朕は人間なり
「はじめまして、田中家長男、朕の名は田中武っていいます。よろしくおねがいします。」
幼稚園の時、あまり覚えてはいないけれど、よくおままごとを一緒にしてくれた子がいた。雨の日はいつも泥のハンバーグを作ってくれて、ドームの中で待ってくれていた。
『おかえり!、ごはんできてるよ』
と言ってくれていたさきちゃん。
晴れの日は外でたくさん体を動かした。
『たけしくんだけみつからない、どこいるの?』
かくれんぼをすれば最後まで見つけてくれない。
『はい、タッチ。たけしくんがおに!』
そのくせに、鬼ごっこをすればいつも最初に追いかけてくるえみちゃん。
二人に言った気がする。
『将来、僕のお嫁さんになってね』と。
彼女たちはもうお嫁さんになってるんだろうか。
いつもお歌をうたってくれたそらぐみの洋子先生には
『先生は結婚してるの』って聞いたっけ。
そしたら、すみれぐみの洋介先生が
『そんな野暮なこと聞かないの』って言ってたかも。
野暮ってどういうことだったんだろうか。粋な計らいでも求められてたんだろうか、面倒くさい男やなと今では思う。
小学校の先生に言われた。
『夢を持ちなさい』って。
当時の僕は何を考えたんだろうか。
『足が速くなりたい』って答えた気がする。
当時の世界最速の男がボルトって名前だった。みんなが事あるたびに決めポーズを真似してて僕もよくやっていた。すごい楽しかった記憶がある。
中学校の修学旅行は北海道だった。詳しくどこにいったのかはよく覚えていない。だけれど、よく分からないポーズのおじさんの銅像は覚えている。
『BOYS BE AMBITIOUS』日本語に訳すと、
『少年よ、大志を抱け』
このおじさんが何が言いたかったのかは今でも分からない。大志?タイシ?タイシって絶対男じゃん、抱けないじゃんぐらいしか思わないな。
高校生は人生のピークだったかもしれない。初めて彼女ができた。二年生に上がった時、隣の席になって、帰り道もたまたま一緒だったから、登下校も一緒にするようになってだんだんと。自転車を二人乗りして、見回り中のお巡りさんに注意されたのをよく覚えてるな。二人乗りするのってそんなに悪いことなのかな。絶対、羨ましかっただけでしょ。独りでパトロールしてて寂しかったんだろ、きっと。しょうもないやつ!
『いらないことするよね、警察って』
『本当にね、私たち悪者みたいじゃん』
『いいね、悪者。いっそダークヒーローにでもなろうか』
『いいすぎ、どうせなら正義の味方のがいいよ』
『そっか、じゃあ悪を懲らしめるところから、次の信号まで飛ばすね』
『ふふ、なにいってんの』
今となってはお巡りさんのおかげで記憶に残ってるのかもな。
彼女とは卒業式でお別れをした。彼女は地方の大学に行くことになっていて、僕は就職も進学もせずに地元でフリーターを。もう連絡を取ることも会うこともないんだろうな。
「朕って、うける。こちらこそはじめまして、森彼方です。」
どれくらい時間が経ったのか、その子の顔も覚えてない。今、目に映るのは、目の前の画面のあさんの顔写真だけ。
ー脳科学者 田中武
チンこそ至高の領域 より
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