SF創作講座#7 梗概感想
SF創作講座第七回の梗概のうち、くじ引きで担当が決まった作品に対する感想です。感想の分量と評価の高低には相関はございません。
古川桃流『教師あり学習と業績改善計画の実態』
以下の点がユニークで面白いと感じました。
・AIに対して行うべき教師あり学習を人間に対して適用してしまうという設定
・その教師たる「アリス」が自我めいたものを持ち、主人公たる「僕」とコンフリクトのある共生関係を築くようになり、それが物語をドライブしている点
以上の設定とそれがもたらす関係性にわくわくしたものの、それがかえってアリスの目的の新規性の凡庸さを浮かび上がらせてしまっていたようにも感じました。ただ、これはきっと、事実の列挙で連ねられた梗概だからこそ覚えた感想だと思っています。アリスの存在に企業や社会はどう反応するのか、「僕」とアリスの対立の描写などがきちんと描かれれば、最初に挙げた面白さの部分を体現した実作になりそうな予感がしています。
相田 健史『未納が発生しています』
話の筋はシンプルで分かりやすいものでした。なぜ未納になったのか、現地で何が起きているのか、ミステリー的な物語の転がし方を入れて伏線を張りつつ原生生物との遭遇へと入っていけるため、シンプルなストーリーラインであっても退屈せずに読める実作に仕上げられる余地はあるように思えます。
梗概のストーリーラインをかじっただけでは、「接触がなくならない」というのは「なまの感情」ではなく「予想」であるかのように思えました。技術が進歩しても「接触」が失われず、それがいまの人類の「なまの感情」とつながったものであるのならば、それをストーリーに組み込むのが課題へ答えることになるのかと思いますが、現地に向かうことについて主人公がどう感じ、どう考えているかが描かれ、それが惑星での出来事を経ていく中でどう変化していくのかが気になるところです。
柿村イサナ『宇宙の中心でIを叫んだワタシ』
第三回の提出作「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」の続編。まさかの続編。第三回の課題提出作を読んだことない方は三行目の意味が分からず(また、何の続編であるかも明記されていないため)理解に支障を来しそうな気もしますが、その是非については触れず、以下は前作の梗概のみをふまえた上で書きます。(尚、第三回の実作は読んでいません)
声の響きに「意味」を見いだす宇宙人の登場によって、「声俑」という概念が発生するという設定はユニークで面白いと思いました。ドタバタした展開を楽しめる実作が期待できそうです。一方で、些細ながら気になったのは以下二点でした。
・声の響きが意味を持つのなら、合成音声は?
・地宇合作と言いつつ宇宙人側がほとんどの金を出すのに、「豆」という地球の固有種をメインに据えた理由は何だろう。豆が宇宙人にとって大きな意味を持つものになっているのでしょうか。(それはツッコむべきところではないというツッコミは受け入れます)
広海 智『都市船の神子』
「なまの感情」を明確にしてから梗概を読むため、アピール文を先に読みました。そのときは「なまの感情」に対して「普遍的で誰にでも共感できる反面、使い古されたもので陳腐にもなりやすい」ものを選んだと読み手ながらに少し焦りもしました。しかし、時戻りの能力の設定と制約とがうまく物語を制御していて、設定面も伏線として機能しており、話としてよくまとまっていると感じました。気になったのは以下の二点です。
・都市船という設定の必然性が読み取れなかった点。
・高穂が最後に選んだ道。食糧生産科に進めば高穂の戦死は防げるのかもしれませんが、諸外国の脅威が依然として存在する中で、それで高穂と穂波は幸せな人生を全うできる(そして、それができるだけの安寧を国は保てる)のでしょうか。実作でこのラストでいくならば、それを示すロジックが欲しいと感じました。また、この選択は彼らにとって本当に後悔のない(=もう時戻りをして改変する必要がない)ものなのでしょうか。時戻りがない我々には「まあいいか」と思えることも、ある彼らにとっては次第に受け入れられなくなっていく、そして過去を変えたいという欲求に苛まれていくようにも思えるのです。
岸田 大『父に、生まれて』
「なまの感情」と作品の結びつきは強く、課題に答えているか否かという観点と話としてまとまっているのかの両方の観点の両立ができている作品だったかと思います。瀧本も岸田さんと同世代で子供がいないので「父になること」の感情はよく分からないのですが、フツウにいい話としてスムーズに読むことができ、また不明点も少なく梗概時点での完成度は高かったとも感じました。(字数がオーバーしているからそれができた節は否めないですが)
SF的かどうかと言われると弱く思えてしまうのが、「SF創作講座の梗概」として挙げられる欠点になるかと思います。ただ、SF的かどうかの基準は人それぞれですし、それは作品の良しあしには全くかかわらない要素ではあるので、実作でSF的要素を強くしてかえって駄作にすることだけはしないでいただきたいと思いました。
岸本健之朗『ハッカー、クマを釣る』
「クマ怖いな、もっと怖くするには……そうだ! サイボーグで忍者にしよう!」という頭の悪そうな(褒め言葉)アピール文から一転、詰められたSF設定と張られた伏線がもたらすプロット上の捻りに舌を巻きました。
庚乃 アラヤ『外なる者のラブソング』
設定と物語のスケール感は随一で、わくわくしながら梗概を読みました。中盤以降、設定や展開の因果関係が読み取れずやや消化不良な感はありましたが、実作ではSF的な説明があるとのことであれば、気にはしないでいられるくらいのものではあります。なまの感情には貴賤はないので、コミュニケーション大好きオバケみたいな読者をコミュニケーション恐怖症にさせるような実作に期待が膨らみます。
岡本みかげ『おいしい肉が食べたい』
生物が「おいしい」という感覚を抱くのは、その食糧に含まれる成分が生存に必要なものであるから(正確には、そのような成分をより好んで摂取する個体が生き残ってきたから)ですが、人間は料理によってその感覚をハックしました。とはいえおいしいと感じるのはそういうスパークが脳内で弾けるからであって、まさしく最後に出て来たバクテリアはその極致ともいえるような存在で、はっとさせられるものがありました。一方で、アピール文の「変な死に方をするくらいなら、何かに食べられて死にたい」という感情については、それの料理法はこの梗概で正しいのかという疑問を抱かずにはいられませんでした。それはきっと、この梗概が夫人目線ではなかったからでしょうが、その「なまの感情」をきちんと読者に味わってもらうためには、どう実作を料理していくかが決め手なのではと思います。(ただ「おいしいものを食べたい」というのも十分「なまの感情」ではあるので、「変な死に方を~」を無理に入れる必要もないと思っています。)
花草セレ『いつか溺れる海のために』
「なまの感情」の強度は頭抜けていて、頭で考えてつくったフィクションでこのレベルに比肩するのは難しいという点で、その「なまの感情」を調理するという今回の課題への答え方として正しい一つの形であるように思いました。「幸福に溶解して死ぬ」という願望を達成させるために種子へのデータ保存的な技術など、SF的な要素も絡められているように感じます。プロットとしてツイストが少ないためごく短めの作品になるでしょうか。(あるいはそれらを加えて、少し長めに仕上げることもできるでしょうか)強度の高い感情にあふれた尖った実作をどれだけ高い完成度で仕上げられるかが、評価の大きな観点になるかと思っています。
猿場 つかさ『翠曜日の夜、午後八時に』
アピール文に記されていた「なまの感情」が無理なくエンタメ強度の高いストーリーという血肉を伴った梗概となっていたので、課題に対する答え方という点では高得点なのではと感じました。1200字に収めるには情報量が多いため設定や各登場人物の心情の機微を完全に読み取れた自信はありませんが、レベルの高い実作になりそうな予感はひしひしと感じました。実作を読みたいという気にさせる梗概だったと思います。気になるのはこのプロットで二万字に収まるかどうかですが、無理して収めるよりは字数制約を気にせずこの作品に適した字数で仕上げていただきたいと思いました。
髙座創『夜明けの形式』
※まず、内容に関するアピール文は最初の五行までしか読んでいないという点だけ付記しておきます。アピール文にある「原文」とその後の文は内容に関するアピールの趣旨から外れていると判断しました。
アピール文によれば実話ベースということで、その勤務の忙しさのリアリティは真に迫るものが書けるのは間違いないかと思います。けれども、読者もただ無限労働している辛い話を読みたい訳ではないので、できあがったAIが見せる挙動や、それがもたらすセンスオブワンダーをしっかり描写してほしいと感じました。内部状態が14種類あるとか、そのうち女性にしかないものが2つあるとか、ワクワクしますよね。
馬屋 豊『マエストロ~まだ見ぬ巨匠たち~』
アピール文に書かれていた「なまの感情」は梗概時点でたいへんよく味わわせていただきました。良くも悪くも梗概時点で割と満足してしまいましたが、ピンスラのキモカワの描写がさらに磨かれるということで期待は持てそうです。
冷静に物語の流れを俯瞰してみると、若林はなぜ人体実験がバレる恐れがあるのに取材を受けたのか、ジミーが消えたのに取材はなぜ続行したのか(警察に通報しない?)など気になるところはありますが、たぶん細かいところを気にする話ではないのでしょう。
八代七歩『モーニングコーヒーはいつまでも』
うさぎSFじゃない!? と思ったらうさぎカフェに転移するパートがあったのでもう満足です。言うことはございません。という冗談はさておき、実作を読んでみないことには正しい評価ができそうにない、というのが正直な感想でした。「もういない人」を感じさせるのがディティールの役目なら、梗概でそれを描き切るのは確かに難しいことでしょう。
細かいですが、Macbookの佐藤の役目が掴み取れませんでした。