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見えない手を差しだして

歴史は螺旋状にのぼったり
言葉の塵を巻きあげながら
くだったり
あなたは名前で呼ばれない
紙魚がひろがる記録の中
今日は風呂を沸かす日
捻られた時間に
ライターで火をつける

今日は泣き叫ぶ日 
木蔭にこもるうめき声が
あなたの証し

道は右に左に曲がる
異様な服装の見張りが立つ
ドラム缶のスーツ
蔓を編んだパレード服
布巾をまとった剣
道になにも残してはならない
過ぎるものは
きれぎれの声
ブリキのカラスが羽を叩く
トマトのミニスカートやエスカルゴ
星を詰めたワインのボトル
傾いた江戸切子
なかなか目的地を思いだせない
そもそも目的地はあったのか

未来の世界の談笑が
テーブルの横をすりぬける

記憶のなかをくぐるようにして
わたしは一日を生きぬける

うしろからついてくる燕とトランペット
わたしの空のはるか高いところを

腐臭は空にとどいているのだろうか
わたしの過去の
あなたの過去の
区別できない気流のように

木のベッドに横たわると
木樵が斧を磨く
また痩せたね
痩せたぶんだけ空が透きとおったね

きみはすでに風
光を屈折させる
あと三日でわたしのようになるだろう
できるなら
あとしばらく肉体をもっていたらいい
窓が開いている昼が続く時代は

食べたいものはない
抱きたいものはない
しかし 何も見えなくなる前に
きみの宇宙を見てみたい
きみの身体をふきぬけてみたい
きみという言葉にキスしたい
地球にも月にも

きみの地球、わたしの地球だ
口に含んでいるのは

眠りのなかでわたしは
ハミングしながらのぼっていく
見えなくなったら
手を差しだしてほしい
少しずつ薄くなるきみの
光の手を
最後ではじめてのキスをしよう

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