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機動戦士ガンダム0087 sweetness

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々のお話シリーズ第2弾です。アムロとセイラが再会を果たすシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0085 姫の遺言」 の後のお話です。
このお話は、ベルトーチカを主人公にした「SWEET 19 BLUES」の中の挿話で、ジェリドとのデュエルに勝利したあと、アムロがセイラに「聞いてほしい話がある」と言った、その後を描いています。アムロとセイラが話しているだけ‥‥(^^;; ごゆるりと、お楽しみください。タイトルはMISIAの曲「sweetness」より。

 下士官クラブに居合わせたパイロット候補生、ジェリド・メサとの諍いを発端に、士官学校における<ブライトンの掟>に従って行われたシミュレーターでの模擬戦闘で勝利したあと、アムロは言った。
「あなたのおかげです、セイラさん。僕はやっと‥‥、やっと彼女と和解することができました」
「彼女と?」
「ええ‥‥、セイラさん、ララァ・スン‥‥、シャアの部下で‥‥、彼をとても愛していた‥‥、あのとき戦場で何があったのか、聞いてもらっていいですか?」

 セイラは取材で滞在するために借りているコンドミニアムで、彼が来るのを待っていた。
 アメリカ東海岸の大学で学んでいたアムロと再会し、付き合い始めてしばらくすると、アムロは不意に、大学を辞めて士官学校へ行く、と言い出した。そして今、モビルスーツ・パイロットコースのある<サイド2>ブライトンの士官学校に在籍している。といっても、まだ実機訓練前のシミュレーターによる戦闘訓練の段階で、四苦八苦しているらしかった。下士官クラブで出会った一学年上のジェリドによると、アムロは訓練中にシミュレーターで〝落ち〟た、つまり失神したのだという。適性なしとしてDOR(自主退学)にさせられる一歩手前まで追い込まれていたのだった。
 だからジェリドは、そんなアムロになら楽勝できると踏んで、デュエルと呼ばれる対戦に臨んだのだが、そこでセイラが見たのは、ホワイトベースでともに戦っていた頃さながらの、圧倒的な戦いぶりだった。
 同期生らは、そんなアムロを〝覚醒した〟と驚きをもって迎え入れていた。しかしアムロは、それはセイラさん、あなたのおかげだと言う。
 そのとき、アムロの言った言葉に、セイラの心は彷徨っていた。

 ララァ・スン‥‥、シャアの部下で‥‥、彼をとても愛していた‥‥

 シャアを、とても愛していた。

 そのとき、インターフォンが鳴った。小さなモニターに、まだどこか少年の頃の面影を残す彼の姿が映し出されている。セイラはドアを開けた。キラキラとした光をたたえたその目に見つめられて、セイラは思わず笑みをこぼした。そのまま、何も言わずに二人は抱き合った。

 ひととおり近況を互いに分ち合ったあと、セイラは言った。
「私に、聞いてほしいことって?」
「ほかに、話せる人がいなくて‥‥、でも、セイラさんには聞いてほしかった。ホワイトベースで戦っていた頃のことなんです」
 窓際の、小さなテーブルをはさんで向かい合わせに座ると、セイラは耳を傾けた。
「<サイド6>に入って補給を受けようとしたときのこと、覚えてますか?」
「ええ、よく覚えているわ。ミライの婚約者だって人が現れて、一悶着あったんですもの。忘れるはずがないわ。でも‥‥、あのとき、アムロはそこにいなかったわね?」
「僕は、父さんに会いに行っていましたから。食料品の買い出しで街に出たときたまたま見かけて、追いかけていったら、ジャンク屋の2階に住んでいることがわかったので」
「そのとき、何があったの?」
「その途中で、出会ったんです。ララァ・スンに。彼女は私服姿でそのときは名前もわからなかったけど、シャアの部下で、あの〝とんがり帽子〟のパイロットでした」

 ジオン公国軍のニュータイプ専用モビルアーマー<エルメス>のことを、彼らはそう呼んでいた。ビットとよばれる遠隔操作の攻撃用ポッドを搭載し、本体とは全く別の位置からの狙撃が可能であったため、ニュータイプ能力に目覚め始めたアムロ以外のパイロットには、手も足も出ない敵となっていた。
 というよりも、〝とんがり帽子〟との交戦によって、アムロのニュータイプとしての能力が急速に発達したといってもいい。そこに何らかの〝作用〟があるのではないか、ということに、みな薄々勘づいていた。

「テキサス・ゾーンで戦闘になったことがあったでしょう。あのとき、テキサスコロニーで、彼女と再会したんです。といっても、彼女を見たわけじゃない。ただ、感じた。誰かが僕を見ている、それはララァ、だって」
 はっとしたような表情を浮かべて、アムロは言葉を続けた。
「あのとき、僕は赤い機体のモビルスーツと対戦しました。シャアでした。きっとあの無人のコロニーで、彼女の乗るニュータイプ専用機のテストをする予定だったんでしょう。あのとき以来、いつもシャアは彼女とともに出撃していたから」
 シャア、という名を聞いて、思わず彼女は両手で口元を覆った。そうだ、あれもテキサスコロニーだった。再会した兄に、別れを告げられたのは。
「‥‥大丈夫ですか? セイラさん」
「え、ええ‥‥」
 彼女は顔を上げて、アムロを見た。
「思い出したの。あのとき、バギーに乗ってアムロを探しに行ったでしょ。あなたが私を見つけてくれたけど、その前に私、会っていたの、兄と」
「シャアと?」
「ええ、私だとは気づかずに、銃で脅してバギーを奪うつもりだったみたい。すぐにわかったわ。仮面をつけていたけれど。そのとき、少し話をしたの。兄は言ったわ。私は過去を捨てたと。ザビ家への復讐なんてやめて、わたしの元へ戻ってきてほしかった。でも、聞いてはくれなかった。兄は私に、木馬を降りろって言ったの。おまえに戦争は似合わないって」
 沈黙が、しばし二人の間に隔たりをつくった。アムロは、彼女の目からこぼれ落ちる涙を見ていた。
「‥‥ごめんなさい、あなたの話を聞いていたのに。つい‥‥」
「いいんです、セイラさん」アムロは言った。
「だけど、あなたは船を降りなかった。最後まで兄さんを諦めなかった。それくらい、兄さんを愛していたんでしょう?」
 ふとそこで、アムロは口をゆがめて笑みを浮かべた。自嘲するような笑いだった。
「僕には、わからなかった。愛するってことがどういうことなのか。だから、どうしていいかわからなかった」
「どういうこと?」
「ア・バオア・クーでの決戦の前、僕は〝とんがり帽子〟を撃墜しました。あのとき‥‥、あのとき、僕の動きは、少しおかしかったと思いませんか?」
「どうだったかしら。よく覚えていないけれど‥‥」
 セイラはそう言ったものの、本当はよく覚えていた。あのとき、再び戦場で兄と出会って、必死に呼びかけていたのだから。兄さん、私よ、わからないの?と。
「どう言えばいいのか‥‥、ニュータイプとして彼女の心の声を聞いた、とでも言えばいいか、そのとき僕は、彼女と会話をしていたんです。なぜ、戦うのかと僕は聞きました。彼女と戦うのは違う、何かが違うと思ったから。そうしたら、彼女はこう答えたんです。僕が、シャアを傷つける‥‥シャアを傷つける悪い人だからだと」
 それまで、淡々と話していたアムロが、そのとき一瞬、声を詰まらせた。
「そして、言いました。あなたには、守るべきものが何もない、それは不自然なことだって」


 セイラは、そのときのことをまざまざと思い出していた。あの時、セイラは敵に圧倒されていた。シャアの赤い機体に追い詰められ、直撃を受ける寸前だった。その時、声が聞こえた気がした。
『大佐、いけない…』と。そしてシャアは、攻撃するのを、やめた。

「僕はララァに聞きました。じゃあ君はどうなんだって。そうしたら、彼女は言ったんです。私は自分を救ってくれた人のために、戦っていると。僕は、敵だった。彼女にとって、僕は殺すべき敵だったんです。だけど、僕にとってはそうではなかった。だから僕が戦うことを止めさえすれば、彼女は死なずにすんだんだ」
「それは違うわ、アムロ」
 つい、きつい口調でセイラが言った。
「もし、あなたがあそこで戦いを放棄していたとしたら、シャアがあなたを撃った」
「わかっています」アムロが言った。
「ああするしかなかった、ということは。でも、戦争が終わって地球に戻ったあとも、ずっと、頭から離れなかったんです、あのときの彼女の言葉が」
 不意にアムロは立ち上がり、うろうろと彷徨うように、部屋の中を歩きまわった。両手で頭を抱えるようにし、その赤いやわらかな髪を、掻きむしっている。言葉もなく、セイラはその姿を見ていた。
「地球に戻って、トーキョーの避難民居住区で暮らしていたとき‥‥毎日、眠る時間が悪夢だった。夢の中に彼女が現れて、ずっと、僕を責め続けるんだ。シャアをいじめる、悪い人だって‥‥」
「だからなの? あなたがあのとき、ブライトの誘いを断って、すぐにパイロットに戻ろうとしなかったのは」
「あのとき、高校を出てすぐ軍に入ったとしても、僕はきっと、何もできなかったと思います。5年‥‥6年たった今また、戦闘シミュレーションを始めたとたんに、夢に彼女が現れるようになったので」
「だからなの? あなたが〝落ちた〟のは」
 アムロが、うなずいた。
「それにしては、自信たっぷりに見えたわ。ジェリドがデュエルで勝負をつける、と言い出したとき」
 ああ、というとアムロはふふっと笑った。
「あれはね、もし僕が負けたとしても順当な結果だから誰も驚かないし、もし僕が負けてDOR(自主退学)になったとしても、‥‥」
 そこでアムロは、口をつぐんだ。
「DORになったとしても、何なの?」
 セイラの言葉にアムロは視線を落とし、照れたように笑った。
「‥‥僕には、帰れるところがあるんだ」
 セイラが、小さく微笑んだ。
「デュエルが始まると、また、彼女の声が聞こえてきた。‥‥なぜあなたはこうも戦えるの?あなたには守るべき人も守るべきものもないというのに‥‥って。あなたの中には、なにもない、家族もふるさとも、何もないというのに‥‥何を守っているの?と‥‥」
 セイラは、小さく首を振った。そんなことはない、あなたの中になにもない、なんてことは。
「そのとき、僕はその幻聴に向かってはじめて、反論できたんだ。あのときはそうだったかもしれないけど、今は違うと。僕は大切に思う人のために、戦っているんだ、いつでも、僕を上へと引き上げてくれる、愛しい人のために‥‥。そうしたら、ララァは言った。あなたはもう、一人ではないのね‥‥って。僕はそのとき、やっとわかったんだ、彼女がどれほどシャアを愛していたか。自分の命を投げ出してまで、彼を守ろうとしたのだから。そのあと、もうあの声は聞こえなくなった」
 顔を上げたアムロの目に、セイラは自分の姿が映っているのがわかった。ふと、彼女は胸を突かれたような思いに囚われて、言った。
「だからなの? アムロ。あのとき兄さんを撃たずに逃したのは」
「だって、そうでしょう。あなたがあんなに愛していて、彼女が命を捨ててまで生かそうとした彼を、僕が亡き者にできるはずがない」
「ばかね、アムロ」セイラが言った。
「あのとき兄さんは、本気であなたを殺そうとしたのに」
「いいんです、そんなことは」
 セイラは、心の中に安堵感が広がるのを感じていた。士官学校で規律に縛られながら厳しい訓練を受けているはずなのに、彼はちっとも変わっていない。
「ねえ、アムロ」セイラはテーブルに肘を置き、頬杖をつくと言った。
「兄さんは、彼女を‥‥、あなたが会ったララァという女性を、愛していたと思う?」
 アムロが、肩をすぼめた。
「僕には、わかりません。だけどシャアが彼女を愛したのだとしたら、それは彼女がニュータイプだったからかなあと」
 セイラは、人差し指で彼の鼻をつつくと、言った。
「そういうとき、人って愛されているとは思わないのよ、アムロ」
「そうなんですか」
 セイラが、うなずいた。
「どうして、そんなことがわかるんですか」
「理由はないわ、ただ、わかるのよ」


 翌朝、アムロはその部屋のベッドで目覚めた。その横に彼女の姿はなかった。ゆっくりと体を起こすと、隣のリビングルームから、彼女がやってきてベッドのはしに腰掛けた。
「よく眠ってたわね。悪夢にうなされてたとは思えないくらい」
「やっと、眠れるようになったんだ」
「コーヒーを淹れたわ」セイラはそう言うと立ち上がり、ベッドルームから出て行った。アムロはシャワーを浴び、脱ぎ散らかした服を身につけた。
 リビングルームは片付けられ、彼女のスーツケースがおいてある。セイラはアムロのカップにコーヒーを注ぐと言った。
「今日の午後の便で、地球に戻るわ」
「そ、そうか‥‥、残念だな」
「予定があるの。それに、ここにいたって、会えるのは週末だけでしょ?」
「うん‥‥」
 目が合うと、アムロは言った。
「ありがとう、来てくれてうれしかった」
「ジュード・ナセルはまだここに滞在しているわ。聞きたいことが、まだ山ほどあるんだって」
 彼は一年戦争時のホワイトベースの戦いについて取材するため、ここに来ている記者である。アムロは先日、インタビューを受けていた。
 アムロが、うなずいた。出発便の時間を聞くと、宇宙港まで送っていくよ、と彼は言った。

「アムロ、昨日僕には帰れるところがある、って言っていたけど」と別れ際、セイラは言った。
「DORになったら、帰る場所はないと思って」
「えっ」
 アムロが心底驚いた顔をしたので、セイラは思わず吹き出した。
「まさか、本気で自分がDORになると思っているわけ?」
「まだ、少しは」
 それじゃあ、と言うとセイラはそっと彼の頬に触れ、その唇に自分の唇を重ねた。
「次会う時は、少尉殿ね」
「なれるかな、本当に」
「ええ」セイラは言った。「あなたなら、できるわ」

 セイラは地球の衛星軌道上に浮かぶ<アースポート1>に向かうシャトルのシートに身を沈めた。<サイド2>のコロニー群が遠ざかってゆく。キャスバル兄さんが、ジオン公国で軍人になってかつての優しさを失い鋭利な刃物のようになったみたいに、もしアムロも変わってしまっていたら、と彼に会うことに躊躇していたが、会ってよかった、とセイラは思った。

 不思議に、引き寄せられる。寄せては返す、波のように。

 ひとつだけ、アムロに聞かなかったことがあった。アムロは‥‥、アムロは、シャアを愛していたというその人を、ララァを愛していたの?
 きっとアムロは言うだろう。わからない、と。けれどセイラにはわかっていた。自分が兄を失った寂しさを抱えているように、アムロもまた、彼女を失った寂しさを抱えているのだと。ただ彼が、セイラの寂しさに触れてくれたことが、うれしかった。

 彼はいつも、少し臆病な私を優しさで包んで、飛び立たせてくれる。
 そして必ず、この宇宙へ戻ってくるだろう。あの、鋼鉄の巨人を駆って。きっとそのときも、その優しさが巨人を包み込んでいるだろう。

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