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あたらしい笛

管のなかを
わたしが生まれる前の風が吹く
フルートのような欲望と
土の器のような
しずかな寝息
散水車がときどきはしり
つまった排水管が破裂する
聞いたことがない和音

わたしの空に
あたらしい笛が鳴る
風を止め
星のまわりに熱を込めて
わたしの生を素通りして
あたらしい笛が鳴る

つよい冷たい視線と
空を凍らせる声
見たことがない未来と
記憶されない過去が
布団のなかで
風がすぎるたびに
かなしい音をひびかせる

はじめての空と海の錯乱のように
波に集められるいのちのように
秘密の祈りの場のように
朝は
突然震えてやってくる

あのとき海はきみのなかにあり
空はきみの眼の
内側で色に染まり
汗を吹きあげる風が
きみの空に鳴る
きみはきみの空にひびかせた笛を
おぼえているだろうか

氷をかさねたミユフィーユの空
記憶を降らせたサハラの地
白い指でこねられる
降るのはだれの涙
焼かれて
時間がない空に
きみは息を吐く
できるだけ高い音で
どこまでも届くように
どこかで永遠にひびくように

わたしの死後
きみはあたらしい笛を手にする
管をあたたかい風がとおり
その音で
わたしは解放され
歌声を聞くだろう

わたしはまた濡れる
あたらしい手でこねられる
きみは
あたらしい笛をやさしく
吹く
その音は
わたしの記憶のなかをながれる
わたしがはじめて聞いた
土笛のように
湿っている

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