『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』 第10回日本ジャーナリスト協会賞大賞 受賞スピーチ
●【第10回、第11回日本ジャーナリスト協会賞】大賞作品発表(2022年7月21日発表)
〇第10回受賞作:上西充子『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ、2020年)
〇第11回受賞作:角南圭祐『ヘイトスピーチと対抗報道』(集英社新書、2021年)
●公益社団法人日本ジャーナリスト協会創立10周年記念式典及び日本ジャーナリスト協会賞大賞授賞式(2022年9月21日開催)
このたびは第10回日本ジャーナリスト協会賞大賞に『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』を選んでいただき、まことにありがとうございます。
この本は、国会審議の注目場面を街頭で上映する国会パブリックビューイングの取り組みについて、活動の経緯や内容、紹介した国会審議の見どころ、取り組みの意義などを記したものです。
活動をはじめたきっかけは、2018年の働き方改革の国会審議を見ていて、国会で何がどう議論されているのかが世の中に伝わっていないと、もどかしい思いを抱いたことでした。
私は2018年1月の予算委員会における関連質疑の中で、裁量労働制の労働者のほうが一般の労働者よりも労働時間が短いという調査データに安倍晋三首相が言及したことに疑問を抱き、その調査報告書をネットで確認したところ、そんな比較ができるデータではなかったことを発見しました。そこで、その旨をネットの記事に書き、立憲民主党の長妻昭議員に伝え、長妻議員らが予算委員会でその問題を取り上げたところ、安倍首相が答弁を撤回するという異例の事態に発展しました。さらに調査の元データの公開を枝野幸男議員が政府に迫り、元データを野党側がチェックしてみると、異常値が多数見つかり、その問題も政府が認めざるを得なくなりました。
安倍政権は当時、長時間労働の是正というイメージで働き方改革の法改正を目指しており、裁量労働制の拡大がその法改正に含まれていることには、できるだけ触れたくなかったわけですが、裁量労働制の問題が報道でもクローズアップされていく事態となり、衆議院における予算案の通過をめぐる政局とも絡んで、2月末に裁量労働制の拡大を法案から削除せざるを得なくなります。
この一連の経過の中で、画期となったのは2月14日の安倍首相の答弁撤回でした。その日に国会内で野党合同ヒアリングが始まり、記者の方々が多数、その場に集まりました。野党合同ヒアリングに参加した私のもとにも取材や出演依頼が続くことになります。
もし、首相による答弁撤回という異例の事態がなかったら,報道はそこまで動かなかったのでしょうか。おそらく、動かなかったんだろうと思います。
国会ではその後、裁量労働制よりもさらに労働時間規制を緩めた高度プロフェッショナル制度の創設をめぐる議論が展開し、そこでも根拠とされたヒアリングデータが事後的に集められたいいかげんなものであったことなどが明らかになっていくのですが、政府側は非を認めず、報道の注目度も下がり、5月25日に衆議院厚生労働委員会で強行採決が行われます。最終的に法案が成立したのは6月29日のことです。
私は裁量労働制の撤回以降も、高度プロフェッショナル制度をめぐる国会審議を追い、ツイッターやネットの記事で問題を指摘し、国会前のデモにも参加していたのですが、ネットや国会前だと、既に問題意識を持っている人の範囲を超えて認識がなかなか共有されていきません。そういう限界を感じていた中で、たまたまある人のツイートをきっかけに国会審議映像を街頭上映するというアイデアを思いつき、6月15日に従来型の街頭行動が予定されていた新橋SL広場で国会審議の街頭上映をおこなったのが国会パブリックビューイングの始まりでした。どういうメンバーがその取り組みを支えたのかなどについては、この本をぜひ読んでみてください。
国会パブリックビューイングの取り組みが実際に社会を動かしたかと考えると、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグのような、大きな広がりを起こしたり、あるいは何かの法改正を止めたりしたわけではありません。また、スクープ報道のように、埋もれた事実を掘り起こし、巨悪を撃つような活動をしたわけでもありません。さらに、私たち自身の活動としては、コロナの影響もありますが、当初のような活動をいま現在、継続しているわけでもありません。
けれども、多方面に、じわじわと影響力は及ぼしたと考えています。
第1に、国会への注目度を高めました。「国会は茶番だ」などと言われますが、実際には国会は私たちの生活に大きな影響を及ぼす法改正が行われる場であり、その法改正が適切なものであるか、審議される場です。そして、数の力だけで採決に至るわけではなく、先ほど紹介した働き方改革の法案のように、注目度が高まれば法案の内容が変わったり、法改正が断念されたりすることもあります。だからこそ、政府与党としては国会に注目されたくないのでしょうが、だからこそ私たちは、国会議員を選ぶ選挙だけでなく、日々の国会にも注目することが大切なのです。そして、ちょっとした解説つきであれば、実際に路上で立ち止まって国会審議を見守る人が出てくるのだということを、国会パブリックビューイングは実践を通して示しました。
第2に、その重要な国会の内容が適切に報じられていない、という問題意識を高めました。実際には野党が大事な論点を指摘していても、「野党は反対ばかり」のような印象操作が横行しているために気づかれず、報道でも「野党は反発」とだけまとめられがちです。どんな問題がそこで指摘されたのか、論点に沿った報道こそが必要なのに、政局ばかりが前面に出てくる。そういう報道の問題が、対比的に浮かび上がってきたと考えます。この点は『政治と報道』という新書で取り上げました。
第3に、オルタナティブ・メディアを自分たちで持つことができると、実践を通じて示したことです。報道が光を当てない論点に、私たち自身が光を当てることができる。答弁だけでなく、野党の質疑も映像で示すことによって、野党の議員が国会で果たしている役割を示すことができる。短く編集された映像では、政府の答弁の不誠実さが隠されてしまう問題も明らかにすることができる。ある程度の技術を持つ者と組めば、ネットの限界を超えて路上に映像を持ち出すことができる。私たちの活動ののちに、他の市民団体や共産党の議員らが街頭で国会パブリックビューイングを始めたり、あるいは立憲民主党の議員が国会解説のネット番組を配信し、映像でその日の審議を振り返りながら解説を加えたりといった、新しい動きを呼び起こすきっかけにもなったと考えます。コロナ禍のもとでのズームの普及によって、市民メディアの活動範囲はさらに広がっています。
第4に、街頭行動のあり方についても、オルタナティブを示したことです。スピーチよりも映像を中心にして立ち止まりやすくする、大きな音よりも聞きやすい音を重視する、主張を前面に出さずに見た人に考えてもらうようにするなどの工夫も、市民運動に関わっている人たちの関心を呼びました。
国会パブリックビューイングの活動を、私は漢方薬に譬えたことがあります。大きなスクープで世の中を動かそうとするのでもなく、インパクトのある映像で人の心を動かそうとするのでもなく、本来あるべき民主主義の社会に近づけるように、私たち自身が動き、ゆっくりと効果を及ぼしていく。そういう意義を、この活動に感じ取っていただけたら嬉しいです。
今日はこのような機会をいただき、ありがとうございました。