娘からの手紙
娘が手紙を
もぐもぐと書いている
封筒に宛名はない
行き先は生まれる前の風
樹をカサカサ鳴らし
岩を絵の具にけずる爪
腕はない
顔もないだろう
見たことがない果実のような
熟する日はない人生のような
実が割れている地球のような
時を引っかく
ゆびさきで
果実のあいだに這い
いろいろとからまっている蔓をたどる
脈打つ緑が
興奮している
もうひとりの娘が手紙を
愛撫しながらめくる
手のひらには
父親が住んでいる
生きているのか死んでいるのか
握ったり揉んだりして
いつからかは不明だ
咽喉をすべり落ちる祖先のような
性器にもぐりこむ小さな神のような
忘れようとしている過去のような
空でいつも
欲望が燃えつきている
ふたりは書き続ける
文字を知らない全世界の女に代わって
こけしになった少女のような
牛の尻を叩きつづける娘のような
星を支える柱をかかえる老女のような
星雲のうごきを
毎夜変える
読めない言葉を
おとずれると約束された日に
合唱するために
鳥はその手紙を書き写し
幼女にわかるように
空から知らせる
馬はうつむいている
水平線の向こうからの鳥だから
影がわたっていくが
気づかない
背に鞭の痕がのこる
壁に書かれた祈りのような
傷をすぎる羽音
聞こえる耳の持ち主は
かなしい風のするどさ
そのぶんだけ幸せだ
娘からの手紙を
読むのは孤独な耳
折りたたんで
ポケットにしまうのは
空を毎日めくる手
空と海のブルーを
撹拌するほそい腕
銀色の眼が
手紙をすぎる
娘たちの空に
楽譜が浮かびあがる
意味はわからないが
その歌声を口ずさみ
火が降る地に
娘は立っている
次の便りのために
筆をなめながら
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