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しあわせってやつ

しあわせってやつは

ながい脚をもっている

すわるには脚も

かたいお尻もじゃまである

だから見たことがない

父はそう言った

徹夜続きのくぼんだ眼で

また ひとりで泣きながら

枯れゆく花に眼を向けれない孤独のなかで

だから わたしはしあわせという音は知っている

世界がよく見えない時しあわせだった

赤ん坊の声をきく時しあわせだった

はじめて触れるものに

キスする時しあわせだった

父のしあわせ

そして かなしいことに

それはわたしのしあわせ

見たことがない

音だけの

触感だけの

しあわせ

わたしはしあわせを三度見た

しあわせの

その皺だらけの尻を

はしりゆく光より速い脚を

のこして行った

赤ん坊の泣き声を

そして 笑い声を

記憶にのこっているのは

音と

皺だらけの尻

父が見たものを

見たのかもしれない

見たことはないのかもしれない

わたしの耳にのこる赤ん坊の声

その音

記憶は

人類のうまれた時の

罪の悲鳴に似ている

今朝めざめて

かなしいのはその記憶のせいだ

しあわせって

朝の目覚めの

空に

果実が熟しすぎたのに似ている

だから 朝の食卓に

だれのものかわからないかなしさ

あるいはよろこびがすわる

体温も

においも残さないように

一瞬だけ

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