「「朝ごはんは食べたか」→「ご飯は食べてません(パンは食べたけど)」のような、加藤厚労大臣のかわし方」Yahoo!ニュース個人、2018年5月7日(復刻版)
国会質疑を見ていると、加藤厚生労働大臣の答弁は「野党の追及をいかにかわすか」だけに関心があるように思えて、うんざりさせられる。実際にどのような追及かわしの手法が用いられているのか、具体例を見てみよう。
はじめに
筆者の下記の連続ツイートが、思いがけなく数多くリツイートされた。
もちろん、これらは国会における実際のやりとりではない。しかし、国会のやりとりにおいて加藤厚生労働大臣は、実際に、こんなふうに野党の追及をかわし続けているのだ。そのため、いっこうに質疑が深まらず、野党の質疑の時間がどんどん空費されていく、という状況が続いている。
筆者は現在、この「Yahoo! ニュース 個人」の場で、裁量労働制の方が一般の労働者より労働時間が短いとした安倍首相の答弁で言及された「比較データ」がねつ造であったと検証する連載記事を掲載中だ。
連載の第4回までが公開済みで、このあとの連載第5回では、国会答弁の内容から「ねつ造」の痕跡を示そうとしているのだが、野党の追及をかわすことだけが目的のような答弁の数々を見ていて、どんどん「負の感情」が心の内側に溜まっていった。そこでその「負の感情」が心の内側に積もっていかないように、外に出してみたのが上記の一連のツイートだった。
思いのほか多くの反響を呼んだのは、
という思いからだったかもしれないし、
という思いからだったかもしれない。
実際の国会質疑を見ておらず、ニュースで切り取られた答弁だけを見ている人には、加藤大臣が普段から不誠実な答弁を繰り返している様子は、伝わっていないだろう。
そこで以下では、上記のツイートが、実際のどのような加藤大臣の答弁に対応しているのかを示し、加藤大臣の「追及かわし」の悪質さを見ていきたい。
ちなみに上記の連載は全体で8回ほどになる見込みで、今はちょうど折り返し地点にあたる。そこで番外編として、加藤大臣の答弁の特徴を取り上げてみることとした次第だ。
以下では加藤大臣の次の4つの「追及かわし」の手法を、具体的な答弁から確認する。
また、上記の「朝ごはん」ツイートにはないが、次の問題も末尾に指摘しておきたい。
「追及かわし」の手法・その1:論点のすり替え
冒頭のツイートの前半に示したのは、気づかれないように論点をすり替えて答弁する手法だ。
「朝ごはんを食べたか」と問われたとき、誠実な答え方は、
●食べました
だろう。
しかし上記で回答者は、「朝ごはん」を食べたかを聞かれているのに、「食べた」とは答えたくないので、「ご飯」を食べたかを問われているかのように論点をすり替えた上で、
●ご飯は食べませんでした
と答えている。実際には「ご飯」ではなく「パン」は食べていたのだが、それは答えない。
尋ねた人は、「朝ごはんを食べなかったんだな」と思うだろう。不誠実な答え方だ。
ちょうどそういうやりとりが、野村不動産への特別指導の背後にあった過労死の事実認識をめぐって、行われている。
野村不動産に対しては、昨年の12月25日に厚生労働省東京労働局が、裁量労働制の違法適用があったとして異例の「特別指導」を行い、その指導の実施を翌日の12月26日に記者会見で記者に伝えていた。
しかし、実際にはその背後に、裁量労働制を違法適用された社員の過労死について、労災の申請と認定があり、新宿労働基準監督署による労災認定の日は、「特別指導」の翌日、まさに記者会見で「特別指導」が記者に伝えられた、その日だった。そのことは今年の3月4日(日)に朝日新聞が独自取材により明らかにした。
そのため、過労死が起きたことを知っていながら、それを伏せて、裁量労働制の違法適用をきちんと指導したかのように国会で安倍首相や加藤大臣が答弁していたのではないか、という問題が、翌日から国会で問われることとなった。安倍首相や加藤大臣は、過労死や労災申請・労災認定を答弁より前に知っていたのか。それが追及の焦点だった。
その3月5日(月)の参議院予算委員会で、石橋通宏議員の質疑に対し、安倍首相と加藤大臣は、こう答えている。
さて、ここで加藤大臣は何を答えただろうか?
石橋議員が「知っておられなかった、と。この事案」と確認したのに対して、加藤大臣は、
「いや、そうではなくて・・・」
と、訂正はしていない。普通に聞けば、
「承知をしておりません」
と答えているのだから、知らなかったと答弁した、と受け取る。翌日の新聞各紙もそのように報じた。
しかし、改めて野党が追及していくと、この答弁は、野村不動産における過労自殺について、知らなかったという答弁ではなかった、ということが明らかになった。野村不動産における労災申請については、
と、その後、加藤大臣は、説明を拒み続けた。
では、「承知をしておりません」とは何を承知していない、という答弁だったのか。
よく見ると、加藤大臣の答弁は、
となっている。一般論として答えた、というわけだ。
そんなことは石橋議員は尋ねておらず、野村不動産の事案について、過労自殺とその労災認定があった事実を知っていたかを問うているのに、加藤大臣は、論点をすり替えて、聞かれてもいないことを答えて、あたかも何かを答弁したかのように装っていたのだ。
これでは質疑は成り立たない。
しかし、こういうすり替えが、加藤大臣の答弁には実に多い。論点がすり替えられていることに、質問者はすぐには気づけない。そのため、すれ違った質疑が続く。時間の空費だ。
しかし、加藤大臣が狙っているのは、まさに、何かを答えているかのように装いながら、実際には何も答えないことと、野党の質疑の時間を空費させることなのだろう。
「ストップ! 詐欺被害! 私は騙されない!」というキャンペーンがあるが、そんな風に、大臣の答弁の一つ一つを疑ってかからなければならないとすれば、国会質疑とは、いったい、何なのか。
「追及かわし」の手法・その2:はぐらかし
冒頭のツイートの後半に示したのは、話をはぐらかす手法だ。
これに相当するものとして、例えば、3月2日の参議院予算委員会における小池晃議員の質疑に対する加藤大臣の答弁を挙げることができる。
小池議員は、働き方改革関連法案に含まれる高度プロフェッショナル制度が、労働基準法の労働時間規制を大幅に適用除外するもの(労働者から見れば、労働法の保護の外に放り出されるもの)であるため、この高度プロフェッショナル制度の適用対象者に、連日の24時間勤務を強いても、違法ではなくなってしまう、という問題を指摘した(この問題については、下記の記事を参照)。
「異次元の危険性」が、高度プロフェッショナル制度にはある、というのが小池議員が質疑で明らかにしようとした点だ。
それに対し、加藤大臣は、なんとかその危険性を認めまいとする。そして、大臣答弁として全く責任を負う気がないような、はぐらかしの答弁をするのだ(そのやり取りの速記録が、 こちらに公開されている)。
小池議員は実にロジカルに、連日の24時間勤務をさせることが法律的にできてしまうだろう、ということ確認しようとしている。「法律上排除されていますか」と、聞き方も的確だ。はぐらかしの答弁を避ける聞き方だ。。
しかし、連日の24時間勤務を命じることを排除する仕組みが法律上は存在せず、それが実際は可能になってしまうということを、加藤大臣はあくまで認めたくない。それを認めることは、高度プロフェッショナル制度の創設という政府のもくろみにとって、不都合なことだからだ。働き方改革関連法案の成立に、支障となるからだ。
だからなんとか、小池議員の質疑に直接答えずに、はぐらかした答弁をしようと試みる。
と加藤大臣は答弁しているが、そのような場合にこの制度が適用できない、といった規定は、当然、法案にはない。
ここにも微妙な論点そらしがあり、加藤大臣は「適用できない」とは言わず、「適用できなくなってまいります」と答弁している。
しかし小池議員がその答弁では答弁になっていないとして、改めて「これを排除する仕組みが法律上ありますか」と問うと、今度は
と言い出している。
いや、「なじむ」とか「なじまない」とかの問題ではないのだ。高度プロフェッショナル制度の創設のための法改正が行われれば、連日の24時間勤務を命じることが法律上、可能となってしまう。そうなれば、そんなことは政府が目指していることではないといくら言ったところで、悪徳経営者はそのような抜け穴を悪用してしまうものなのだ。
だから質疑の中で、法の抜け穴を小池議員が問うているのに、それに対して加藤大臣は誠実に答弁しない。国民の命と健康にかかわる問題であるのに、野党の質疑をかわすことしかこの大臣の念頭にはないのか、と思えてならない。
「追及かわし」の手法・その3:個別の事案にはお答えできない
2番目のツイートに示したのは、個別事案について答弁を拒否するやり方だ。
野村不動産の特別指導をめぐる問題では、この手法が多用されている。野村不動産で過労死の労災申請が行われていたことや、是正指導がされていたことについて、野党が事実関係を確認しようとしても、
と、何も明らかにされない。実際のところは過労死の労災申請があったからこそ野村不動産に労働基準監督署の監督が入り、そこで裁量労働制の違法適用が判明し、そして是正指導が行われた、というのが経緯だろうと思われるのだが、労災申請や労災認定についても、あるいは是正指導についても、「個別の事案」であるからと、何も経緯が説明されず、何も明らかにならない状態が続いている。
先ほどの3月5日の参議院予算委員会の石橋議員とのやりとりの続きの中での加藤大臣の答弁から抜き出すと、例えばこのような答弁だ。
一般論で「必要な監督指導を」「今後ともしっかりと取り組んでいきたい」と決意表明されても、意味がない。
ちなみに、加藤大臣の答弁は、「ですから・・」から始まることが多い。先ほどの小池議員の質疑に対しても、「ですから・・」から答弁が始まっている。
この「ですから」は、相手の意見を踏まえた「ですから」ではなく、「さっきから言っているように」という意味の「ですから」だ。「何度、同じことを言わせるんだ」という意味の「ですから」だと言ってもよい。
「追及かわし」の手法・その4:話を勝手に大きくして、答弁拒否
3番目のツイートに示したのは、話を勝手に大きくして、それには答えられないと答弁を拒否する手法だ。
これに対応する答弁の例として、4月10日の参議院厚生労働委員会における福島みずほ議員に対する加藤大臣の答弁が挙げられる。
このとき福島議員は、野村不動産への「特別指導」問題に絡んで、加藤大臣が労災申請を知ったのはいつかを尋ねた。加藤大臣は「個別の事案」にかかわることだからと答弁を拒んだが、福島議員は、知りたいのは労災申請の時期ではなく、加藤大臣が労災申請を知った時期なのだから、それは答えられるはずだと迫った。
それに対し、加藤大臣は、上のツイートのような論法で答弁を拒否したのだ。実際の質疑の様子を、ぜひ参議院インターネット審議中継]の録画映像からみていただきたいが、概略を筆者が書き起こしたものによれば、以下の通りである。
このように加藤大臣は、限定した聞き方の福島議員の質疑に対しても、それを一つ一つ答えていくと結局申請の時期を特定することになるため答えられない、として答弁を拒否している。労災の申請から認定まではおのずと一定の日数はかかると答弁していたにもかかわらず、労災認定が行われた12月26日以前に労災申請を知っていたかということさえ、答弁を拒否しているのだ。
それは結局、労災申請の日付の特定につながるから答えたくないのではなく、12月26日の労災認定以前に加藤大臣が労災申請を知っていたか否かを、答えたくないからに他ならない。
そして、遺族から過労死の公表について同意する旨のFAXが4月5日に届いており、それより後に上記の質疑が行われているにもかかわらず、労災申請を知った時期についてさえ答弁を拒否するというのは、安倍政権として、この野村不動産における裁量労働制の違法適用の中で起きた過労死と、経緯に不審な点が多い「特別指導」について、これ以上、追及されたくない、というのが本当のところの理由だろう。
こうやって、一つの事実の確認もままならないまま、野党の質疑の時間は空費されていく。
「追及かわし」の手法・その5:過去の事実の書き換え
最後に、今回の「朝ごはん」連続ツイートでは示していないが、加藤大臣の答弁のもう一つの大きな問題である「過去の事実の書き換え」にふれておきたい。
裁量労働制の「比較データ」問題が最初に国会で追及された2月5日の衆議院予算委員会において加藤大臣は、玉木雄一郎議員の質疑に対して、
と答弁したにもかかわらず、玉木議員から、その調査における「平均的な者(もの)」の定義を問われると、こう答弁したのだ。
「先ほども『平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど」とここで加藤大臣は答弁しているが、実際には「先ほど」は、「平均的な働く人」と言及していた。
にもかかわらず、素知らぬふりをして、『先ほども「平均的な者(しゃ)』と申し上げましたけれど」と、「過去の事実の書き換え」を試みたのだ。
その経緯はこちらの記事に記した。
この記事に書いたように、これは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』で、「真理省記録局」の役人である主人公が、日々、歴史記録の書き換えを行っているのと同じ行為だ。そのようなことは、答弁に立つ大臣としては、決してやってはいけない行為だと、筆者は考える。
だから筆者は、その記事に次のように記した。
その思いは、今も変わらない。野党の追及をかわし、人を騙すことを得意とする加藤大臣に、働く人の命と健康にかかわる働き方改革関連法案の質疑の答弁に立つ資格はないと、筆者は考える。