田中信一郎「国会の議論を実りあるものにするために」(NHKマイあさラジオ「社会の見方・私の視点」文字起こし)
NHKマイあさラジオ
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社会の見方・私の視点
「国会の議論を実りあるものにするために」
千葉商科大学特別客員准教授
田中信一郎
2018年12月27日放送
***ここから文字起こし***
――国会の議論を実りあるものにするために。お話は、千葉商科大学特別客員准教授の田中信一郎さんです。田中さん、おはようございます。
●田中:おはようございます。
――今年の新語・流行語大賞のトップテンに、国会の議論がかみ合わない様子を表した言葉「ご飯論法」が入りました。これは、「朝ごはんを食べましたか」と聞かれた人が、「ご飯は食べていません」と答える、と。ところが、この人は、実はパンを食べていた、と。もちろん質問した人は、朝食をとりましたか、という意味で聞いているんですけれども、「ご飯は食べていない」と答えることによって、議論がかみ合わなくなる、もしくはごまかされていくということを、比喩的に表した言葉です。
こうしたかみ合わないやり取りが国会で行われているんではないかという批判があるわけですけれども、田中さんは国会の議論について、どう見ていらっしゃいますか。
●田中:はい。私も、さまざま問題があった国会論戦だったと見ています。やはりですね、一番問題なのは、聞かれた質問にきちんと真正面から答えていない。なにか、答えたようでもあり、でもあとでよく議事録を見ると、やはり聞かれたことには答えていない、という風に、その場ではなんとなく雰囲気でごまかしてしまうというようなことも、よく見られました。
例えば、外国人労働者についてとか、具体的な質問があったときに、これまでの経緯を長々、ずーっと話してですね、時間をどんどん潰していくと。で、結局、持ち時間がお互いありますので、当然、そのあとの質疑時間がなくなっていく、と。こういうようなこともよく行われていたことが、大変気になりました。
――では、なぜそうした状況が、生まれるのか。順に伺っていきたいと思うんですが。
まず、そもそもなんですが、国会における政府と議員との議論というのは、非常に重要なものですね。
●田中:はい。日本という国家システムの一番の根幹をなすといっても過言ではないぐらいです。
なぜかと言いますと、まず、有権者が選挙で議員を選び、その議員の多数派が内閣を構成するわけですね。で、その内閣が、有権者そして国会の信任にもとる行為がないかをチェックする責務が、国会そして有権者には、あるわけです。
で、問題があるとなれば、これは変えなきゃいけないわけです。ですから国会には、不信任決議をする権限がある。で、そのために、質問をしてチェックをする、そのまさにチェックをするということ自体が論戦ですので、議員の質問に誠実に答えないというのでは、もうチェックができない。それはもう、そもそも内閣として、存立してはいけない状況なんですね。
それぐらい国会の論戦というのは重要だということです。
――その内閣をチェックしないといけない。その動機が特に強いのは野党ですよね。
●田中:そうです。
――ただ、先ほどおっしゃったように、もしかみ合わないような議論があったとしても、手続きは進んでしまう、これはどこに原因があるとお考えですか。
●田中:限界が国会のシステムにある、ということです。国会の様々なルールだとか取り決めというのは、国会議員の多数派が決めるようにできているんです。国会議員の多数派というのは、すなわち与党ですので、やはり与党主導の国会運営の中、なかなか野党のチェック機能も果たしにくいというのも現実としてあるということです。
国会の委員会とか本会議を、いつ、どういう時間でどういう内容で、どういう議案で開くのかということは、すべて与党が決定するわけです。野党に決定権はない。野党は要求するだけなんですね。
で、与党の運営があまりにも独善的な場合は、野党としてはですね、審議拒否とかする以外に、実は手がないということなんです。ところが審議拒否をしても、国会の多数派が国会に出ればですね、国会は運営されますので、なかなか審議拒否にも限界があるということで、野党として、この点がなかなか難しい。
やはり、野党がチェックする時間だとか機会を、しっかり確保することが求められるということです。
――海外では審議の日程というのはどういうふうに決められるんですか。
●田中:基本的には、例えばイギリスの例ですと、審議日程というのは、ほぼ実は議会事務局で機械的に決まっていきます。
例えば、毎週月曜日から木曜日の昼1時間はですね、大臣のクエスチョン・タイムというふうに、時間が最初から決まっていて、政局と無関係に、各大臣が順番に出てきて、野党議員の質問を受ける、と。で、その質問はなんでも、テーマはいい、と。こういう時間が政局と無関係に確保されていたり、あるいは、毎週金曜日は野党の提出した議案を審議する日と決められていたりですね、与党だけの都合で勝手に審議日をどんどん詰めて入れていったりとか、本会議を入れて採決するというのは、単純にできないようになっているということです。
これまでイギリスでもドイツでも、さまざま議会の混乱だとか、ドイツだとナチス・ドイツの悲しい過去があったりしてですね、こういう風に、野党にもきちんと配慮する議会運営を確立してきた、で、それ自体が国のためにもなる、というふうに与野党ともに合意してきた、という歴史があるということです。
――一方で、与党の議員にも行政をチェックする義務はあるわけですよね。
●田中:はい。本来はですね、なかなか自分たちが選出した首相とか内閣を厳しくチェックするのは難しくても、その下にいる行政がきちんと大臣たちのコントロールにもとづいてやっているのか、あるいは大臣たちの見えないところで変な問題をおこしていないか、チェックする責任は、当然、与党議員にもあるし、それはできるわけです。
ところがそれが、十分、できていない。それどころか、国会では、与党議員が野党議員からのそうした質問とか追及を守る側になってしまっている。ちょっとおかしなことになっているということです。
――なぜそうなってしまっているというふうにお考えですか。
●田中:一番の問題はですね、事前審査ということが与党で行われている、と。
――事前審査。
●田中:はい。これは何かと言いますと、内閣が国会に出す法案だとか議案については、閣議決定する前に、与党の正式な決定がなければならないという、与党と政府の間の了解事項があるんです。これによって、与党で全部法案とかは、チェック・審議が終わったものだけが、国会に提出されるしくみになっているんです。
となると、国会というのは、与党議員からすれば、賛成することが義務付けられた法案を、ただ成立させることが求められる場となりますので、あらさがしをして法案に傷がついてしまったり、あるいは、大臣の責任になったりしてしまったりしては、むしろ、その与党議員の責任になってしまうということで、質問はするんですが、急所は攻めないと言いますか、寸止めでやるというようなことが与党議員には求められる状態になってしまっている。
個々人の能力だとか、良識だとかとは全く無関係に、そうした力関係、しくみが存在するということなんです。
――ただ、その与党内の事前審査の中で、激しい議論が起これば、一定のチェック機能を果たすということにならないんでしょうか。
●田中:ただ、この与党で行われる事前審査には、大きく二つの問題があります。
一つは、その議論は、非公開だと。なので、例えばメディアも入れませんし、一般国民はもちろん、傍聴できないということで、そこでどのような議論が行われて、どうして当初の例えば提案が別の形に変化したのか、まったくあとで追うことができないんですね。ですので、このブラックボックスの審査が国会の審議にかわるものだとは、やはり到底、少なくとも議会制民主主義の国では言えない、これが一つの問題です。
もう一つは、党内の空気を、どうしても各議員さんは受け止めざるをえない。例えば、総理とか、幹事長、官房長官が、いわゆる「肝いり」で提案した議案について与党審査するときに、これを真っ向から否定するような議論をやるとなると、当然、次の選挙に差し支える。例えば次の選挙で公認されないかもしれない。あるいは党の重要な役職や大臣に就けないかもしれない。どうしてもそういうような気持ちが働かざるをえないんですね。ですから、そうしたところを忖度してしまうと、なかなか本質的な議論が行われにくいというのも、大きな問題です。
――国会の議論をより実りあるものとするために、今、できること。どんなことがあるとお考えですか。
●田中:一つは野党の役割が重要になります。
今、野党が国会の審議で十分な答弁が得られない場合、野党合同ヒアリングというものを開いています。例えばモリカケ問題だとか、今だと外国人労働者問題でよく開かれています。これを、拡大していく。それと、もっとオープンにしていくことが求められているんだろうと。
例えば、予算案ができましたので、与党も野党も各党で予算案のヒアリングをやるはずなんです。で、野党でヒアリングする場合、個別に各政党がそれぞれヒアリングをして意見を伝えているはずなんです。それを例えば、野党合同ヒアリングで政府から予算案を全部聞いて、そこで質疑をしていくというようなことが、一つは、これから必要なんだろう、と。そうすることによって、党利党略だとか、あるいは野党も部会は非公開ですから、非公開の場での議論というものから、オープンな場での議論になっていく。で、党利党略の意見では、なかなか野党合同ヒアリングだとやりにくいものですので、それはやはり当然、国民全体の意見を踏まえた議論になりやすくて、野党の側も、充実した情報が引き出せるようになる。
もう一つは、これをもっとネットとかメディアとか、あと、できれば有権者とか、希望する人も傍聴できるように、オープンにしていくということが求められています。
これをやっていくことによって、本来の議会でやるべきことが、野党だけではあるんですけれども、補完してできるようになる。これはとても、国会の改革、あるいは国会審議の充実を後押しする、とても大きな力になると考えられます。
――ありがとうございました。