒロが言った。
「新型の情報を、連邦軍から掘り当てた凄腕だ。やってくれるだろ? もちろん、それだけじゃなくて、全員がすべての工程に好きなだけ関わっていいんだ」
 カミーユは、三人の顔を見ながら、ふうっと息を吐いた。
「僕、ここにいていいんですか?」
「君がいたい、って思うなら」ヒロが言った。カミーユは、大きく頷いた。
「あの、それで、このプロジェクトの目指すところって、どこにあるんですか?」
 トムが、膝を叩いて言った。
「いい質問だ。もちろん、俺たちはただ趣味でやってるわけじゃない。目的は二つある。一つは、この宇宙世紀に登場したモビルスーツという兵器を体系的に研究し、データとして歴史に残すこと。そしてもう一つは…」
「モビルスーツを操縦している!という実感を味わいながら、遊び倒すこと!」ダビドが言った。
「今、まだザクが1機しかないけどさ、連邦軍のモビルスーツも作り上げて、戦わすことができたら面白いって、思わないか?」
「見たことがないんだ、俺たち。一年戦争のとき、地上に降下してきたジオン軍はモビルスーツで攻めてくるのに、連邦軍ときたら、ミノフスキー粒子のせいで手も足も出なくて、モビルスーツもまだなくて、まともに戦うこともできずに制圧されていったんだ。敵のほうが、ずっと強くてかっこいい、っていう、この悔しさをなんとかしたいって、な、バカみたいだろ?」
 トムはそう言うと、肩をすぼめた。
「で、なんとか商品化できないと思って、この前アナハイム・エレクトロニクスに企画案を持って行ったんだけど、まあ、歯牙にも掛けないって感じでさ」
 カミーユが、目を見開いて言った。
「えっ、アナハイム・エレクトロニクスですか? それって、ヤバくないですか?」
「ヤバいって?」
「だって、本物を製造しているじゃないですか。僕が見た〝新型〟、あれ、アナハイム・エレクトロニクスが造ってるんですよ。連邦軍のモビルスーツ工廠を買い取ったこと、知らないんですか?」
 三人は顔を見合わせ、そして首を振った。
「そんな情報、どこにもなかったぜ? おまえ、なんでそんなことを知ってるんだ?」
「それが、僕をここに読んでくれた理由でしょ?」カミーユが言った。
 ヒロが、満面に笑みを浮かべて言った。
「俺たち、いい仕事ができそうだな?」
 カミーユが、頷いた。そのとき、もう彼の心は決まっていた。東京には、戻らない。母親とも、暮らさない。僕を仲間と言ってくれる彼らと、僕はここで〝海賊〟になるんだ……。

3:セント・アンジュを探して

 アリゾナ屈指といわれるフェニックスの国際空港に降り立った四人は、砂漠の道を走り切るのにぴったりな大型四輪駆動のエレカを借りて、ハイウェイを北上していた。
「ぐわーーー!!」
 バックシートでダビドが大声を上げる。助手席で、トムが怒鳴った。
「おい、窓を開けるなって言ったろ!」
 ダビドがウインドウを開けたせいで、乾燥した空気が熱気となって、砂塵を巻き上げながらどっと車内に舞い込んできた。
「カミーユ、鼻血、鼻血!」
 あわてて鼻を手で押さえてしまったので、指先が真っ赤に染まる。乾燥しすぎで粘膜がカラカラになり、ついに鼻の奥が裂けて血がしたたり落ちてきたのだ。
 窓の外には、まっすぐに続く道、その両側にどこまでも茶色い砂礫が散らばる大地と、そこにまばらに生えるもじゃもじゃ頭のような植物、ときおりオブジェのようにそそり立つサボテンしか見えない。地球上であるはずなのに、火星かどこか、異星の大地と言われた方がしっくりくるような風景が広がっていた。
「コロニー落としのせいで、こうなったんですか、それともそれ以前の地球温暖化で砂漠化が進んだ?」
 鼻に丸めたティッシュを詰め込んだカミーユが尋ねる。
「いいや、だれのせいでもないさ、ここが、こんな砂漠になったのは」トムが言った。
「1000年か、2000年か、いや、もっと数万年も前からずーっと、こんな感じだ。空気があるだけ宇宙よりはマシ、ってぐらいの場所だ。だが、この先にはグランドキャニオンっていうすごい渓谷があって、川が流れている。その川を水源にして、町ができた。そういう場所さ」
 道沿いに、小さく人影が見えた。小屋のようなものもあるようだ。
「おい、やばいぞ。警官がいる。スピード違反を取っているのか?」
 ハンドルを握るヒロが言った。遠くから、警官は旗を振り、停車するようサインを出している。ヒロは車のスピードを落とすと、警官の前でぴったり停車し、ウインドウを開けた。
「ドライブ中に悪いね、検問をしているんだ。全員のIDカードを確認させてもらいたい」
 彼らはそれぞれのIDカードを警官に差し出した。
「ここから、どこへ行く予定ですか」
「えーと、この先に、先の戦争でコロニーが落ちた場所があるっていうんで、見学に行こうと思っているんです」ヒロが答えた。
 警官は頷きながらIDカードをチェックすると、各自に返した。
「何の検問なんです?」
「その爆心地周辺を中心に、この辺りにはジオンの残党がいまだ潜伏している、と言われているんでね」
「見たことあるんですか?」とダビドが身を乗り出す。
「そのー、奴らのモビルスーツとか」
「そういうのを見たいっていう君らみたいな若者が時々やって来るけどな、残念ながら、奴らだってそう簡単に見つかるようなことはしないさ」
 警官はそう言うと、行ってよし、という合図を送り、手を振った。ヒロはエレカのウインドウを閉じ、アクセルを踏み込んだ。遠ざかる警官を見つめながら、ダビドが言った。
「あーあ、奴もかわいそうなもんだ。こんな砂漠の中で、退屈極まりない仕事。ああいうのこそ、ロボットにやらせりゃいいのに」
 おまえが作ってやったらどうだ? とヒロが言い、車内に笑い声が広がる。しかしカミーユは、トムが無口になっているのに気がついていた。窓の外には、荒涼とした風景の中に時折、ドライブインやちょっとした店が立ち並ぶ小さな町が現れては消えてゆく。立ち並ぶ商店の、おそらく半分ぐらいは朽ち果てた廃墟と化している。戦争のせいで人がいなくなったのか、それ以前からこんな様子だったのか、カミーユにはわからなかった。

 やがて、そのまっすぐな道が途切れた。目の前に、湖が現れる。
「こんな湖、地図にはないぞ?」ヒロが端末のナビゲーションを見ながら、言った。
「これが、コロニー落下跡にできた湖なのかな」
 彼らは、エレカを降りると、湖畔の方へ下りていった。途切れたと思ったアスファルトの道が、その湖の水の下で砕け、ひび割れた状態でゆらいでいる。
「トム、おまえの家は、この道の先にあったのか?」
 トムが、頷いた。
「この道をまっすぐ行った道沿いから右に入ったところが、町の中心部だった。その一角に、おれの家もあったんだ」
 カミーユは、その青い湖面を見つめた。ここにあった人々の暮らしの痕跡は、今は跡形もない。しかし、水があるせいなのか、この湖の周囲には緑があり、風もすこしやさしい湿気を帯びている気がした。
 ふと右側を見ると、湖の畔の少し離れたところから、分かれ道が伸びている。分岐点まで歩いて行ってみると、そこには木で作られた道標が立っていた。

 ニュー・セントアンジェ ここから2km

「おーい、こっちだ、こっちに新しい道ができている!」
 カミーユは後ろを振り返ると、湖畔にたたずむ3人に向かって手を振った。

 トム、ダビド、ヒロの3人は、しばらくの間、その湖の畔でたたずんでいた。コロニーの一部が落下した衝撃で陥没した場所に、コロラド川の支流から流れ込んできた水が溜まってできた湖のようだった。ダビドは、その水をすくって舐めてみた。
「淡水だ、塩辛くないぞ。うまいぐあいに、どこかに流れ出る場所もできているんだな」
 カミーユが呼んでいるのに気づいた彼らは、エレカに乗ってカミーユの見つけた分かれ道の方へと進んで行った。舗装もされていない道が、そこから伸びている。
 土煙を巻き上げながらエレカを走らせていくと、いつの間にか車窓から見える風景が変わったことに気がついた。未舗装路の両側が、まるで緑の壁のようになっている。
「なんだ? これ」ダビドが言った。
「トウモロコシ畑みたいですね」カミーユが窓の外を見ながら答える。
「なあトム、こんなの、あったのか? おまえがここに暮らしていたときも」ハンドルにしがみつきながら、ヒロが尋ねる。トムは静かに、首を振った。
「あの湖の水で、灌漑しているみたいだな。ダビドの言う通り、あの水が淡水ならできるはずだ」
 やがて右側の畑の緑が途切れ、広くなっているところに出た。丸い広場にそって数軒の家が立ち並ぶ、集落の中心のようだった。ヒロはエレカを止め、彼らは降りた。
 ザーっと、トウモロコシの長く大きな葉を揺らす風が音を立て、それが、まるで寄せてはかえず波の音のように聞こえる。彼らは耳をすまして、その音を聴いた。

 ズシーン、ズシーン…

 葉音にまじって、遠くから地鳴りのような音が聞こえる。四人は顔を見合わせ、音がする方向に目を向けた。

 ズシーン、ズシーン

 その音は、畑の向こう側からこちらへと近づいてくる。もはや彼らの目に、その音を発するものが何かは明らかだった。
「あれは…ジオンの、ザク…」
「なんだって、こんなところに?」
「ひょっとして、あの警官が言っていた、ジオンの残党ってやつ?」

 ズシーン! 

 大きな足音を立てて、彼らの数メートル手前で立ち止まったそのモスグリーンが特徴的なモビルスーツは、ギン!とピンクのモノアイを輝かせると、両手で彼らに向かってマシンガンを構えた。
「おい、どうなってんだ!」ダビドが言った。
「こういうときは、両手を挙げるんだ」ヒロはそう言うと、両手を挙げながら後ずさりする。カミーユもつられて、後ずさりした。
 そのとき、背後から不意に声がした。
「まあ、何やってるの、おやめなさい、コーリー!」
 振り向くと、白いシャツにジーンズ姿の女性が立っている。家から様子を見に、出てきたようだった。目の前のザクが跪くような姿勢をとると、腹部のハッチが開いた。カミーユは、我が目を疑った。中から出てきたのは、まだ中学生ぐらいの少年だった。
「おじさんたち、どこから来たの?」ハッチから飛び降りると、少年が言った。
「おじさんって言われるほど老けてるか? おれたち」ヒロが言った。
「まあ、コーリーったら、なんてこと言うの」ジーンズ姿の女性が言った。
「驚かせてしまって、すみません。皆さんは、どちらへ? この先の道は行き止まりなんです。ラスベガスの方へ行くなら、来た道を戻ってルート95の方を進むといいですよ」
「ありがとうございます」ヒロが言った。
「あのー、僕たちセントアンジェって町を探して、やって来たんです。彼が、その町の出身なんです」
 女性が、目を見開いて両手を口にあてた。
「まあ、そうでしたか。確かにここが、セントアンジェのあったところです。ここに来るまでに、湖をご覧になったでしょう。町の一部は、あそこに沈んでしまったみたいで…」
「あなたは、いつからここに住んでいるんですか?」トムが尋ねた。
「長い話になるわ」彼女が言った。
「よかったら、どうぞ私の家でお茶でもいかが? コーリー、ザクを片付けていらっしゃい」
 彼らは招きに応えて、その女性の家へ立ち寄ることにした。

4:爆心地の風に吹かれて


 彼女は四人にアイスティーを振舞ってくれた。名前はペルシア、<サイド7>からここへ来たのだという。コーリーのほかにもう一人、ヤースミーンという娘がいる。彼らは名前を名乗り、挨拶を交わした。
「一年戦争の半ばごろでした、<サイド7>がジオン軍の襲撃を受け、私たち住民たちはみな、宇宙港に停泊していたホワイトベースという戦艦に逃げ込んだんです。そのままそこを出て、船は南米のジャブローへ降りるはずでした。ところが、地球に降りるとき進路がずれて、北米の方に降りてしまった。そこは、ジオンの勢力圏でした」
 コーリーと呼ばれた少年が戻ってきて、彼らの席に加わった。
「そのまま太平洋を横断し、ジオンの勢力圏を避けながら地球を半周してジャブローへ行かなければならない、と艦長は説明していたように思います。安全な場所に行くまで、私たち避難民を降ろすことはできないと。でも、ちょうどこのアリゾナ上空に差し掛かったとき、私たち親子は無理を言って、船から降ろしてもらいました。セントアンジェが、戦死した夫の生まれ故郷と聞いていたので、せっかく地球へ降りてきたなら、そこで暮らしたいと思ったんです」
「でも、町は跡形もなく消えていた…」トムが言った。
「落ちて来たんですよ、ここにコロニーが。それで、何もかも消し飛んでしまった」
「あなたはそのとき、この町に暮らしていたのね?」ペルシアが言った。
「そう、私が降り立ったのは、何もない荒野でした。ここから北へ進めばセントアンジェの町に出るのかしらと思っていたのだけれど、たまたま、そこで出会ったジオンの兵士が教えてくれたんです、ここが、セントアンジェのあった場所だって」
「それで、どうしたんですか?」カミーユが尋ねる。
「ええ、もう途方に暮れて、ここで行き倒れるしかないのかと思いました。そのとき、見るに見かねた彼が戻ってきて、私たち親子を近くの基地に保護してくれたんです」
 ふうっ、と思わずカミーユは安堵のため息をついた。
「それで、ずっとここに?」
 彼女が、頷いた。
「この家のあるあたり一帯に、当時はジオンの小さな前線基地があったの」
 そのとき、車のタイヤが砂利を踏む音が近づいてきて、家の前で止まった。
「あ、お父さんが帰ってきた」ヤースミーンが言うと、外へ飛び出していった。

「こんなところにお客さんとは、珍しいね」
 娘に手を引かれて、男が入ってきた。日焼けした肌にがっしりとした体つきで、一目見てこの農場の主だとわかる。ペルシアが立ち上がると、言った。
「この方々は、東海岸から生まれ故郷のセントアンジュを訪ねていらしたのよ」
 男が、はっとした表情で帽子を取った。
「私はジョン・バムロ。仲間5人と、この農場を経営している」
「この人なの」と、ペルシアが言った。
「この人が、私たち親子を助けてくれたジオンの兵士なの」

 君たちに見せたいものがある、とバムロが言い、彼らはバムロの運転する車に乗って、トウモロコシ畑の中をゆく道を走っていた。道すがら、バムロはなぜここに留まることにしたのかを話してくれた。
「<サイド3>では農業プラントで働いていてね、小麦やら、野菜やらを栽培していた。だが、これからジオン公国として戦争を始めるっていうんで、徴兵されてな、軍隊に入って地球へ降りてくることになったんだ。ジオンが北米を制圧すると、俺たちの部隊は終戦までずっとここにいたんだが、戦争が終わっても、国からは何の連絡も来なかった。すっかり取り残されちまって、国に帰る手段もなければ、金もない。そのとき、思ったんだ。あの湖の水を引けば、この乾いた大地も畑にできるんじゃないかってな」
「それで、ここに留まって、農園を?」
「そうだ。すべて人工的な環境ではなく、人類が誕生して、太古の昔から生きてきたこの自然の環境で、俺たちの生業がどれだけ通用するのか、試してみたくなったんだ」バムロが言った。
「だがな、コロニーのプラントでやるのとじゃ、全然違った。君らはスペースコロニーに行ったことがあるかね?」
「あ、僕<サイド5>の出身です、この間はサマーキャンプでロンデニオンへ行きました」カミーユが言った。
「農業プラントも見学しましたけど、すごいですよね、工場みたいで」
「そうだ」バムロが言った。
「コントロール室で、作物が育っていくのを見ているだけでいいんだ。だが、それは本物じゃない。大地を耕して、水を引いて、タネを蒔く。そんな農業をやってみたいと思ってな。重機も農耕用の機械もなにもなかったが、俺たちには、ザクがあった。あいつを使えば、何でもできる」
 やがてバムロは車を停めた。道沿いに広がっていたトウモロコシの畑が途切れ、荒地に低木が植えられている。
「この植物が何か、わかるか?」
 彼らは車を降りて、彼が示した植物を見てみた。ひょろっとした細い幹からうねうねと枝が伸び、カエデのような形をした大きな緑の葉が茂っている。
「ぶどう…ですか?」ヒロが言った。
「そうだ。ぶどうだ」バムロが答えた。
 彼らは、そのぶどう畑を見渡した。遠くには、腰からローラー状のものをつけて歩行しながら、乾いた土地を掘り起こしているザクの姿が見える。
「最初、この場所は墓地にするつもりだった。この辺りを農地にしようと耕していると、あちこちでかつての住民の亡骸が見つかる。そのたびに、ここへ埋葬していた。だが、墓碑も何もない。何か残しておきたい、と俺が言うと、彼女が…ペルシアが言ったんだ。ぶどうの木を植えたらどうかって」
 カミーユは、隣に立つトムの顔を見上げた。唇をかみしめて、その言葉に耳を傾けている。彼の家族もまた、この土の下に眠っているのかもしれない。
「トム、といったね、セントアンジュで暮らしていたのは」バムロはそう言うと、うつむいた。
「俺たちの国が始めた戦争で、君の故郷がこんなになってしまった。せめて、何か贖いになることをしたい、と思ったんだ」
 バムロは顔を上げてトムの瞳を見つめると、言った。
「俺たちを、赦してほしい」
 ざあっ、と乾いた風が吹き抜けて、まだ若いぶどうの木の葉を揺らしていく。カミーユは、トムの目からこぼれた涙が、風に乗って飛び散るのを見た。
 しばらくして、トムが口を開いた。
「もう、いいんです、バムロさん。あなただって、国のために戦ったのに迎えもなく、こんな辺境に見捨てられた。でもこの場所を見捨てずに、ここで生きていてくれた、それだけで僕は十分です」
 バムロの肩が、震えていた。トムは言った。
「僕は思うんです、地球は、…地球は死んだ者のためでなくて、生きていく者たちのための場所だって」
 ズシーン、ズシーン、と遠くから、ザクの歩行音が聞こえてくる。かつて、その音は死を招く音だった。しかし爆心地だったこの場所で、それは生きていく者の音に変わっていた。

 ぶどう畑から戻る道すがら、ジョン・バムロは訪れてきた四人のことを尋ねた。
「僕たち、東海岸のボストンから来ました。僕とヒロ、ダビドはもともと同じ大学の同級生で、宇宙工学を学んでいました。そこにこの夏、カミーユが加わったんです」トムが答える。
「何のグループなんだ?」
「そうですね、何と言ったらいいか…」とトムが言い淀む。
「モビルスーツに興味があって、いろいろと、研究しているんです。実際に動くミニチュアモデルを作ったりとか」ダビドが言った。
「でも実を言うと、本物を間近で見たことがなくて」
「そうなのか」バムロが言った。
「ちょうどいい、じゃあ俺たちのザクを見ていくか?」
「いいんですか?!」四人が声を揃えて、身を乗り出した。バムロは声を出して笑うと、しばらく車を進ませてからハンドルを切った。正面に、背の高い巨大なガレージのような建物が見える。
「あ~~」四人が口々に声をあげる。そこには2機のザクが並んで立っていた。
 バムロはその格納庫の前で車を停め、彼らを、その巨人の足元へ案内した。
「一年戦争時、キリシア・ザビ少将の突撃機動軍配下の地球方面軍北米基地がロサンゼルスに置かれていた。司令官はザビ家の三男坊、ガルマ・ザビ大佐だ。ザビ家の面々は〝天使たち〟という意味のその都市の名前が気に入らなかったんだろう、そこをニューヤーク、という名前に変えた。今俺たちがいるこの場所は、そのニューヤーク基地の前線基地の一つだった」
 彼らは、そこに屹立するザクの機体を見上げた。
「終戦時にはこいつが5機あったんだがね、そのうち2機はガタがきていたんで、レストアしたいという兵器マニアに引き取ってもらった。その金で、俺たちは農場を始めることができた、というわけだ」
 武装解除はされているはずだが、そのザクはマシンガンを手にしていた。
「これ、さっきコーリーって子が操縦していた機体ですか?」カミーユが尋ねた。
「ああ、そうだ。マシンガンみたいに見えるのは、噴射機だ。背中にタンクを背負わせて水を撒いたり、農薬を噴霧したりするのに使っている」
「正直、びっくりしました、あんな子供がモビルスーツを操縦できるなんて」カミーユが肩をすぼめた。「専門的な訓練を受けたパイロットでないと、操縦できないのかと思っていました」
「それは、思い違いってもんだ」バムロが腕を組む。
「立って歩く、走る、銃を構える、というような基本的な動作は、プログラミングされているし、操縦するのは難しくないんだ、ただ、動かすという目的だけならな。それが戦闘となると、そうはいかない。ましてや宇宙戦となると、な」
 そんなものなのか、とカミーユは思った。サマーキャンプに向かう船が海賊に襲われたとき、救援に来たモビルスーツの動きは、地上で歩く姿とは比べるべくもなかった。バムロはそんなカミーユの表情を見て、言った。
「操縦してみるか?」
「え、いいんですか?」
 彼の言葉に、他の三人も一斉に顔を向ける。
「好きなんだろう? モビルスーツが。顔に書いてある」
 その言葉に、思わず四人は互いの顔を見回した。
 そのとき、外で大型車のエンジン音がして、コーリーが格納庫に駆け込んできた。
「お父さん、バイソンが帰ってきたよ! いいヤツを手に入れてきたって!」
 バムロがにやりと笑うと、トムらの顔を見渡していった。
「君たち、いいところに来たな。バイソンが、ジャンク品の上物を見つけてきたらしい。一緒に見に行こう」

 彼らが格納庫を出ると、その前に巨大なトレーラーが乗り入れていた。荷台に乗せられた積載物に、彼らは目を見張った。幌をかけられてはいるが、それはどう見てもモビルスーツにしか見えなかったからだ。
 トレーラーの背の高い運転席から飛び降りた男が、バムロに言った。
「ほぼ無傷の、状態のいいのが見つかった。少々値が張ったが、どんなものか試してみたくなってね、連邦軍の機体を手に入れてみた」
「ほんとに?!」コーリーが目を輝かせる。
 バイソンが頷くと、荷台にかけた幌を外し始める。するとその下から、白い機体のモビルスーツが現れた。
「おおっ?」ダビドが声を上げた。
「これは、最初期型のジムじゃないか?」
「わかるのか? パッと見ただけで」バムロが驚く。
「まあね」とダビドが鼻をこすった。
「オタクってのは、そういうものさ」
 コーリーが、器用にそのトレーラーの荷台に上がり、横たわる機体の胸部のあたりに飛び乗って、その「顔」を見た。
「これと違う! 違うよー、連邦軍のモビルスーツは」
「何が違うんだ?」とバムロが聞き返す。コーリーが、トレーラーから降りてくると、言った。
「あのね、僕の見た連邦軍のモビルスーツは、目が二つあって、V字型に二本のツノがついてたんだ」
 トレーラーに横たわる期待の「顔」は、ゴーグル型ののっぺりとしたメインカメラで、ツノもない。
「目が二つ、なんてモビルスーツは見たことがないぜ?」バイソンが肩をすぼめる。
「だいたいそれって、おまえが見たのは3歳か4歳か、そんな頃だろ。連邦軍のモビルスーツなんてのは、これしかなかったんだ。あとはボールっていう、ポッドに大砲つけただけみたいなしょぼい支援機ぐらいしかな」
「そんなことないよ、僕らが乗ってきた船にはモビルスーツがあって、戦ってたって母さんも言ってた」
 そんなやり取りを聴きながら、いてもたまらずヒロは端末を取り出して画面を開いた。
「コーリー、君が見たっていうそのモビルスーツって、こんなんじゃないかな」
ヒロは、彼らが作ったRXー78、連邦軍の試作モビルスーツ、ガンダムの3Dモデリングデータを呼び出して、コーリーに見せた。
「あっ!」とコーリーが声を上げた。
「これだよ、父さん、バイソン、見て、僕が見たモビルスーツは。ほら、目が二つでツノが二本!」
 バムロとバイソンが、ヒロの端末の画面を覗き込んだ。
「これは、ガンダムって呼ばれていた機体だ。連邦軍が一年戦争中期に開発した試作1号機で、これをもとにして量産型のジムが生産された」
 ヒロが説明する。バムロが彼を見て言った。
「本物なのか? このデータは」
「もちろんだ。俺たちはこれを5年前、地球連邦が公開したアーカイブで見つけた。それだけじゃない。こいつに乗っていたパイロットが、たまたま大学の同級生だった。地球圏で、一番正確に復元されたデータだ」
「本体は、残っているのか?」
 トムが、首を振った。
「ア・バオア・クーの最終決戦で半壊して、パイロットはコアファイターで脱出したって」
「あー、この機体はコアブロックシステムっていって、機体の腹部のブロックが小型戦闘機に変形して、緊急時に脱出できるような機構があったんです」ヒロが言った。
「こいつにも、その機構がついているのか?」バイソンが、トレーラーに乗ったジムを指差した。
「いや、それはもっとシンプルな構造だ」
 バイソンは腕を組んで、にやにやと笑い始めた。
「俺、いいことを思い付いたぜ。このジムをこれから俺は整備しなければならない。そこでだ。こいつを、そのガンダムってやつに改装するっていうのはどうだ?」
「できるんですか? そんなこと」カミーユが言った。
「データでしか、残っていないんだろう、その機体は」バイソンが言った。
「自分の目で実物を見たいと思うなら、そうするしかないだろう。なあ、コーリー?」
「うん!」コーリーが、目をキラキラと輝かせながら頷いた。
 トム、ダビド、ヒロとカミーユは互いに顔を見合わせる。
「やってみたいと思わないか?」バイソンの言葉に、彼らは目を輝かせて頷いた。

 北米・西海岸に近い砂漠の街から東海岸の都市ボストンに戻ると、カミーユ・ビダンは転入した地元の高校に通いはじめた。しかし、登校したのはほんの数日で、ほぼ毎日オンラインで授業を受けている。学校に行くよりも、<ラボ>での活動の方が、彼にとっては数十倍、数百倍も心踊るものになっていた。
 ダビド、トム、ヒロはカミーユの提案を受け、四人で会社を立ち上げた。名前は「グレープシード」、セント・アンジェの爆心地跡にぶどうの種をまく、バムロらの姿からヒントを得て命名したものだ。ダビドとトムヒロの三人は猛然と、次の作業に取り掛かり始めた。
 彼らの夢は、今起ころうとしている戦いとは、遠く離れたところにあったはずだった。月を舞台に勃発することになる新たな戦いに、彼らもやがて巻き込まれていくことになることを、彼らはまだ知らずにいた。


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